第15話:価値観

「なにか用かな」


 戦士の表情を窺いながら、僕は半歩後ずさる。なにを考えて声をかけてきたのか知らないが、どうせロクな用件じゃないだろう。


 ああもう、面倒だな。


 無視してさっさとこの場を離れたくても、店の中から出るには、戦士の立っている出入り口を使うしかない。武器屋なんか来るんじゃなかった。


「なんかえらく警戒されてるけど、別に大した用じゃない。あのあとどうなったのか、聞こうと思っただけだ。ルーパスの彼女の妹は見つかったのか?」


「ああ、そのこと。拐ったゴブリンたちを見つけたよ。見つけて、全滅させた」


「妹は無事だったのか?」


「ううん、追いついたときにはもう殺されてた」


「……そうか」


 ざっくりと顛末を伝えると、戦士はえらく沈痛な面持ちで俯いた。


 もしかして、悼んでるの? 見ず知らずの獣人の、奴隷の娘を?


「姉の方はどうした。あんたがリビングデッドにした、彼女は」


「ねえ、なんでそんなこと気にするの。君になにか関係ある?」


 こいつがなにを考えているのか、さっぱりわからない。なにか企んでるのだろうか。けれど、彼女たちの動向を知ったところで、彼に得があるようにも思えない。


 そう思って尋ねると、戦士のほうこそなにを言っているんだ、とばかりに目を丸く見開いた。


「気にするだろ、普通。目の前で女の子が攫われて、殺されたんだぞ。それに、俺たちにもう少し実力があれば、二人とも死なずに済んだかもしれないのに」


 あ。


 なるほど。僕は納得する。


 彼は善人なんだ。自分の手の届く範囲で起きてしまった悲劇に、まったく関係なんてない、むしろ巻き込まれた立場なのに、責任を感じてしまうほどに。ダンジョンに潜るのには、あまり向かないタイプの人間だ。


