第4話:お部屋探しはダンジョンで
さてさて。
ガストニアの街が冒険者や、彼らを相手にした商売人たちで大いに賑わう、その最大の要因が、『イルムガルトの大監獄』あるいは単にダンジョンと呼ばれる、地下に広がる大迷宮である。
地上から地下深くへと階層を重ねるダンジョンは、フロアを下りていくにつれて1階層の広さが増し、同時に現れるモンスターの脅威度も増す、巨大な円錐形をしているという。
現在の最大到達深度は32層。僕らのパーティとしては、29層までは足を踏み入れたことがある。
ここに居を構えるならば、もちろん誰にも見つからない、深いところがいい!
「って言いたいんだけど、僕らだけでそんな深くまで行くのは無理があるからなあ。最初は浅い階層に部屋を見繕って、環境を整えながら徐々に下に移って行こうね」
「わ、わかりました!」
そんなわけで僕らは今、それぞれ松明を片手に、暗い岩壁の洞窟を進んでいる。現在地は第3階層。この辺りはもう探索され尽くし、僕らも散々行き来したエリアだ。
一時的にとはいえ、暮らしていくための拠点を作るのだと考えたら、もう少し深い階層に下りたい。フロアが広がり、必然的に冒険者がやってくる頻度も減る。
なにより、第6階層を境に、モンスターの脅威度が跳ね上がる。初心者が潜れるのが、第5階層までだと言われているのだ。冒険者たちは、第6階層で生き残れるかどうかで、一気にふるいにかけられる。
「ってことで、まずは第6階層に拠点を作りたいなって思ってるんだけど、どう?」
ウリエラはフードの下で、こくこくと頷く。
「大丈夫、だと思います」
「じゃあ引き続き、モンスターが出てきたらよろしくね、ウリエラ」
「は、はい!」
ちなみに僕の傍らには、オオカミが一匹、並んで歩いている。第1階層で出会ったモンスターだ。ウリエラの魔術で仕留め、僕が死霊術で操っている。
ウリエラと大きく違うのは、オオカミの死体に入っているのは、その辺を漂っていた雑霊であり、自我や自由意志を持たない、完全な僕の操り人形である点だ。
なにせモンスターの死体にモンスターの魂をそのまま入れても、言うことを聞かないモンスターが出来上がるだけで、なんの意味もない。意志の弱い雑霊であれば、言うことを聞かせられるが、逆に自分が全部指示しないといけないのが弱点である。
なので、こうしてリビングデッドにしたモンスターを、階層が進むにつれて強いモンスターに切り替えていくのが、僕のスタイルというわけだ。ちなみに、3匹までは同時に操ったことがあるが、疲れるのであんまりやりたくない。
「あ、あの、マイロさん、聞いても、いいですか?」
そうして、ときどきモンスターと戦いながら第4階層に踏み込んだ頃。フードの下でウリエラが、おずおずと口を開いた。
「ん? なあに?」
「マイロさんは、どうしてその、死霊術師に……?」
「え、どうしたの? 急に」
「い、いえ! ただその、みんなから疎まれてまで、どうして死霊術の道を選んだんだろうって、疑問に思ってただけで……だ、だってマイロさんは、他の人たちみたいに酷いことしない、私のことも助けてくれた優しい人なのに、気持ち悪いなんて言われてしまって、その」
妙にあわあわと喋る姿に、ちょっと笑ってしまう。ウリエラ、そんなに早口で話せたんだ。
「大丈夫だよ、死霊術師が忌み嫌われてるのは昔からだから。でも、なんで選んだのか、かあ」
そういわれると、ちょっと悩んでしまう。なんて表現するべきだろう。
「僕も死んでるようなものだったから、仲間が欲しかった、のかな」
「仲間……ですか」
「うん。僕はもともと、墓守の家の生まれでね。墓守も死霊術師ほどじゃないにせよ、あんまり人から好かれる仕事じゃないでしょう? 小さな頃から、家族以外は人間より死体と接してる方が多かったくらいだ」
両親はそんな僕に違う環境を与えようとしてくれたのか、魔術学院の初等部に入れてくれた。けれど結局、僕はどうしても周囲の人間と馴染めず、孤立していくばかりだった。
それは、他者との交流によって成り立つ人間社会では、死んでいるようなものだった。
「そんなときに、死霊術師の存在を知ったんだ。まさか学院で、死体や死者の霊魂を操る術を教えてもらえるなんて、思ってもみなかったね」
もともと黒魔術師の派生として成り立った死霊術師は、王都などでは立派な官職だ。まあ刑吏や拷問吏の類が主で、やっぱりあまり好かれるポジションではないが。このダンジョンもはじめのうちは、死刑になった重罪犯をリビングデッドにして、使い捨ての探索者として潜らせていたなんて話も聞く。
「死体は嘘をつかない。死体は人を貶めない。死体なら、僕の仲間になってくれるんじゃないか、なんて思った。それが、僕がこの道を選んだ理由かな」
なんだか照れ臭くなってしまう。言ってしまえば、僕は人付き合いが苦手ですよって話だし。
「で、まあフィールドワークの一環として、冒険者をやってたってわけ。そういうウリエラは?」
聞いたことがなかったな、と思って聞き返してみると、ウリエラはフードを下ろした。真っ黒な髪が、目元までを覆い隠して、やっぱりあんまり表情は見えなかった。
「私、は……田舎の農場の出で……売られたんです、口減らしに」
ああ。
聞いたことがある。魔術学院は、高い魔術適性を持つ子供を見つけると、学院への所属を持ち掛けるのだという。ときには、金を払ってでも。
そうした生徒は、学費も免除され、学院の紹介で将来も約束される。故に、一般入学している生徒とは折り合いが悪くなりがちだ。
「学院で学べば、いつか何かが変わるって思ってました。けど同期の人たちとも上手く話せないし、実地経験を積めって言われて冒険者になっても、なかなかパーティに入れなかったんです。そんなときに、マイロさんたちに出会って……」
よりによって、あのケインに目をつけられてしまったというわけだ。
「そうだったんだ。あれ、僕らと出会ったときって、何歳だったの?」
「え、と……十三歳、です。いまも、身体は十三歳ですけど」
確かに。もう死んでるんだから。でも、それなら。
「僕はあのとき十四歳だったから、ひとつ違いだったんだね。僕たちなんだか、少し似てるかもね」
「そ、そうでしょうか……そう、かもしれません」
ウリエラはもじもじしながら、少しだけ俯いた。でも、ああ、そうか。考えてみれば。
「だからかな、ウリエラが僕の仲間になってくれて、ちょっとほっとしてるんだ」
「そ、そう、なんですか……? でも、私なんて、全然たいしたこと出来ないです。死んだときから、成長もできませんし……」
「ううん、そんなこと関係ないよ。一緒に来てくれて、ありがとうね、ウリエラ」
「え、えへへ……わた、私のほうこそ、仲間にしてくれて嬉しいです。初めて、仲間だって言ってもらえて……だから、ありがとうございます、マイロさん!」
暗い洞窟の中で、僕とウリエラは笑いあう。
だって彼女は、僕が初めて人間ひとりを丸ごとリビングデッドにした、初めての死体だったのだから。彼女が付いてきてくれて、安心する。
やっぱり、死体は僕の仲間なんだ。
納得する僕の横で、オオカミの死体が唸りだす。
「おっと、モンスターが近づいてるみたいだ。じゃあ攻撃魔術をお願いね、ウリエラ」
「はい!」
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