第14話:買い物をしよう
明くる日、僕は一度街に戻ることにした。
「じゃあ、僕とウリエラの二人で行ってくるけど、本当にいいの?」
「問題ない。死んだはずの奴隷がうろうろしてるのを見つかっても面倒だし、ポラッカを残しては行けない。どちらにしろ、ここを空にはできないしな」
ということで、マズルカとポラッカは留守番だ。街中に生首を抱えて出て行ったら、大騒ぎになっちゃうしなあ。
「ここは守ってやる。しかし、本当にいいのか? アタシたちのものまで買ってくるなんて」
「もちろんだよ。いつまでもシャツ一枚じゃいられないでしょ。それに、僕の仲間の装備が整えば、僕にも得があるわけだからね。仲間への投資は惜しまないよ」
浪費にかけては右に出る者のなかったケインたちを見て、学んだのだ。パーティというのは、個々ではなく総体として強くなるべきだと。
マズルカは僕らを敵から守ってくれる、大事な前衛戦力だ。それをいつまでも、裸一貫みたいな恰好でいさせるわけにはいかない。ましてや本人の戦闘能力が頭打ちである以上、装備の充実は最優先課題なのだ。
「あとは動きやすい服をいくつかと……ポラッカは、花の髪飾りだけでいいの?」
「うん、お願いしますっ。奴隷はアクセサリーなんてつけちゃだめだ、って言われて、なにもつけられなかったけど、本当はずっとほしかったの。ありがとう、マイロおにいちゃん」
とのことなので、ご要望にはお答えするとしよう。
「マズルカは他に必要なものはない? 別に探索に関係ないものでも、気にしないで言ってね」
「む……」
マズルカは押し黙り、ちらちらとポラッカを盗み見る。それから、耳としっぽをぺたんと下げて、僕の表情を窺ってきた。
「な、なら……ポラッカと同じ髪飾りでも、いいか」
らしくなく、やけにもじもじしているかと思えば。そんなの遠慮することないのに。
「ああ、マズルカもお洒落したかったんだね。任せて、かわいいの買ってくるから」
胸を張って請け負ったというのに、なぜか尻を蹴られて送り出された。理不尽な。
◆
そうして僕とウリエラは、ダンジョンを出た。
ダンジョンの入り口は、学院に併設された小さな城塞のような建物の中に在る。地下へ続く階段、そして建物の入り口を衛兵が守っているが、彼らの仕事は主にモンスターが出てこないか見張ることだ。
なのでゴブリンゾンビを一匹連れて来たのだが、ダンジョンを出るときに死体に戻さざるを得ない。帰りはまたゾンビを補充しなければ。
建物の扉を潜れば、何日かぶりの外だ。拠点を構えて過ごしたのは一晩だけだが、第5階層まで下りて、ゴブリンたちを追いかけて、広間の掃除をして仮拠点を作って……おそらく実際には二日か三日ぶりくらいだろうか。地下にいると、日付の感覚がなくなってしまう。
ともかく、数日ぶりの街は相変わらず人が多くて、それだけで胸焼けしそうだ。ケインたちとダンジョン潜りをしていたときもそうだが、僕はやはりダンジョンの中にいた方が落ち着くみたいだ。
「えーと、じゃあウリエラは、食料とかマズルカの服とか、日用品をお願いしていいかな。僕は薬草や装備品を見に行ってくるから」
「は、はい、わかりました!」
「それから、これはもし見つけたらでいいんだけど」
「はい?」
「犬の死体を見つけたら、教えてくれる?」
「あ、ゾンビ犬を作るって話、ですよね。昨日、マズルカさんとしていた」
「そうそう」
前衛を務めてくれる戦力を増やしたいが、実力があって、人柄もわかっている戦士の死体なんて、そんな都合よく巡り合えるものじゃない。マズルカは本当に、幸運なパターンだったのだ。
そこで僕は、マズルカのパートナーになる犬のゾンビを作ることを考えた。それも、簡単な命令しかできない操り人形ではなく、主の言うことを聞いて自分で動き、訓練でき、マズルカと共に前線を維持できるゾンビ犬だ。
「もし見つからなくても、そのときは墓地にでも行ってみるから、気にしないで。僕がいたころはペットの埋葬もしてたし、最悪、掘り返せば骨の一本くらい見つかるでしょ」
「骨一本だけでも、大丈夫なんですか?」
「うん。普段とはちょっと違うゾンビの作り方をするつもりだから、どこか身体の一部があれば大丈夫なんだ」
作るのは『言うことを聞いて戦えるゾンビ犬』なのだ。これは同時に、ウリエラたちを強化するための、実験でもある。
「調教のことを考えると、人慣れしてて、まだ子犬のほうが仕込みやすいと思うんだけど……まあそんな都合のいい死体なんてないだろうし、本当にもし見かけたらでいいからさ」
「……その、見つけるのは、死体、でいいんですか?」
? どういう意味だろうか。
「うん、もちろん。だってゾンビにしようとしてるんだから」
生きている犬を見つけたって仕方がない。問答無用で襲い掛かってくるモンスターならともかく、ゾンビにするために、と人や動物を無暗に殺すこともできない。死霊術師は、死を軽んじてはならないのだ。
こちらの要望を黙って聞いていたウリエラは、ぎゅっと杖を握り、ひとつ頷いて僕を見上げた。
「あ、あの、きっと私、マイロさんのお役に立ってみせますから」
「ふふ、そんなに意気込まなくてもいいって。それじゃ、よろしくね」
そう言って、日暮れ前に合流する約束をして、僕はウリエラと別れ、買い物に向かった。
◆
で、自分の買い物を終え、武器屋を覗きに来たのはいいのだけれど。
「考えてみると、僕は武器や防具のことなんてなにもわからないんだった」
勇んで前衛の装備を整えようと思ったものの、前衛なんて務めたことのない僕に、マズルカがどんな武器や防具を持つべきかなんて、さっぱりなのだ。
店内には、ありとあらゆる種別の武器が並んでいる。でも、どれを取ればいい。
剣がいいのか、斧がいいのか。重さは、大きさは? 鎧にしても、体格も測ってきたのはいいものの、板金鎧か革鎧か、重装か軽装か、どんな鎧が最適なのか、なにもわからない。
杖やローブを、魔力の構築密度でばかり見る魔術師は、門外漢もいいところだ。
一度出直してウリエラと合流しようか……いやダメだ、ウリエラも純然たる黒魔術師だ。接近戦なんてしたことのない専任魔術師が、二人に増えるだけである。
「どうしたもんかな……」
もっとちゃんと、マズルカの要望を聞いておくんだった。格好がつかないけど、ダンジョンに戻って聞くか、いっそどうにか本人に来てもらうしかないか。
そう、肩を落として踵を返そうとしたときだった。
「死霊術師が武器屋にいるなんて、なんだかおもしろい光景だな」
不意にかけられた声に振り返ると、店の入り口に、軽装鎧を着こみ、剣と盾を携えた、戦士らしき風貌の男が立っている。年のころは僕と同じくらいだろうか。
男は、馬鹿にするでもなく、気味悪がるでもなく、興味深そうに僕を見ている。慣れない類の視線に、落ち着かなくて身じろぎしてしまう。
はて、どこかで見た気がする顔なのだが、誰だっただろうか。
「えーと……?」
「……もしかして、覚えてないのか? この間会ったばかりなのに」
そう言われて、思い出した。
彼はマズルカが殺された場に居合わせ、ゴブリン襲撃の顛末を僕らに状況を教えてくれた、冒険者の戦士だった。
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