陽毬とカラオケ
「
夜11時。
「やっぱり来たか」
今日も陽毬の出演した配信を見ていた俺は、
「わたしと」「カラオケ」「に行ってください!」
彼女の発言を先回りする。
……いや、俺が「カラオケ」って言うのを分かって完璧なタイミングで「に行ってください!」を言うあたり、陽毬にも先回りされてたってことか。
しかし、自分が先回りしたことにも気づいてない様子の陽毬は、すがりつくように、俺のデスクの脇にしゃがみこみ、デスクから目から上だけを出して俺を見る。
「伶くん、いつ行ってくれますか……?」
「えーと……」
俺はカレンダーで予定を確認する。
陽毬が出演したのは今日も、先輩声優・
以前に出た時の天然発言がやけにウケたらしく、準レギュラーみたいな位置に収まっている。一時はどうなることかと思ったが、玉川さんが寛大な人で良かった。
そういえば、この間、収録で会った玉川さんと、
「上原さんって、陽毬ちゃんの配信って毎回必ず見てるんですか?」
「そうですね、タイムシフトになっちゃう時もありますけど」
「ふーん?」
「……なんですか、そのなんか嫌な視線は」
「いえいえ? ただ、過保護だなーと思って」
「保護っていうか監視っていうか見張りっていうか……不安なんですよ、あいついきなり暴走しかねないから」
「はいはい、妹みたいな存在ってやつですね。ベタで
「そんなこと言ってませんよね?」
「言ってるようなもんですよ。というか、えーっと……じゃあ、陽毬ちゃんを呼んだらあたしの配信も見てくれます?」
「そうなりますね」
「うひゃー、即答ですか。まあ、関係なく呼びますけどね、番組ディレクターが陽毬ちゃん推しなんで。あーあ、どこかにあたしを推してくれる人はいないもんですかねー?」
「番組の視聴者がいるじゃないですか」
「…………上原さんって、音響監督志望なんですよね? 脚本、セリフの裏までちゃんと理解して読んでますか?」
「唐突に辛辣なダメ出しやめてくださいよ……」
というやりとりがあった。
玉川さんは、この間の事件の時、「ていうか陽毬ちゃんと幼馴染って、上原さんはいくつなんですか……? まさか、高校生……!?」という流れになり、同い年だということが発覚して以来、なんとなく距離が縮まった気がする。
そんな彼女と陽毬の今日の配信もまた、盛り上がったというかなんというか、かなり不思議な雰囲気だったな……。
* * *
「それでは、次は! 『コーナー募集』のコーナー! ぱちぱちぱち〜」
「わあーぱちぱちぱち……! ん、コーナーのコーナーのコーナー……ですか?」
「『コーナー』一個多いね! はい、天然JKは放っておいて、説明します!」
『天然JKwww』『ひまりんの扱い草』『頑張れ瑠璃ちゃん!』などのコメントが流れていく。
「こちらのコーナーは、次回の公開収録イベントで
「ああ、それでコーナーのコーナーのコー……。コーナーのコーナーですか」
「言い直したせいでもっと増えてるからね? はい、そしてこれが事前にアンケートでルリメイトのみんなの希望を集計したものです!」
「るりめいと?」
「こほん」
ルリメイトはこの番組の視聴者の呼び方だが、なんとなく気恥ずかしかったらしく、玉川さんは陽毬の疑問をスルーしつつ、フリップを取り出す。
「まず、3位は……じゃじゃん! 『お祭りゲーム』!」
そして、3位のところを隠していたシールをめくり、進行台本に視線を落とす。
「推薦コメントもありますね。『夏にちなんで、輪投げや射的などのゲームで最高得点を目指すのはいかがでしょうか。浴衣姿の瑠璃ちゃんを見れたらという下心もあります』だって。あたしの浴衣姿とか需要あります? ちなみに、陽毬ちゃんはお祭りだと何する?」
「お祭り……お祭り……えーっと……そうですね……お祭り……?」
「いや、長考! そんなに悩むことかなあ!?」
「あ、すみ、すみません………! えと、えと……お祭りなので、メイド喫茶とかですかね?」
「メイド喫茶……?」
