第2話:もう遅い
「おい……マイロ、お前、なにを言ってる」
「なにって、だからキースの喉の話だよ。覚えてない? 宝箱から噴き出した毒を吸っちゃったんだよね」
「なにを……サーリャ! 回復させろ!」
「え、え?」
「なにをしてる、早くしろ!」
「わ、わかったから!」
血相を変えて立ち上がったケインに脅され、サーリャがキースの傍らで魔法を使うが、キースの様子は変わらない。声も上げず、かすかな痙攣を繰り返すばかりだ。
「ウソ、どうして」
「サーリャ、さっさと回復魔法を使え!」
「使ってます! でも、回復しなくて……!」
「そりゃそうだよ、君は蘇生魔法なんて使えないでしょ」
キースが動かなくなる。死んじゃったかなこれは。
「マイロ……お前、さっきからなんの話をしている……」
「いや、だからさ、キースの喉は、宝箱の罠で死んじゃってたんだって。僕が部分的に死霊術をかけて、動くようにしていただけで」
ケインもドラムもサーリャも、僕の言葉にまるで理解できないものを見るような目を向ける。そんなに難しい話はしてないんだけどなあ。
「わけの、わけのわからないことを言うな!」
ドラムが殴り掛かってくる。ああもう、これだから脳筋は。こいつももう、"仲間じゃない"。
無駄に筋肉の盛り上がった太い腕が僕に届こうとした、その直前。ドラムは膝から崩れ落ち、テーブルに強かに頭を打ち付けた。
「あがッ!?」
「ドラム! おい、今度はなんだ!」
ドラムは呻き、立ち上がろうとするが、その足はピクリとも動かない。
「な、なんだこれ……足が動かねえ、なんで……」
「マイロ、なにをした! ドラムを元に戻せ!」
「なにって……ドラムの下半身を"死体に戻した"だけだよ」
あれはなにと戦った時だったか、ドラムは胴体を真っ二つにされた。その時点で、ドラムの下半身はもう死んでいたけれど、僕の死霊術で動かし、上半身にくっつけて動かしていただけだ。
ようやく理解したのか、ケインが唇を震わせている。
「お、お前、あれはお前が治療術で治したって……」
「言ってないよそんなこと。僕は"怪我を修復した"だけだ。死霊術を使って、"死んだ部分を仲間にして動かす"ことで。だいたい、死霊術師に治療術なんか使えるはずないだろ」
「だましてたのか!」
「人聞き悪いなあ、別にいままで支障なかったんだからいいだろう? まあ、もう仲間じゃないから死んだ部分は使えなくなるけど、問題ないんだよね」
僕がなんの話をしているのか、自分がいままでどんな怪我を負ったことがあるのか、思い出したのだろう。ケインは死体のように顔を青ざめさせ、唇を戦慄かせる。
「や、やめろ、待ってくれ!」
「だからなにもしないって。むしろやめてるよ、魔法をかけるのを」
「わかったやめるな! な、聞けよ、さ、さっきまでの話は全部なしだ!」
んん?
「なしって?」
「だから、パーティを出て行けって話だよ! お、俺は、本当はそんなつもりじゃなかったんだ、ただこいつらがどうしてもうるさいから、仕方なく同意しただけで!」
「おいケイン、貴様!」
「うるさい黙れ!」
こいつらがうるさいから、ねえ。
もう微動だにしないキース、這いつくばって目を剥くドラム。それにサーリャは……いつの間にか逃げ出している。
「じゃあ、僕の追放は本意じゃなかったってこと?」
「そうだよ! わかるだろ、俺たちもう五年の付き合いじゃないか。や、やっとミスリル級になったところで放り出すなんて、そんなことするわけないだろう」
五年……五年かあ。最初に彼らと組んだのは、まだ十三歳の頃だっただろうか。ほとほと、よく付き合ってきたものだと思う。新しいパーティを探すのが面倒というのも本音だけど、実力は確かだったんだよなあ。
「うん、そうだね。色々あったけど、なんだかんだ一緒に乗り越えてきたもんね」
「だ、だろう! だから」
ケインの表情に希望が灯る。
「けどもう、君らを見てて、生きた人間相手にするのは飽き飽きなんだよね。だいたい、あんだけ好き勝手言った後で取り繕うったって、もう遅いよ。君は、"仲間じゃない"」
ケインの両腕が、ぼとりと地面に落ちた。きったない悲鳴が上がる。スケルトンの剣士かなにかに切り落とされたんだっけ。
「じゃあ、僕はもう行くけど、これから頑張ってね」
もういい加減付き合っていられないし、彼らに未練も特にないので、さっさと部屋を後にする。キースは死んじゃったけど、ケインとドラムは、頑張ればまだ冒険者も続けられるんじゃないかな。
それより、やっぱりもう、街で暮らすのはこりごりだな。誰も彼も好き勝手なことばかり言って、自分の欲望のために他人の足を引っ張ることしか考えていない。
予定よりもちょっと早いけれど、言った通り、ダンジョンに居を移すとしよう。曲がりなりにも僕は普通に生きた人間だから、ダンジョンに順応できるかはわからないけれど、何事も挑戦だ。
「あ、あの、マイロさん」
声をかけられて振り返ると、ウリエラが立っていた。杖を抱えて、所在なさげな顔をして、僕の表情を窺っている。
「そうだった、ウリエラは僕についてくるんだったよね。確かウリエラは、ええと……」
「……ゴーストの攻撃を受けて、心臓を止められました」
そういえば、そうだった。
人付き合いが苦手なウリエラは、やっぱり上手くパーティに入れなくて、僕の少し後にケインに目を付けられて加入したんだ。
けれど程なくして、ケインの慢心が僕たちを、当時の実力では及ばない階層に進ませた。ウリエラはそこで、ゴーストに取り憑かれ……。
「君だけは、完全に死んじゃったんだったね」
「は、はい。だから、ケインさん……お、置いて行かないで、ください……」
震えるウリエラの頬に、そっと手を添える。うん、冷たい。彼女は僕の死霊術で動く、死体だ。僕が仲間だとみなさなければ、彼女はまた死体に戻ってしまう。
どうしようかな。少しだけ考えて、僕は頷いた。
「うん、いいよ。一緒においで。君だけは僕のことを、一度もバカにしなかったしね」
「は、はい! ありがとうございます!」
死体なら、生きた人間と一緒にいるより、ずっとマシだ。
頭を下げるウリエラの手を取って、僕は宿を後にする。さーて、ダンジョンに引きこもるなら、それなりに準備をしていかないとね。
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