第17話:肉体という武器

 ダンジョン第7階層の石造りの通路に、五匹連れのゴブリンが陣取っている。角に息を潜めているこちらに気付いた様子もなく、のんきに座り込んだり、なまくらな剣で意味もなく地面を掻いたりしている。


「よし、行くぞ」


 僕が頷いて返した瞬間、マズルカが飛び出す。三歩で踏み切り、立ってぼんやりとしていたゴブリンに飛び掛かり、バグ・ナウの鋼鉄の爪を突き立てる。さらに二度爪が振るわれ、なんの前触れもない襲撃をゴブリンたちが察知するよりも早く、二匹のゴブリンが首を裂かれ絶命する。


 ようやくマズルカの存在に気が付いた一匹が、大慌てでこん棒を振うが、すでにマズルカは前方に転がり、なまくら剣を持っているゴブリンに肉薄している。


 泡を食ったゴブリンが、なまくら剣を振り上げる。マズルカは避けず、両手のバグ・ナウを掲げる。錆の浮いた粗末な刃が磨き抜かれた鋼鉄の爪に挟まれると、マズルカは一息で両手を振りぬき、なまくら剣を、ゴブリンの首ごとへし切ってしまう。


 残ったこん棒の一匹は、それでも逃げ出そうとはしない。ダンジョンのモンスターはどれもそうだ。たとえまったく勝ち目のない相手でも、人間たちを前に最後まで戦おうとする。生物の本能を無視して。なにかに突き動かされるように。


 だから僕は、マズルカに気を取られたゴブリンの背中に、連れて来たゾンビをけしかける。ゴブリンが気付くよりも早く、僕のゴブリンゾンビが背中に剣を突き立て、戦いは終わった。


「お疲れ様、マズルカ。絶好調って感じだね」


 戦闘を終え、爪に付いた血を拭うマズルカは、近づいた僕に満足げな表情を見せる。


「ああ。やはりきちんとした装備で戦えば、思い切り実力を発揮できるな。このバグ・ナウという武器も気に入った」


「喜んでもらえているみたいでよかったよ」


 マズルカが両腕を振うと、ひゅんひゅんと爪が空を切る。ここまで無手で戦っていた彼女にとって、バグ・ナウは思っていた以上に相性がいいようだ。


 爪の付いた手甲は、武器であると同時に防具にもなり、マズルカの前衛としての戦闘力は格段に向上している。こうして、僕と二人でダンジョン探索に出掛けてられるほどに。むしろ僕や、僕の連れて来たゴブリンゾンビの出番なんてほとんどない。


 おかげさまで、探索は非常にはかどっている……と、言えたらよかったのだけど。


「うーん。それにしても、なかなか見つからないなあ」


「モンスターはその時々で、不規則に配置が変わるのだろう? だったら、現れるまで粘るしかないだろう」


 なにを隠そう、今日の僕たちには目当てのモンスターがいる。


「にしても、まったく。子犬の魂をダイアウルフの死体に憑りつかせようとは。死霊術師というやつは、とんでもないことを考える」


 死霊術の本質は、霊媒術にある。


 元来死霊術師というのは、未来を見るという動物霊や、過去の偉人の霊を呼び出して託宣を得る、占星術師らと並ぶ王室の相談役であった。


 そうした降霊の際、死霊術師は呼び出す相手の死体の一部、主に骨などを触媒として用いる。死者の魂は、死後も肉体と強い結びつきがあるためだ。


 死体に魂を宿らせるゾンビ作りでも、その性質は変わらない。僕がポラッカを頭だけでゾンビ化させたように、どこか肉体の一部さえあれば、その死体の魂を連れ戻すことが出来る。


 ここで重要なのは、魂を連れ戻す際に、その”肉体の一部”の状態は問われないということだ。古い骨だけでも、肉体は魂と繋がり続けている。


 そこで死霊術師は考えた。ある死体に別の魂を呼び出してみよう、と。


 例えばモンスターの死体にモンスターの魂を入れても、言うことを聞かないモンスターのゾンビが出来上がってしまう。意志のない雑霊では、融通の利かない操り人形にしかならない。


