第12話:ダンジョンとは
かれこれ二百年ばかり昔の話だ。
この大陸に、ひとりの忌まわしき魔王が現れた。五つの国と、そこに住まうすべての人々を相手に、闇から生み出した魔物や亜人の軍勢を駆って攻め入り、世界を破滅に追いやらんとした、邪悪の具現化。
すべてを燃やし、灰燼に帰し、その中に立って嗤うもの。そのものは、灰色王と呼ばれ恐れられていた。
今では子供でも知っているおとぎ話となった灰色王だが、当時かの魔王率いる闇の軍勢と、これに対抗すべく結成された諸国連合との戦いは熾烈を極めた。剣と斧と弓と魔術とが飛び交い、決着までに要した十年の歳月は、各国に甚大な被害をもたらしたという。
激闘の末、のちに灰祓いの勇者と呼ばれる、五人の英雄たちに無事討ち果たされた灰色王だが、配下の軍勢が即座に消えてなくなったわけではない。中でも、直接灰色王に仕えていた魔人たちは、灰色王亡き後も、長いこと諸国連合の手を逃れ続けていた。
その中のひとりが、堕落した魔術師イルムガルトである。
超人的な魔力によって、思いのままに魔術を操っていたイルムガルトは、灰色王との決着から八年の時を経てようやく、灰祓いのひとり、大賢者ロートレックによって捕獲されるに至ったのだ。
「捕獲? 殺さなかったのか?」
当然の疑問に、マズルカが首を傾げる。
「あるいは殺せなかったのか。理由は定かじゃないけど、ロートレックはイルムガルトを処刑せず、封印することにしたんだ。そのために地下深くに作られたのが、僕たちが今いる『イルムガルトの大監獄』ってわけさ」
「ふうん、ダンジョンにそんな由来がね……ってちょっと待て。じゃあお前たち冒険者は、邪悪な闇の軍勢の幹部が封印された監獄に潜ってるって、そういうことか?!」
まあ、そういうことになる。
「なんで!?」
「そこら辺は僕より、ウリエラのほうが詳しいかな。黒魔術師科のほうが、学院の本流に近いし」
「あ、は、はい。イルムガルトを封印したロートレック師は、封印を守り、また後進を育てるため、大監獄の上に魔術学院を開き、街を興しました。それがガストニアの始まりです。なので、監獄の封印を監視するのも、学院に課せられた使命だったそうです」
ロートレックがこの世を去ってからも、封印の監視は続けられていた。その頃のダンジョンは、地下深くに作られた多層構造物であったことは変わらないものの、看守がおり、正統な手順を踏めば安全に出入りできる場所だったらしい。
「ですが、いまから十年ほど前、突如として監獄の内部が変容しました。構造が複雑化し、階層ごとに様相が変わり、モンスターが現れる魔境と化したのです。原因を突き止めようにも、外部からの魔術探査は用をなさず、魔術師だけでは内部の調査が進みません。そこで学院とガストニアは、国中から冒険者を誘致し、ダンジョンを解放して調査を奨励することを決定した……って、が、学院で習いました」
冒険者にとっては、モンスターが湧きだすダンジョンは、格好の飯のタネ。国中に張り出された布告に、彼らは一も二もなく食いついた。同時に学院も人材の確保に奔走し、ウリエラにそうしたように、人買いまがいの手口まで使い始めたという次第だ。
「学院じゃこのダンジョンの変容は、イルムガルト復活の兆候じゃないか、ってまことしやかに囁かれてたりするね」
僕が補足すると、マズルカはあんぐりと口を開いたまま黙ってしまった。その後ろで、ポラッカがパタパタと忙しなく獣耳を動かしている。
「すごいなあ。灰色王の手下に、灰祓いの賢者が作ったダンジョンだなんて、まるでお話の中にいるみたいだね」
あくまで呑気なポラッカの感想に、マズルカは眉を顰めて目頭を押さえる。
「……あえて聞くけど、なんで魔人が復活するかも、なんてダンジョンに住もうとか考えたんだ」
「いい加減、地上で身勝手な人間に囲まれて暮らすのに疲れちゃったんだ。かといって死霊術師の道を捨てたいわけじゃないから、あんまり学院から離れちゃっても、研究資料が必要になったときに困る。だからダンジョンに引っ込んじゃうのが、一番いい塩梅だったってわけ」
それにだ。
「ここなら研究資材も手に入りやすいしね」
「お前の言う資材って……いや、いい、聞きたくない」
「そう?」
いろいろ考えてることがあるから、研究の話ならいっぱいできるのに。
あと、もうひとつだけ、このダンジョンそのものにも理由がある。
かつてに比べ複雑化したものの、探索次第で進行可能な迷宮構造。挑戦者を試すように、階を経るごとに脅威度を増すモンスターたち。そもそもこの大監獄自体が、魔術によって作られた、超高密度の魔力構造体だ。何故魔術師を魔術の中に閉じ込めるような真似をしたのか。
このダンジョンの変容には、なにか意図がある。その答えに興味がある。ダンジョンの中に暮らしてみれば、なにか掴めるかもしれない。
のんびり暮らしたい。けれど、曲がりなりにも冒険者としては、好奇心には逆らえない。
ダンジョン暮らしは、そんな僕の出した最適解なのだ。
「まあいい。とにかくここが、心底イカれた場所だってのはよくわかった。で、お前はこれからどうするつもりなんだ、マイロ」
「どうするって、なにが?」
「だから、もっと下の階に居を移すために、なにをする必要があるのかって話だ! アタシはいつまでも、こんなところでダラダラしたくないって言ってるだろ!」
おっと、そういえばそんな話だった。
「ごめんごめん、そうだったね。とりあえず生活基盤は後回しにして、まずは戦力強化が必要かな。ウリエラもマズルカも頼もしいけど、このまま下に降りるにはどうしても心許ないでしょ? 前衛と後衛のバランスも悪いし」
近場のモンスターで特訓して実力を極めて、ともいかない。何故なら二人ともゾンビなので、成長しない。筋力も、敏捷さも、魔力も育ちはしないのだ。
「お前の死霊術で、モンスターをゾンビにして従えるんじゃダメなのか」
「戦力に余裕があるならいいんだけど、実力が近い相手じゃ僕の指示が追い付かないよ。僕は接近戦のことなんてわからないから、大雑把な指示しか出せないしね」
「じゃあどうするんだ」
「ウリエラやマズルカの強化も考えてるんだけど、そのためにも試したいことがあるんだよね。マズルカ、犬は好き?」
「犬? ああ、好きだぞ。アタシらルーパスは、狼に起源をもつ種族だ。犬は親類みたいなものだ。氏族では猟犬も飼っていたし、逆にお前がオオカミを操り人形にしていたのは、あまり愉快な気持ちはしなかった」
ありゃ、そうだったのか。それは申し訳ない。
「そういうことならマズルカ、犬を飼ってみない? 操り人形じゃなくて、猟犬として鍛えるんだ」
「なに?」
「もちろん、ゾンビになっちゃうけど」
「……だろうな」
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