第16話:お披露目
「はい、出来たよポラッカ」
「えへへ、ありがとうマイロおにいちゃん。どうかな、かわいい?」
ぱたぱたと耳を動かすポラッカの髪には、さっき買ってきた花の髪飾り。青灰色の髪と耳の合間で、黄色い花が色鮮やかなアクセントになっている。
「うん、すごくかわいいよ。よく似合ってる」
と思う。あんまり美的感覚というものがない僕だけれど、着飾った仲間の姿はとても華やかに思える。
「ウリエラおねえちゃんも、どう、どう?」
「はい、とっても素敵だと思います。で、でも、いいんでしょうか、最初に私たちが見せてもらってしまって」
どうやらこの場にいない、マズルカのことを気にしているらしい。そのマズルカはいま、テントに引っ込んで僕の買ってきた装備に着替えている。絶対に開けるなとの厳命付きだ。わざわざ言わなくても、用がなければ開けたりはしないのに。
「おにいちゃんたちが買ってくれたんだもの、最初はおにいちゃんたちに見せたかったの。おねえちゃんとは、あとでたくさん見せ合いっこするんだ」
とのことらしい。本当に仲のいい姉妹だ。
「そうだウリエラおねえちゃん、髪を結ってほしいな。マズルカおねえちゃんをびっくりさせるの」「え、わ、私ですか? で、できるかな」
ポラッカにせがまれたウリエラが、慣れない髪結いに四苦八苦している横で、僕は焚火にかけた鍋を、木のさじでかきまわす。
今日は街で食材も買ってきたので、保存食ではなく夕食を拵えている。鍋に刻んだジャガイモとニンジン、タマネギ、それに牛肉を入れ、塩と胡椒をたっぷり振って、油で軽く炒める。それをブイヨンと共に黒ビールで煮込めば、冒険者の間でおなじみのシチューの出来上がりだ。
生肉はともかくとして、根菜は日持ちするので少し多めに購入している。特にジャガイモ。ジャガイモはなにかと使い出がある。この世界にジャガイモがあって本当に良かった。
木さじからひと口啜ってみるが、うん、悪くない。
「ウリエラ、ちょっと味見してみて」
「はい、あ、んむ……ふあ、美味しいです……!」
「わたしも、わたしも味見させてっ……ん~~~っ」
ポラッカにもひと口あげると、満足そうに顔をほころばせる。好評なようでなにより。
彼女たちはゾンビ、リビングデッドであり、本質的にはあくまでも死体だ。食事は必要ないし、食べなくても死ぬことはない。けれど彼女たちにエンバーミングの魔術をかけるとき、味覚は残してある。
食は、精神の安定を担保する重要な文化的行為だ。僕は、彼女たちに仲間として、無感動な操り人形ではなく、ささやかな日々の喜びを忘れない、意志のあるゾンビであってほしいのだ。
だからもちろん、今日の食事も人数分用意している。今後も可能な限り、共に食卓を囲んでいきたいと思っている。
「ど、どうだ。装備してみたが、どこかおかしなところはないか?」
それぞれの器にシチューをよそっている最中、テントから姿を現したマズルカは、どこに出しても恥ずかしくない、立派な戦士の装いだった。
豊かに膨らんだ胸元と肩を板金で守った上半身に、鋼鉄の垂れで守られた腰回り。腕に嵌めたバグ・ナウが、頭の上の獣耳と、お尻から覗くふさふさのしっぽと相まって、彼女のどう猛な野性味を強く印象付けている。
のはいいのだけど。
なんか買ってきたときと様相が違う気がする。胸周り以外は、おなかもおへそも丸出しだし、履物も太ももの付け根ギリギリまでしかない。肉感的な身体のあちこちについた傷跡が、惜しげもなく晒されている。
「よく似合ってる……んだけど、そんなに丈短かったっけ?」
「ああ、動きにくいから破った。どうせ布じゃあ、たいした防御力はないしな」
うーん、いいんだろうか。僕は戦士じゃないから、よくわからないんだけども。
