第11話:新生活
というわけで。
パーティを追放されてからというもの、マズルカを仲間に加えたりゴブリンを襲撃したりポラッカを見つけ出したりと、早々にひと悶着あったものの、どうにか僕らは新居を構え、ダンジョンでの新生活が始まった!
「これの! どこが! 新居で! 新生活だ!」
マズルカが僕らのテントを指さして、吠えた。耳がとんがって、しっぽが太くなっている。怒ってる。
「仕方ないじゃないか。そんなに一度に環境を整えたりできないし、ここはまだ仮拠点で、中継点みたいなものなんだから」
「そうは言っても、ほとんどただのキャンプだろこんなの!」
砂石の地面と石造りの壁に囲まれた室内に、簡易なテントをひとつ建て、寝袋を敷いて、焚火を熾して鍋を火にかけている。確かに、ダンジョン潜りの途中で開設するキャンプと、ほとんど変わらない。
「でも、僕の研究資材とか普段は持ち込まないし、十分拠点になってると思うんだけどなあ」
「くそっ、ちゃっかり身の回りのもの並べやがって……」
テントの脇に並べてある、防腐剤やその材料の入った容器、それに僕とウリエラの魔導書を見て、悪態をつくマズルカ。ちゃっかりって言われても、僕らはもともとそのつもりで来てたわけだし、文句を言われる筋合いはない。
そもそもマズルカたちは奴隷で、私物なんて持っていなかった。マズルカが今来ているシャツも、さすがにサラシと腰巻だけでは、とウリエラの提案で僕の着替えを貸してあげてるわけだし。ウリエラのだと小さかったのだ。
「そうだ、それに僕らのものだけじゃないよ。ほら、ポラッカのものだって置いてある」
「ものとか言うな! ポラッカの身体だぞあれは!」
防腐剤の容器の隣には、保存処理をしたポラッカの手足が置いてある。
ポラッカの身体の大部分は、ゴブリンたちに食い荒らされて修復不能だった。だが手足や、それにしっぽは、毛皮に覆われていたからかほぼ手付かずだったのだ。そこで、いずれ新しい身体に利用するため、保存することになった。
良かれと思ってやっているというのになあ。
「ああもう、ダンジョンに住むなんて言うから、なにか秘策でもあるのかと思ってたのに、こんなに行き当たりばったりだなんて……!」
「どうしたのさマズルカ、そんなに不満ばっかり言って。ストレス溜まってるの?」
「溜まるに決まってるだろ!」
マズルカは両手を広げ、僕らが今いる部屋全体を振り仰いだ。
「よりによってこんなところを拠点にするなんて、なに考えてるんだ! ここはポラッカが、くわ、こ……殺された部屋なんだぞ!」
おそらくそれが最大の不満点だったのだろう、僕らがいる室内を指して、マズルカは今日一番に大きな声で吠える。
僕らがいる部屋というのは、他でもない、ポラッカを攫ったゴブリンたちがねぐらにしていた、あの部屋だったりする。
「だってちょうどよかったんだよ。出入り口のある小部屋で、階下へのルートとは反対の奥で、人が近づきにくい場所なんだから。腰を据えるにはピッタリでしょ?」
「だからってなあ!」
なにをそんなに神経質になることがあるんだろう。室内は奇麗にして、食い散らかされたポラッカの肉片まで含めて、ウリエラがきちんと処分してくれたというのに。
ちなみにここにいたゴブリンたちのうち、二匹は門番としてゾンビにして僕たち以外の誰かが近づいてきたら、大声で騒ぐように命令してある。それ以上複雑なことは出来ないし。
「マイロ! お前は、少し、人の気持ちってもんを……!」
怒り心頭で詰め寄って来ようとしたマズルカの前に、ウリエラが立ちふさがる。
「マ、マズルカさん……あんまり、マイロさんを、こ、困らせないでください……!」
「ウリエラ、あんたがそうやって甘やかすから!」
「拠点はここで、なにも問題ありません。ですよね……?」