眉間に皺を寄せる玉川さん。
「え、メイド喫茶、有名なものですよね? アニメでいつも見ますけど……」
「多分それ、文化祭だね!? しかもメイド喫茶はアニメの中の定番であって実際はそんなにやらないんじゃないかな? いや、ていうかそれは現役JKの陽毬ちゃんの方が詳しいかもだけど! ていうかそうじゃないんだ、夏祭りの話なんだよね! あー、どうしようツッコミポイント多い!」
「あー、夏祭りですね! れい……親友と行ったことあります! 親友がお祭りで飲むビールは美味しいって……」
「し、視聴者のみなさんご安心ください! 陽毬ちゃんの親友さんは成人してます! あたしが年齢確認済みです! この間会わせてもらったんです!」
慌てた玉川さんが急いでフォローを入れると、『親友を紹介する仲なんだ』『親友の正体は瑠璃ちゃん……ってコト!?』などのコメントが流れる。
「ていうか、成人してからってことは結構最近に行ってんじゃん、お祭り……」
小声&低い声で玉川さんが言い、陽毬は「??」と首をかしげている。
「もうなんか怖いから次行きましょう……。2位は……『アニメクイズ』!」
「いいですねそれ!!!!!」
陽毬が立ち上がらんばかりの勢いで前のめる。
「うわ、いきなり大きい声びっくりした……! アニメクイズ好きなの?」
「はい、小さいころ、よく、れ……親友と出し合いっこしました! すぐにわたしの方が強くなりましたけど。よければ今出しましょうか?」
「え、今?」
「はい! 瑠璃さん、『アイドル宇宙戦士 リリカ』はご覧になりましたか?」
「昔見たことあるけど……」
「では、『アイドル宇宙戦士 リリカ』から出題です!」
「あ、やるんだね……」
「第23話『敵と呼べる
「分かった! 『
「……ですが、この曲の1フレーズだけ、リリカ役の
「めっちゃマニアックだな!? そんで、どうしてこういう時だけそんなにハキハキスラスラ喋れんの!?」
「タイムオーバーです! 正解は2番サビの『あなただけが敵だった』でした!」
「ああ、うん……。ちょっと悔しい……」
そして、配信は進み、第一位の発表となった。
「第一位は……『カラオケ』! んー、やっぱり来ちゃったかー。あたし、歌は修行中の身なんだけどなあ。陽毬ちゃん、カラオケは行く?」
「し、知っていますよ?」
「あ、うん、知ってるのは前提で聞いてるんだけど……」
「本当ですよ!? れい……親友の家にあります!」
「お? 雲行き怪しいぞ?」
「マイクにカートリッジを入れて、歌うんですよね?」
「いや、それはカラオケじゃなくて…………えーと、なんだそれは!?」
配信を見ながら呆れ笑いが浮かんだ。
我が家にあるそれは、
「今度写真撮ってきますね!?」
「うん、なんかそれは普通に気になる」
* * *
次の週末。
陽毬と連れ立って、
「わたし、自分で歌入れるからね! 伶くんは手出ししないでね!?」
「ああ、分かった」
歌を入れるより前にすることが色々あるのだということを、陽毬はまだ知らないのだ……。
「いらっしゃいませー」
「ここここんにちは! カラオケをお願いします」
「はい。お時間はどうなさいますか?」
「え? 今からでお願いします。予約がいりましたか……?」
「あ、今からで大丈夫ですよ。何時間歌いますか?」
「えっと、歌う曲にもよると思いますけど、1曲4分くらいなので……ごめんなさいわかりません、普通どれくらいですか?」
「二名様ですか?」
「はい!」
分かる時だけ返事がいいんだよな、陽毬。
「では、とりあえず1時間でいかがでしょうか? 延長も出来ますので」
「わあ……素敵な提案ありがとうございます、そちらでお願いします!」
「かしこまりました。機種は何になさいますか?」
「機種……? えっと、だから、カラオケでだいじょうぶです……」
「あ、その……
「ダム……? ダムってなんですか?」
だから機種名だよ。
そんなこと聞いたって分かるわけ、
「
……即答だよ、店員さんすげえな!