首をひねる僕の横では、ウリエラがなんかわなわなしてる。
「マ、マズルカさん、マイロさんが買ってくださった鎧を、破ってしまったんですか……?」
「なんだ、なにかマズかった? 氏族にいたころは、もっと薄く軽い身なりで狩りをしていたんだぞ」
マズルカが最初に身に付けていた、布切れを身体に巻いただけの、ほとんど着ている意味のないような装い。あれはてっきり、奴隷だからそんな恰好をさせられているのかと思っていたのだが、もしかして本人の意向だったのだろうか。
「マズルカのために買ったものだし、マズルカ自身が着やすいように着てくれればいいよ。それにマズルカはゾンビだから、多少おなかが破れたところで、壊れちゃったりはしないしね」
僕の作るゾンビはそんなにもろくないのだ。
「そうか。なんにせよ、感謝する。この装備なら、いままで以上に戦えそうだ。ありがとう、マイロ」
「どういたしまして」
「あれ? おねえちゃん、髪飾りは?」
そういえば、マズルカの髪には黄色い花が見当たらない。
「あれはその、どう着ければいいかよくわからなくてな……む、ポラッカはもう着けているのか。姉に最初に見せてくれないなんて、薄情じゃないか」
「おねえちゃんも、マイロおにいちゃんに着けてもらったらいいよ」
ポラッカが提案すると、マズルカはものすごい顔で僕を見てくる。なにその親の仇を見るような眼。
「……着ける?」
「……いや、いい。自分でポラッカと同じ場所に着ける」
「そっか」
こう、マズルカは僕を信用してくれてはいるんだろうけど、馴れ合うつもりはない、というのを隠そうとしないので、とても分かりやすい。背中にナイフを隠して笑顔で近づかれるよりも、ずっと安心できる。
隣でウリエラがますます険しい顔してるけど、仲良くしてほしいなあ。
「それよりも、夕飯はシチューか。いい匂いがする」
「うん、ちょうど出来上がったから、みんなで食べよう。ほらウリエラ、お皿みんなに回して」
「は、はい!」
それから僕たちは、焚火を囲んでお手製シチューに舌鼓を打つ。なんだか、こうして穏やかな食卓を囲むのは、ずいぶんと久しぶりな気がする。
心を許せる仲間たちと食べる食事は、こんなに気持ちが安らぐものなんだなあ。
「あの、マイロさん。こ、今度は私が食事の用意をしても、よろしいですか?」
「ウリエラの手料理? ぜひお願いしたいな、楽しみにしてるね」
「は、はい!」
「んぅ~……おねえちゃん、首の下がべちょべちょするよう」
「ああもう、飲み込んだもの全部出て来てるじゃないか。どうにかならないのか、マイロ」
「うーん、新しい身体を付けるんでなければ……疑似的な消化器官を作って受け皿にする……? ちょっと、考えておくね」
敵意も隔意もない、お互いの素直な気持ちだけを口にできる、穏やかな食卓。これが僕の欲しかったものだ。素直な死体たちと囲む、団らんの時間。
「ところでマイロ、そろそろ聞かせてくれないか。あれはどうするつもりなんだ」
ふと思い出したように、マズルカが顎で示した先には、防腐用の薬液に浸した小さな心臓がある。ウリエラが見つけてきてくれた、子犬の死体だ。
「あれがゾンビ犬になるのか? 心臓しか見当たらないが」
「あれはね、ゾンビ犬の核になるんだ。あの子犬に、新しい身体を与えるわけなんだけど……マズルカ、明日、一緒に腕試しに行かない?」
「だんだんお前の考えが分かってきたぞ……まあ、装備の慣らしは必要だしな、付き合ってやろう」
不敵に笑うマズルカの承諾を得て、僕の明日の予定が決まったのだった。
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