第10話:ゾンビ姉妹

「んぐぐ……お、おねえちゃん、なんにも見えないよお」


 マズルカの腕の中から、おっとりとした声が聞こえる。まるで寝起きのような、気の抜けたポラッカの声だ。


「ポラッカ、ああ、ポラッカ! 大丈夫かポラッカ、痛かったり、苦しかったりしないか?」


「んんー……? ううん、大丈夫だよ。あれ、わたし……」


 ポラッカの視線が、また中空をさまよい、獣耳が忙しなく向きを変え、マズルカを見てぱっと開かれた。


「そうだ、ゴブリンに捕まっちゃったんだ。捕まってからね、胸がずっと痛くて、苦しくって、すごく泣いちゃったの。そしたら、ゴブリンが斧を持ってきて、それで……でももうちっとも痛くないから、大丈夫だよ」


「そうか」


 マズルカがほっと息をつく。きっとポラッカが、自分が食べられたことを知らずに死んでいたからだろう。少しだけ、表情が緩んだ。初めて見る顔だった。


「おねえちゃんが助けてくれたの?」


 無邪気な表情のポラッカに尋ねられ、マズルカは俯いて首を横に振った。


「いや……ごめん、アタシは、間に合わなかったんだ。アタシは、ポラッカを助けてあげられなかった。死んじゃったんだ、アタシも、ポラッカも」


「? でも、いまここにいるよ?」


「アタシたちはゾンビなんだ。ほら」


 ことさらにおどけるように、マズルカは切断された自分の腕を見せる。笑いながら。


「え、えっ? うわああああおねえちゃん手ないよ!? 痛くないの!?」


「ああ、痛くないし、大丈夫なんだ。それに、腕も繋ぎなおせるらしい」


「そうなの? でも、あれ……? わたしもなんだか……」


 そろりと、ポラッカは自分の身体を見ようと視線を下げ、ぴょんと三角の獣耳を立て、あんぐりと口を開けた。


「わあああああああああ! わたしの身体もないっ! え、えっ、なんでえ!」


「だ、大丈夫だよポラッカ。すぐに元に戻してもらえるから。そうだろ?」


 マズルカが当然のように僕を見る。ん、あれ、説明していなかったっけ。


「元の身体には戻せないよ?」


「は? いや待て。けどお前、アタシの傷を塞いだりしてただろ、だったら」


「エンバーミングは傷を縫い合わせて修復するだけで、治癒したり再生したわけじゃないんだって。だから白魔術と違って、傷が残ってるでしょ? パーツが揃ってるなら、繋いで元の形に戻すことは出来るけど、あそこまで損壊しちゃったら手に負えないよ」


 ちなみに、生きてる肉体にエンバーミングは使えない。それは治癒になってしまうからだ。


 僕の説明に、マズルカはあんぐりと口を開けて震える。さっきのポラッカとそっくりで、危うく笑いそうになってしまう。あ、しっぽがぶわっと太くなった。


「おおおおおお前! なんでそういうことは先に言わないんだ! そ、それじゃ、ポラッカはこのまま、ずっと首だけで……!?」


「まあ、新しい身体があれば繋ぐことは出来るからさ」


「新しい身体って、そんなものあるわけないだろう!」


「じゃあ骨は残ってるだろうから、骨だけ繋ぐって手もあるよ。頭だけゾンビで、首から下はスケルトンになるけど」


「ふざけてるのか!」


 全然大真面目なのに。


 それに、欲を言わなければ新しい身体なんていくらでも手に入る。それこそ、ゴブリンの身体に繋ぐことも可能だ。さすがに僕も、そんな仲間はちょっと遠慮したいので言わないけど。


「わたし、ほんとにゾンビになっちゃったんだあ」


 ぎゃいぎゃいと喚くマズルカの腕の中で、ポラッカは感慨深そうにつぶやいた。


「あのおにいちゃんが、わたしたちをゾンビにしてくれたの?」


「あ、ああ……こいつはマイロ、死霊術師のマイロだ」


「マイロおにいちゃん?」


 おにいちゃんだって。そんな風に呼ばれたこと、いままでなかったや。


「うん、そうだよ。どうしたの?」


「わたしは、身体がないとまた死んじゃうの?」


「大丈夫だよ。君たちは僕が仲間だと思ってる限り、ずっとゾンビとして活動していられるから」


「じゃあ、もうご飯食べたりできない?」


「飲み込んだら出て来ちゃうけど、食べることは出来るよ」


「そっか……えへへ、じゃあ大丈夫! わたしとおねえちゃんをゾンビにして、また会わせてくれてありがとうございますっ!」


 わあ、眩しい。


 状況を素直に受け止められて、純真で、ちょっとおっとりしてるけど、天真爛漫。


 この子は、きっと死んでいなかったら、僕なんかとは絶対に関わり合いにならなかったタイプだ。というか、僕の方が怖くて近寄れなかったタイプ。


「ポ、ポラッカ! 大丈夫じゃないだろう、身体がないんだぞ!」


「ううん、大丈夫だよ。こんな風におねえちゃんにだっこしてもらうの久しぶりで、すごく嬉しいし! それに、新しい身体だって、いつか見つかるかもしれないでしょ?」


「ポラッカ……」


「あ、あの……」


 僕の後ろから、ウリエラが恐る恐る顔を出す。やっぱりポラッカのようなタイプは怖いのだろうか。


「わ、私は黒魔術師のウリエラ、です。私たちはマイロさんの仲間として、これから一緒に過ごしていくことになりますけど……大丈夫、ですか……?」


「仲間……? でも、わたしたちって奴隷だから……」


「ああ、もうアタシたちは奴隷じゃないんだ。死んでしまったから、刻印の力もなくなってる」


「そうなの? そっか、もう奴隷じゃないんだ……なら、なりたい! 仲間になるって、家族みたいになるってことでしょ? マイロおにいちゃんに、ウリエラおねえちゃん! えへへ、二人も家族ができたね、おねえちゃんっ」


 ぐいぐい話と距離を詰めるポラッカに、僕どころかマズルカまでたじたじだ。


 けれど、家族かあ。そんな風に考えたことはなかった。でも確かに一緒に暮らすなら、家族みたいなものかもしれない。


「ウ、ウリエラおねえちゃん……えへへ……」


 ウリエラも速攻で骨抜きにされているし、ここで『家族じゃなくてただの仲間だよ』なんてさすがに言えないや。僕も、まんざらでもないって思っちゃってるし。


「はあ……まあ、ポラッカがそれでいいなら、いいんだが」


「あはは。ともかく、丸く収まりそうでよかったよ」


 考えてみれば、パーティを追放するとか言われてから、まだそれほど時間は経っていない。なのに、こうしてウリエラとダンジョンに潜って、新しい仲間を得られるとは、さすがに思っていなかった。


「ほら、腕を貸してマズルカ。繋ぎ合わせるから。あと、他の傷も修復しようね」


「ああ、すまない。それに、アタシとポラッカにもう一度チャンスをくれたこと、改めて感謝する。ありがとう、マイロ」


「ううん。こちらこそ、仲間になってくれて嬉しいよ」


 傷を修復している僕らの傍らで、ウリエラとポラッカは楽しそうになにやら話している。新しい生活は、思っていたより賑やかになりそうだ。きっと、悪くない。


「これからよろしくね、ウリエラ、マズルカ、それにポラッカも」


 こうして、再出発となった僕の、ダンジョンでの最初の事件は幕を閉じたのだった。

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