「どうなさいますか?」
「それでは、そのだいいちあみゅーずめんとでお願いします」
「DAMですね。かしこまりました。あー……」
店員さんは気まずそうに伝える。
「……ワンドリンクとフリードリンクとありますが」
「…………!」
ごくり……と固唾を飲み込む音が聞こえる。
ごめんなさい店員さん、フォローすべきだと思うんですけど、手出し無用と言われていて……。
「……あ、あの、察するになんですけど……」
ややあって、口を開く陽毬。
「は、はい……」
「
「え? いっぱい? ……あ、いっぱい! はい、そうです!」
ややこしいが、どうやら正しく理解しているらしい陽毬の言葉に、店員さんがサムズアップする。めっちゃいい人だな……。
「ワンドリンクでお願いします!!!」
「はい!!」
妙な連帯感の生まれた2人のやりとりの後、俺たちは無事部屋に通された。
「伶くん! お部屋から飲み物を頼むんだって!」
「ああ、知ってるよ」
ソファに腰掛けて、メニューを見ながら応じると。
「伶くん? お部屋から飲み物を頼むんだって……?」
同じ言葉を違うニュアンスでもう一度口にする陽毬。
「……どうやって?」
「そこの電話で」
「電話……!?」
陽毬は電話が大の苦手だ。
「そこのインターフォン取るとフロントに繋がるから、それで飲みたいものをオーダーするんだよ」
「えええええええ無理だよお……!!」
「なんでもやってみるんだろ?」
「うううううう」
涙目の陽毬がかけた先は先ほどのお姉さんだったらしく、なんとかオーダーも完了する。
すぐに烏龍茶とオレンジジュースが届き、いよいよ歌う段になった。
「それじゃあ、伶くん、歌ってください!」
手のひらを上に向けてどうぞどうぞ、と俺に促す。
まあ、初カラオケで一番手に歌うのは確かにハードルが高いか。
ということで、俺が1曲歌い終えると。
ぱちぱちぱちぱち……と乾いた拍手が部屋の中に虚しく反響する。
「…………」「…………?」
『DAMチャンネルぅ!』
……そして、DAMチャンネルのMCの人が話し始めた。
「……あのな、陽毬。一般的には、他の人が歌ってる間に曲を入れておくものなんだ」
「え、そうなの? どうやって?」
「その機械で」
俺はデンモクを指差す。
「えーと、じゃあ……」
デンモクの操作はそんなに難しくなかったようで、陽毬は難なく曲を入れる。
楽曲は『にんげんっていいな』。ああ、たしかに、うちのe-karaに入ってたからな……。
かなり久しぶりの陽毬の歌声……と楽しみにしていると彼女はマイクをスピーカーの方に向けて、
キィィィィィン!!!
「はうっ……!」
ハウリングが起こった。
「陽毬、もう少しこっち来い」
「うん……」
「で、画面の方を向いて」
「う、うん……」
まるで借りてきた猫だ。なんで俯いてるんだ。
そして、1曲歌い終わる陽毬。
俺はそっと口を開く。
「……なんていうか、大人になってから陽毬の歌って初めて聞いたけど……」
「分かってるよ!? 上手じゃないよね!?」
涙目な陽毬。
「……まあ、別に上手く歌うことが目的じゃないからな」
「ちょっとは否定してほしかったかもしれない!!」
うわあああ、とわめいている陽毬。
とはいえ、これで
「あ、そうだ」
俺はこの間の配信で陽毬が話していた曲を入れてやる。俺はよく知らない曲だけど、(俺が生まれるより前のアニメで、しかも女児向けだったこともあり、未履修なのだ)陽毬はあんなマニアックな知識があったくらいだから知ってるんだろう。
「このイントロは……」
画面に『
「これ、わたしが歌うの……?」
「ああ、頑張れ」
「……分かった」
マイクを持って、彼女が歌い始める。
その瞬間、俺は自分の目が大きく開かれていくのを感じた。
ややあって、歌い終えた彼女に、
「……おいおいおいおい」
俺は拍手も忘れてツッコミじみた歓声を上げていた。
「その歌唱力はどっから出てきた!?」
なんせ、さっきの曲を歌ってた時とは雲泥の差だったのだ。
さっきより上手いなんてもんじゃない。
歌手かと思うほどに上手だった。
しかし、混乱する俺に首をかしげて、
「ん?」
陽毬はこともなげに言い放った。
「だって、ミミは歌がうまいんだよ? アイドル宇宙戦士だから」
「ま、まじか……」
キャラクターを憑依させているから自分の歌唱力を凌駕しているってことか……!? それ、人体力学とかそういうのに反してるんじゃないの……?