 だが、モンスターの死体の一部に、人懐こい子犬の死体を繋げ、子犬の魂を入れたとしたら。人懐こい子犬の魂を持った、モンスターの肉体のゾンビが出来上がりだ。訓練すれば番犬だって任せられる。はずだ。


 つまり探しているのは、マズルカの相棒になる予定のゾンビ犬。その魂の器になる、強靭な肉体。それがこの第7階層前後に出現する狼型のモンスター、ダイアウルフなのである。


 そんなわけで僕たちは、マズルカの腕試しを兼ねて、二人でダイアウルフを探しに来た。なおウリエラとポラッカには、ゴブリンゾンビを残してお留守番だ。


 僕を先導し、マズルカは鼻をすんすんと鳴らしながら通路を進む。


 ルーパス特有の鋭敏な嗅覚は、迷宮の先で待つモンスターや、最近通った相手の匂いを嗅ぎ分けられる。おかげで僕たちは、モンスターやほかの冒険者と不意の遭遇を果たすことなく、ダイアウルフ狩りに集中できているわけなのだが。


「死体と魂を自分たちの都合でつなぎ合わせようなんて、お前たち死霊術師が忌み嫌われる理由がよくわかる」


 不意にマズルカは、吐き捨てるように零した。


 嫌悪感の滲む声だった。今後の計画を話したり、仮拠点を出発するときには、彼女も納得してくれていたと思ったんだけど。犬を飼うそのこと自体は、生きているか死んでいるかの違いで、彼女たちもやっていたことだし。


「より強い肉体を得ることは、生物としての自然な欲求に適ってることだと思うんだけどな。極端な話、子犬は肉体が弱かったから死んだわけだし。君が武器を装備して戦うのと変わらないよ」


 魂という本体が、より有効な肉体を装備する。それだけの話だ。迷宮のモンスターは、倫理を問うにはとっくに生命としては歪んでいるし。


「肉体を、まるで服や道具のように扱うその神経の話をしているんだ。生を受けた肉体で命を全うし、生を終える。それが摂理だろう」


「けれど、肉体は枷だ。肉体が欲求を生み、欲求が競争を生み、競争が社会を生み、社会が束縛を生み、束縛が欲望を生み、欲望が人を残虐にする。そして残虐さは、苦痛を呼ぶ。不条理なサイクルだと思わない? 死によって肉体の枷から解放されたとき、肉体は枷としての役目を終え、単なる器、単なる道具になる。だから死体は嘘をつかないし、死者は魂の訴えに素直になる……って言うのが、僕の考えなんだけれど」


 マズルカが足を止める。なにか気に障っただろうか。


「ごめんねマズルカ。ゾンビ犬を君の相棒にするって話したけど、死霊術に抵抗があるなら、やっぱりなしにしようか? ただ、その」


 あまり死霊術を拒絶されると、僕がマズルカを仲間と考えることが難しくなってしまう。それは避けたいなと思ったのだが、マズルカは思いのほか静かな表情で、首を横に振った。


「いや。ポラッカと共にいるためにと、ゾンビとして仲間になることを受け入れたんだ。死んだ肉体を道具にしているアタシが、お前のやり方にケチをつけるのは筋違いだったな」


 それに。遠い眼をして、マズルカは続ける。


「肉体が社会や欲望を生み、人を残虐にする、か。その考えには、頷ける」


 実感の籠った声だ。彼女の経験が、そう言わせている。


「理由……もしよければ、聞いてもいい?」


「別に、面白くもない話だ。アタシたちが奴隷になったのは、欲に駆られた同輩に売られたからってだけだ」


 マズルカは皮肉そうに笑いながら、それ以上は語らなかった。

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