第21話:月の銀の髪の乙女
聖リングア言学会、あるいは単に教会と呼ばれるのは、王国内で活動を認められている唯一の宗教団体だ。
この世界を創造したとされる『言葉』の教えを絶対とし、信奉者たちは『言葉』の記された聖典を根拠とした力を振っている。
聖典では、この世界の成り立ちや、善き、あるいは悪しき存在、そして命の在り方が定義されているとされ、ここに記されている教えを布教するため、聖職者たちによる説法や、教会での炊き出しなどが日常的に行われている。
らしい。
というのも、魔術と魔力からこの世界を解き明かそうとする魔術学院とは折り合いが悪く、ガストニアには教会が存在していないのだ。冒険者として活動している修道士は存在しているようだが、あまり表立って主張していることはない。
なので、僕も教会の人間と面と向かって話すのは初めて、なのだけれど。
「命を愚弄する悪しき魔術師が、よくも堂々と人前に姿を現せたものね」
こと死霊術師に関しては、折り合いが悪いなんてものではない。
聖典では、歪んだ命を持つアンデッドを滅ぼすべき邪悪と定義しており、そのための秘術すら備えている。おかげさまで、僕ら死霊術師まで一緒くたにされてバチバチに敵対視されているのだ。
完全なる難癖である。
「あのさ、僕は学院の生徒で、冒険者として立場を認められてる。ダンジョンに出入りするのは、公的に認められた権利だよ。だいたい君らの聖典は、僕ら死霊術師について定義してないはずなんだけど」
そう。だから、反目している、という程度で済んでいる。教会側としては、死霊術師を含め、魔術師は気に食わないが、滅ぼしにかかる大義名分がないのだ。
「知ったような口を利かない方で。アンデッドも、死霊術も、聖なる命の循環を乱していることには変わりない。聖典の記述の隙を突いたくらいで、自分たちを邪悪じゃないと考えているなら大間違いよ」
完全なる拡大解釈だ。自分たちの思い込み優先で、論拠となる聖典に書かれていないことまで主張している。
まあしかし、教会の信徒はだいたいこんな感じだという。しかも彼女の装いを見るに、教会の定める邪悪と戦う、聖騎士団の一員だろう。
そのうえ彼女の髪。あの輝きは、月の銀の髪だ。およそ百人にひとりが持って生まれるという、先天性の高魔力循環器官。この髪を持つ人間は、常人の数倍の魔力を扱うことが出来るという。
察するに彼女は、魔力と武力を併せ持つ、教会の秘蔵っ子というわけだ。ますます面倒くさいことこの上ない。
「答えなさい、死霊術師。あなたたちは、ここで、なにをしているの。穢れたゾンビどもを引き連れて」
無視して先に進んでしまってもよかった。
けれど、いまのは聞き捨てならない。
「……僕の仲間を愚弄するの?」
さすがに教会の聖騎士というだけはある、彼女はウリエラたちがみなゾンビだと見抜いた。でも言うに事欠いて、彼女たちが穢れているだって?
僕の怒りを察したのだろう。ウリエラが杖を地面に打ち付け、マズルカはバグ・ナウを手に取った。トオボエが身を屈め、唸り声を上げる。
途端に、少女の背後にいた三人が腰の剣に手を伸ばす。広間の空気が張り詰める。聖騎士は全部で四人か。
気色ばむ聖騎士の中で、銀の髪の少女だけは、嘲るように悠然と構えている。
「私たちと戦うつもり? アンデッド使いの分際で、聖騎士に勝てるとでも思ってるの?」
うわ。
肩の力が抜ける。あまりにもなにもわかっていない彼女の発言に、毒気を抜かれてしまった。思わず笑いすらこみ上げてしまう。
「はーぁ。ごめんみんな、そんなに殺気立たなくていいよ。僕は大丈夫だから」
ウリエラたちはそれでも矛を収め難いようだが、聖騎士たちはますます顔に嘲笑を浮かべる。
「怖気づいたわね。穢れ切った上に、臆病者。死霊術師なんて、所詮その程度ってことかしら」
「得意げなところ悪いんだけど、わざわざ呼び止めたのは、喧嘩を売るため? 買ってもいいけど、さっきも言った通り、僕は魔術学院の生徒なんだ。僕らと敵対するってことは、この場にいる魔術師全員を敵に回すことになるよ」
「寝ぼけてるの? あなたたち死霊術師に、誰が味方するって言うの。だいたい、魔術師ごときが集まったところで、なにが」
あーあ、言っちゃった。そこまでは期待してなかったんだけど。
慌てて彼女の肩を掴んだのは、後ろにいた聖騎士のひとりだ。怪訝な顔をする少女に、周りを見ろと促す。
周囲でキャンプしていた冒険者たちの中から、ローブを着て杖を持った男女が立ち上がっていた。各パーティにひとりかふたり。黒魔術師も、白魔術師もいる。誰もが嫌悪感も露わに、聖騎士たちを睨みつけている。
死霊術師が嫌われているというのは、周知の事実だ。けれど彼女は、ガストニアに来たばかりなのだろう。傲慢な教会の人間というのは、魔術師の間じゃ死霊術師以上に嫌われているのを知らなかったなんて。
少女は舌打ちをして苦々しい顔をする。さすがにこの人数を相手にすれば、お互いに無傷ですむはずはない。
「もう一度聞くけど、喧嘩売るために呼び止めたの? それともなにか用事があるなら、順序だてて話してくれれば、答えられることは答えるよ?」
「……グール」
「グール?」
グールと言えば、人間の死体を食らう、代表的なアンデッドの一種だ。このダンジョンにも棲息している。
「ここから下の階層で、異様な数のグールの群れが確認されたわ。なにか知っていることは?」
「まさか、なにも知らないよ。そもそもグールって群れるの?」
「……ふんっ」
聞き返した疑問には答えてくれず、聖騎士たちは、ともすれば唾を吐き捨てていくのでは、と思うほどの剣幕で周囲を睨みながら、階段を下って行った。
なんだったんだ、いったい。
「あれが教会の聖騎士ってやつか。腹の立つ連中だな」
「許せません、マイロさんを好き勝手に罵って……」
「まあまあ。僕もイラっと来たけど、彼女、とんでもなく無知だったからさ。放っておいていいよ」
あの無知さは、遅かれ早かれ身を滅ぼす。
とはいえ、すぐに下に降りてまた顔を合わせるのも嫌だということで、しばらく広間で時間をつぶしてから進むことになった。
階段の向かいにある壁際に陣取り、マズルカとトオボエのもふもふゾーンに入れてもらうかな、などと考えていると、また不意に声をかけられた。
「お前な、こっちまで巻き込むんじゃねえよ」
初対面の男だったが、知らない相手ではなかった。さっき立ち上がった、魔術師のひとりだ。
「でも立ち上がってくれてたよね。ありがとう」
「うるせえ、あいつらが気に食わなかっただけだ。死霊術師がうろちょろすんなとは、俺たちも思ってるよ」
それだけ言って、男はパーティのキャンプに戻っていく。
ふむ。絡まれただけだったが、さっきの聖騎士に比べたらかわいいものだ。ただ、また殺気立つウリエラたちをなだめるのが面倒だから、出来ればやめてほしかったけれど。
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