 僕にとって、一番理解できないタイプの人間でもある。


「はあ……そういうこと。なら教えるけど、二人とも今は、僕の仲間として一緒にいるよ」


 は? とまた目が丸くなる。面白いなこいつ。


「まさか、ゾンビにしたのか? 姉も妹も?」


「うん。いまはダンジョンの中で留守番してる」


「……無理やり従わせてるのか?」


 おもむろに視線が鋭くなる。あれ、駆け出しだったと思ったけど、結構強そうだな。


「もちろん、二人とも自分の意志で選んだんだよ。ゾンビになってでも、まだ姉妹で一緒にいたいからって」


「……そうか」


「疑うなら、二人に会わせてあげてもいいけど」


「いや、いい。信じるさ。本人たちが納得してるなら、それで良いんだろ」


 ほとんど初対面の相手のことなんて、よく信じられるな。


「そういうこと。もう用は済んだ?」


「ああ、今夜は昨日よりは眠れそうだ」


 で、気が済んだなら帰ってくれればいいのに、なぜか彼はそのまま店内に足を踏み込んでくる。


「ちょっと、まだなにかあるの?」


「なんでそんな邪険にするんだ。そもそもここは武器屋で、俺は剣の手入れ具が欲しくて来たんだ。なにを疑ってるのか知らないけど、あんたを見つけたのは偶然だ」


「む」


 そう言われてしまうと、返す言葉がない。あと、手入れ具か。そう言うのも必要なんだな。


「そっちこそ、魔術師が武器屋に、なにしに来たんだ?」


「あー……武器を買いに。マズルカに、ルーパスの、姉のほうに」


「え? ゾンビのために武器を?」


「そうだけど、なに」


「いや……死霊術師ってのは、死体を従わせて、道具みたいに使う連中だと思ってたから」


 決まり悪そうに首筋を掻きながら、戦士は目を逸らして答える。わざわざそんなこと言わなくていいのに、変な奴だ。


「大抵の死霊術師はそうだと思うよ。でも僕にとって、彼女たちはもう仲間だ。仲間のために装備を整えてあげたいって考えるのは、おかしいかな」


 少し意地悪くそう尋ねると、戦士は首を横に振って、真っ直ぐに僕を見つめた。今度は僕が目を逸らす番だった。


「いや、なにもおかしくなんかないだろ。なにを買うんだ?」


「……それで悩んでてさ。あいにく僕には、武術の知識なんてこれっぽっちもないから」


「なんだそりゃ。武器がいるってことは、前衛なのか?」


「そうだね。彼女はルーパスだから、持ち前の鋭い爪で戦ってたけど、ダンジョンで戦っていくならそれだけじゃ弱いでしょ。だからなにか、装備をあげようと思って」


 しまった。なにを僕は、仲間の情報をぺらぺら喋ってるんだ。


 思いがけず軽くなってしまった口を塞いで窺うと、戦士は真剣な表情で棚に並んだ武具を吟味していた。


 その表情に嘘偽りが入り込む余地はなさそうで。僕はなんだか、拍子抜けして肩の力を抜いた。


「だったら格闘武器が良いだろうな。ただ、殴るのと引っ掻くのじゃ勝手が違うから……バグ・ナウなんていいんじゃないか?」


 彼が見繕ったのは、鋼鉄の爪が付いた、ナックルのような武器だった。なるほど、これなら確かに、マズルカのスタイルに合っているかもしれない。


 やっぱり知識のある人間は、話がはやい。


「あのさ、ついでに手入れをするのに必要な道具と、あと防具も選んでくれない?」


「いきなり図々しいな!?」


 うるさい。こっちは危うく手ぶらで帰るところだったんだ。利用できるものは後輩でも使ってやる。



 なんだかんだ言いながら彼は、胸元や急所だけを鉄板で守った、身体の動きを阻害しない布鎧や、手入れ用の油や砥石を選んでくれた。それから、マズルカたちの青灰色の髪によく映える、黄色い花の髪飾りも。


「やあ、助かった助かった」


「ったく、女の子に送る髪飾りとか、普通自分で選ぶだろ」


「? 誰が選んでも同じじゃない? 頼まれて買っていくだけだし」


 なぜか心底呆れた顔で首を横に振られた。むか。


「いいけどな。俺はもう行くぞ、仲間に合流しないと」


「僕ももうすぐ待ち合わせの時間だ。あのさ」


 去り際、声をかけると戦士は立ち止まって振り返る。


「頼んでおいて聞くのもあれだけど、なんで手伝ってくれたの? 見返りもないのに」


「さあね。誰かに親切にして、悪いことなんてなにもないだろ」


 ああ、そうだよね。君ならそう答えるだろうね。


「それに、あんたのことわりと好きだしな。俺はクルト、あんたは?」


「マイロ。僕は君なんて大嫌いだよ」


 僕の悪態に、彼は笑って去っていく。


 クルト。彼は僕とは、まるで正反対の人間だ。


 前衛で腕っぷしが強く、嫌味がなくてにこやかで、善意を振りまいて、自然と周囲に人が集まってくるタイプの人間。ほら、さっそく仲間らしき女性たちと、互いに笑顔で合流している。


 僕がひとかけらも信じられないものを、心底信じている人間だ。自分の善意と、他人の善意を信じて生きている。まるでそれが、世界の真実であるかのように振舞っている。


 僕に信じられるのは、死体だけだ。


「マ、マイロさん! すみません、お待たせしてしまって……」


「ウリエラ。大丈夫だよ、いま来たところだから。買い物は終わった?」


「はい。それに、あの、これを」


 おずおずとウリエラが差し出したのは、布に包まれた、手のひらに収まる小さな塊だった。ウリエラが布を解いていくと、鮮やかな赤色が顔を覗かせていく。これは。


「もしかして、これって」


「はい、子犬の心臓です。た、たまたま入った路地で、道端で死んでいるのを見つけて、それで」


「すごいやウリエラ! 良く見つけたね!」


 ウリエラの手の中にある心臓は、まだ瑞々しく、いまにも動き出しそうだ。子犬を襲ったのが事故だったのか、飢えだったのかはわからない。それでも、ゾンビ作りにはもってこいの素材だ。


「わ、私、マイロさんのお役に立てましたか……?」


「もちろん。これから墓荒らしかな、なんて思ってたくらいだから、すごく助かるよ」


「え、えへへ」


 はにかむウリエラの手を取り、僕は意気揚々と歩きだす。まだ必要な材料はあるが、これで大きく一歩前進できた。


 どこかで迷子を捜すような声が聞こえたが、僕らは気にも留めず、ダンジョンへと帰って行った。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る