「いい曲だよねえ、この曲。どう思った?」
「あ、ああ……『
「はい?」
陽毬の首が90度に曲がる。
「あ……」
やばい、ミスった。
いくら驚いている余韻があったからって、不用意な発言は慎むべきだった。
「ん? この曲がそういう解釈になる余地ってあるかなあ? この間の配信見ててくれたんだよね? だから入れてくれたんだもんね? わたし、瑠璃さんにクイズ出した時に言ったはずだけどなあ。アイドル宇宙戦士であるミミがリリカのこと、身を挺して守るシーンで挿入されている歌だし、そのミミが歌っている歌なんだよ? ほら、カラオケ始まる時に画面に出てたでしょ?『ミミ(CV.竹中詩織)』って。これって、
「分かった、分かった!」
怖いよ、ていうか正論ハラスメントだよ……!
俺は慌ててスマホで『敵 ミミ』と調べる。
「ほ、本当だ。オタクが選ぶ珠玉の百合キャラソントップ10曲に入ってる」
「百合だあ……?」
怖い怖い、顔が怖い。俺を睨むな。
そんなカラオケからしばらく経ったあとのことだ。
以前俺の師匠がキャスティングした陽毬の担当キャラクター(主人公の男子に片思いしているものの、その気持ちを殺して主人公を後押しする役柄)——
歌唱の収録とその後にPV用のナレーション収録の予定があり、レコーディングスタジオに到着した陽毬。
しかし、彼女の表情はずっと曇っていた。
2畳程度のボーカルレコーディングブースに入った彼女は、ヘッドフォンをする。
「それでは、オケ流しまーす」
エンジニアさんがオケ(ボーカル以外の音)を流す。が、しかし……。
「……あれ、北沢さん? 歌い始めてOKですよ?」
『……あの、すみません』
彼女は申し訳なさそうに、挙手をして、伝えてくる。
『
「はい……?」
ミキサーブースがにわかにざわつく。間の悪いことに、マネージャーさんはちょうど今電話をしにブースの外にいる。
「喉の調子が悪いですか?」
『いえ、そうじゃなくて……。この曲を歌っちゃったら、アタシ……』
俺はそこで気が付く。
今喋っているのは陽毬じゃない。
そして、彼女がその先を言えずに下唇を噛んでいる理由にも思い当たった。
この曲は主人公への片思いを歌った曲だ。
しかし、作中で彼女はそれを否定し、『もう、あんたのコトなんか好きじゃないのよ、アタシ』と、主人公の背中を押したのだ。
だから、この気持ちを言葉に、歌にしてしまったら、彼女はもうこの感情に飲み込まれてしまう。もう、前に進めなくなってしまうのだ。
「……原作者さん、来てますよね?」
「あ、はい……?」
今日PV用のナレーション録音のために原作者がスタジオに来ているのだ。
俺はブースの外に出て、
「えっと、僕が聞きたいのは……」
俺は、言葉を選び、その結果。
「ユリハは、
なんだかポエムみたいなことを口走っていた。
しかし、原作者はその言葉で目を見開く。
「北沢さんがその疑問を持ってるんですか?」
「陽毬……北沢さんがそう思っているというより……。えっと、とにかくミキサールームに入ってもらえますか?」
原作者さんがミキサールームから
『本当の気持ち、それがあるからこそ、背中を押す……』
そして目を開いた彼女はまるで別人で。
『そっか、
今しかない。
「オケを流してください」
差し出がましい真似だと思いつつエンジニアさんにお願いをして、
「は、はい」
オケが流れると、イントロの後、
そこから。
俺たちの視界に夕暮れの校舎と、彼と彼女の並んだ背中と、長く伸びた影が浮かび、そして、その景色が涙で滲んでいく。
狭いブースにいるはずの彼女の歌は、何千キロ先にも届くような響きで、それでいて、すごく近くから心に直接語りかけるようで。
「……私、ユリハと話せる日がくるなんて思いませんでした」
原作者さんが目尻を拭いながら微笑んだ。
「とんでもない声優さんですね、北沢陽毬さんは……」
「……本当に、とんでもないですよね」
また、数週間後のこと。
「どうしよう伶くん!」
再び俺の部屋の扉が叩かれる。
「今度はどうした?」
今日は配信なかったはずだけど……。
「今マネージャーさんから連絡あって、この間のユリハちゃんの歌が良かったからって、瑠璃さんの番組のカラオケコーナーにゲストで呼んでもらっちゃった……!」
「おう、頑張ればいいじゃん」
「
泣きついてくる陽毬。
いや、そんな天才の理屈、通るわけないだろ!
【短編】ぼっちからいきなり声優に抜擢された幼馴染が心配だ。〜配信で話してた「親友と〇〇した」系のエピソード、全部俺との話だよな?〜 石田灯葉 @corkuroki
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