第24話:木材と死体

 僕らは無事に、三匹のトレントを倒すことに成功した。


 のはいいのだけれど。


「だから嫌だったんだ、呪霊術を使うのは……」


 木片の散らばった広場で、僕だけが微妙にみんなから距離を取られている。


 マズルカも、マズルカに抱えられたポラッカも、トオボエも、あまつさえウリエラまでが、若干遠巻きに僕のことを見ている。


 わかってる。死体を操るって後ろ指を指される死霊術師だけど、むしろ一番忌み嫌われるべきなのは、この術なのだ。僕ら自身でさえ使うのを躊躇う術なのだから。


 でも、戦闘に参加しないのか、ってせっつかれたから使って見せたのに。


「そこまでドン引きしなくたっていいじゃないか」


「ご、ごめんなさい、ごめんなさい、でもどうしても身体が震えてしまって」


「マイロ、いまさらお前に隔意を抱くつもりはない……のだが、さっきのばかりはどうしてもな。突然吐き気を催すような呪詛が迫ってきて、何事かと思ったんだぞ」


「わたし、ほんとにこわかったんだから」


 ウリエラは杖を握り締め、マズルカもポラッカも耳を伏せ、トオボエもまだ情けなく鼻を鳴らしている。


 ふうむ。


 いままでリビングデッドの前で使ったことはなかったのだけど、やはり一度死というものを体験しているみんなだからか、呪霊の纏う死の呪いの気配に敏感なようだ。魂の感度が高い、とでも言うべきかもしれない。


 そんな彼女たちの前で呪霊を使うのは、剥き出しの神経に触れるようなものだ。


 これは、僕の考えも甘かったか。


「ごめんねみんな、そんなに怖がらせるなんて思ってなかったんだ。もともとあんまり使うつもりのなかった術だけど、本当に可能な限り、みんなの前では使わないって約束するから」


 だから。


 呪詛の手袋をみんなから見えないように仕舞って、深く頭を下げる。人に嫌われることには慣れている。だけど、みんなに嫌われたくないって、思ってしまった。僕は彼女たちのことを、仲間だと思っていたいから。


 それでも。


 もしもやっぱり死霊術師なんてと、そう思われてしまったなら。そのときは。


 俯いていた僕の肩に、おずおずと振れる冷たい手。顔を上げると、ウリエラの赤い目が、僕を覗き込んでいた。


「こ、怖がってしまってごめんなさい、マイロさん。でも、でも私は、絶対に、絶対にマイロさんの仲間です。だ、だって私は、マイロさんの一番のリビングデッド……なんですよね?」


「ウリエラ……」


 恐怖を覚えてしまうのは仕方がない。けれどウリエラは、震えを押し殺しながら僕に歩み寄ってきてくれた。


「さっきも言ったが、マイロ、お前がおかしなやつなのはとっくに知っている。いまさら仲間をやめるつもりもない。ただ、呪霊はアタシたちの本能に近いところを恐怖させる。使うときには事前に言ってくれ、それだけだ」


「わたしも、怖かったけど、マイロおにいちゃんのこと嫌いになったりしないよ」


 マズルカとポラッカも、それに続いてくれた。トオボエも、マズルカの後ろに隠れているけれど、そばに来てくれている。


 よかった。まだみんな、僕の仲間でいてくれようとしている。


「ありがとう、みんな。次からは気を付けるね」


 ひとまずみんなとの溝が解消できたところで、やるべきことをやらなければ。この広場に来てトレントを倒すというのは、まだ計画の第二段階くらいでしかないのだ。


 改めて見渡してみると、トレントもいなくなった広場には、余裕のある空間が広がっている。仮拠点を作っていた第6階層の部屋よりも広く、それこそ家を建てるのに十分すぎるほどに。


 奥は行き止まりで、入り口は後方の獣道一本。その道を分断するように、小川が流れている。水場が近いうえに、守りやすい。見込んでいた通り、拠点づくりにはもってこいの場所だろう。


 けれどもまずは、広場に散らばっている木片たちの処理からだ。みんなで協力して、トレントの残骸を一か所に集めていく。大柄なトレント三匹分だ、結構な量がある。


「トレントの枝で魔術師の杖を作る、って話だったな。しかし、いままではできなかったのだろう? 急にそれが可能になるなんてこと、あるのか?」


 マズルカの疑問ももっともだ。杖に関しては門外漢だが、長年研究されても解決しなかった問題が、ある日突然解決するなんてことは、なかなかない。


 しかし研究は仮説と実証の繰り返しだ。ウリエラの思い付きは、まさしく問題解決のブレイクスルーになる可能性がある。


「そ、その、魔術師の杖は、素材を霊薬に浸し、素材を構築している魔力が逃げないように加工します。物体としては残っていても、断ち切られた枝はどうしても魔力が拡散してしまうので。ですが、トレントの素材だけは、どうしても魔力の維持が出来なかったんです」


 手ごろな枝を見繕いながら、ウリエラが解説する。やっぱり彼女も魔術師ということなのだろう。こういう話をするときのウリエラは、いつも以上に饒舌だ。


「でも、マイロさんと一緒に過ごしていて、思ったんです。トレントは確かに木ですが、命を持って動くモンスターです。言い換えれば、この木材は、切り出した植物ではなく、生物の死体なんじゃないか、って。なのに植物に使うのと同じ霊薬を使用していたから、上手くいかなかったんじゃないかって」


「じゃあつまり、お前たちがやろうとしているのは」


「トレントの死体をリビングデッドにすれば、素材の構築魔力を維持することが出来る。そうすれば、杖として使えるんじゃないか、ってこと。生ける屍の杖だ」


「ま、まだ仮説の段階なので、実際に上手くいくかはわかりませんが。あ、マイロさん、この枝をお願いしてもいいですか……?」


 ウリエラが持ってきた身の丈より長い枝に、エンバーミングをかける。続いて、アニメイト・リビングデッド。意志や感覚を持たない、雑霊の魂を入れれば、トレントの欠片のゾンビが出来上がる。


「よし、この枝はトレントのゾンビになったよ」


「それで出来上がりなの?」


「いえ、このままでは本当にただの枝なので、ここから形を削り出して、表面処理を施します。構築魔力の維持さえできてしまえば、あとは普通の杖作りと同じ手順で行ける……と、思い、ます」


 黒魔術科では、杖作りも講義の一環として履修するらしい。引っ越し前に買い出しに出たとき、建築用の道具と一緒に杖の加工道具も用意しているので、あとは時間を作って作業するだけだ。


「上手くいくといいね」


「はいっ。もしもこれで杖が出来上がれば、黒魔術師の杖事情は一変すると思います! ゾンビを杖と呼んでいいのかという議論も起こりそうですが……あ、あの、それに、強い杖が出来れば、私ももっと、マイロさんのお役に立てます、よね」


 杖が強力になれば、ウリエラの使う魔術の威力も上がる。使える術式こそ増えないが、十分戦力強化になるだろう。


 それにだ。


「もちろんだよ。それに実は、今回のことでウリエラはもう、僕の助けになってくれてるしね」


「え、な、なにかしましたっけ……?」


「トレントのゾンビってアイデアのことだよ。ここでの家づくりに使おうと思ってさ」


 そう、目指すのは、トレントを使ったログハウス作りである。

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