ウリエラが振り返った先には、ポラッカがいる。
首だけのポラッカは、布を敷いた木製の平箱の中に鎮座していた。地べたに転がしておくわけにもいかないし、切断面をそのまま立てるとむずむずする、という本人の要望もあって、簡易的な寝床……首床? を用意したのだ。
「うん。わたし、死んじゃってたときのことなんにも覚えてないから、ここで全然大丈夫だよ。それにキャンプって、わくわくして楽しいもの!」
「ポラッカまで……な、なんよこれ、アタシがおかしいのか?」
マズルカは姉妹たちに圧され、耳を伏せてたじたじになってしまう。
僕としては別に、彼女を追い詰めたくて、拠点にこの場所を選んだわけではない。そんなに拒否されるとは思っていなかったけど、あんまり不満ばかり溜めてほしくもない。
「ね、聞いてマズルカ。さっきも言った通り、ここはあくまで仮拠点で、長居するつもりはないんだ。どうしても嫌って言うなら移動するけど、少しだけ我慢してはもらえない?」
「ぬ、ぐ……本当に、すぐに移動するんだな……?」
「もちろん。それに僕も、ちょっと見落としに気付いちゃったし」
「見落とし?」
「うん。拠点がここじゃ、水が手に入らなかったんだ……!」
生活用水に関して、僕は完全に失念していたのだ!
生きていくうえで水は必須だ。飲むため、汚れ物を洗うため、僕は死霊術の研究のためにも、水は欠かせない。
「水って、ウリエラが出してただろ? それじゃダメなのか?」
黒魔術の便利なところで、元素を操って火や雷を発生させるのと同様に、水を作り出すことも可能だ。この場所の掃除にも、ウリエラの魔術にお世話になった。
とはいえ、ライフラインをいつまでも魔術頼みにはできない。
「一時的にはしのげるけど、魔力だって無尽蔵じゃない。ウリエラに頼り切りもよくないしね」
「わ、私は大丈夫ですけど……」
「でもさすがに、用を足すたびにウリエラにお願いするのも気が引けるしなあ」
ウリエラがもじもじと俯いてしまった。さすがに僕だって、そのくらいのセンシティブさは持ち合わせているよ?
とにかく、だから本格的な拠点は、もっと下の階層に作りたいのだ。
「けどそんなの、ダンジョンの中じゃどこも同じじゃないのか?」
「あ、そっか、マズルカはここより下は行ったことがないんだっけ」
「そりゃ、アタシらは冒険者ってわけでもなかったしな。下になにかあるのか?」
マズルカは首を傾げるが、なるほどこのダンジョンについて、そこまで詳しいわけではないらしい。
「第5階層から第6階層に下りたときに、内観が一気に変わったでしょう?」
「ああ、洞窟から、建物の中みたいになったな。それが?」
「第11階層から下に行くと、また環境がガラッと変わるんだ。ね、ウリエラ?」
「は、はい。第11階層から下は、深い樹海の中のようになっているんです」
「樹海!? 地下に潜ってたのに、いきなり地上に戻るのか?」
また耳をびょんっと立て、マズルカが驚愕する。後ろで、ポラッカの耳も立っていた。
「ううん。地下にあるダンジョンの中に、魔術で樹海のような環境が作られてるんだ。もちろん土も植物は本物だし、ここらよりも動物型のモンスターが多くなる。なにより、泉と川があるんだ。根を下ろすにはもってこいの環境だよ」
「はー……いよいよ非常識だな。いったい何なんだ、このダンジョンって場所は」
肩としっぽを落とし、マズルカは疲れたように首を振る。
ふむ。これから一緒に暮らしていくなら、知識として知っておいてもらった方がいいかもしれない。
「なら、いい機会だし、少しこのダンジョンについて説明しようか」
というわけで、僕は臨時のダンジョン講座を始めることにした。
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