第11話 呪縛と執心
俺は、一人になれる場所を探して、寛いでいた。社交界の時期が始まっている。新しい人事の発表や、税・軍事の確認など、政治的な意味もあるが、情報収集や顔繋ぎをしなければならない。
一番厄介なのが王子としての婚約者決めだ。
俺は、王子として生まれているのに魔法が使えない。
それが、無能の王子と呼ばれている所以だ。
どうせ魔法の才能もないのだから、皇太子は弟に譲ってもいいと思う気持ちと、せっかく第一王子として生まれたのだから、上手く立ち回って無能のまま皇太子になってやろうと思う気持ちが、
もし、皇太子を目指すのであれば、聖女の存在は必要不可欠だ。魔法が使えない俺でも、聖女が妃であれば、皇太子として認められるだろう。それほど、この国での聖女の価値は高いのだ。発生した瘴気を浄化できるとされている。
ただし、俺は聖女であるリリーのことが好きではない。
光の魔法使いとしての能力はそれほど高くないのだが、自分は聖女なのだからと偉そうだ。実際、王子の周りをフラフラしながら、礼儀を欠いた態度で接してくる。
野望の前では、恋心なんて関係ない。
あとは、自分がどうしたいかだ。
皇太子を目指すのか。それとも、自由に生きることを目指すのか。
そう思いながら、木陰に寝転がって空を見上げているときだった。
近づいてくる足音が聞こえてきた。
ここはあまり人が来ないので、考え事をするにはいい場所なのだが。
誰だ?
真っ黒いローブのフードを、深く被った小柄な女性。寝転がって見上げている俺からは、顔がよく見えた。
きれいな紫の瞳は綺麗に澄んでいて、白い肌とピンク色の唇が可愛らしい。フードから見える前髪部分は、…………もしかして、薄い紫……??
髪まで発色している
彼女は、驚いた表情で固まっている。
その服装から、ドラゴニア伯爵だとわかった。
アイリス・ドラゴニアは、こんなに素敵な女性だったなんて。
なんて、可愛らしいんだ。
綺麗な瞳から、目が離せない。
「あれ? きみって、もしかして、ドラゴニアの」
護衛らしき男が俺の目線を遮るように立ち、彼女を抱き上げる。
護衛なのだから、必要とあれば護衛対象に触ることもあるだろうが、その男に何故か無償に腹が立ち、心が締め付けられた。
彼女のことをもっと知りたい。あの唇から紡ぎ出される声を聞いてみたい。
そう思った俺は、すぐにその場を後にして、
さて、領地から出てこないアイリス・ドラゴニアと関わるためには、どうしたらいいだろうか? 今晩のうちに、対策を考えなければ。
俺は、王位継承のことなど、どうでもよくなり、アイリス・ドラゴニアのことばかりを考えていた。
領主会議のあと、アイリスの声を聞いたら、さらに虜になってしまった。
狂おしいほど、彼女のことを考えている。
彼女は、何が好きで、何が嫌いなのか。何に喜び、そのときはどんな表情をするのか。
俺に向かって微笑んでくれたら、どんなに至福だろうか。
さすがに何かがおかしいと思って、腹心のカイトとハリスに相談した。
俺が気になっているのは、王族とドラゴニア領主との関係。
小さい頃からドラゴニア領主には関わってはならないと言われて育ってきた。
なぜかもわからないし、駄目だと言われればやりたくなるのが子供ってもんだろ?
領主会議があるたびに、ドラゴニア領主に会おうと画策してきたんだ。
しかし、ドラゴニアは、代理を送ってくることが多くて会えなかった。領主が来た年には、俺たち兄弟は旅行に行かされていて、帰ったときには領主はいなくなっていた。
俺も大人になって、そこまで気にしなくなっていたのだが、偶然、顔を見てしまうなんて。
あの瞬間からだ。
体の中に押し込めてあった、熱のようなものが解放されて広がっていくと共に、アイリスのことしか考えられなくなってしまったのだ。
最初はこの気持ちに抗おうと思ったのだが、そんなことは無理だとすぐにわかった。
彼女に、会いたくて会いたくて、仕方がないのだ。
カイトは魅了の呪いでも掛けられたのではないかと言っていたが、それはない。
誤解している人は多いが、闇魔法は呪いでない。王族のなかでは常識だ。
だから、この症状の原因が呪いだとしても、アイリスが掛けたものではない。俺の中にあったものが、アイリスに会ったことをきっかけに弾けただけだ。
数日会えなかっただけで狂いそうになったので、俺は腹心二人をつれて、ドラゴニアの近くまでやってきた。
ちょうど瘴気を見つけたのを理由に滞在し、アイリスを呼び出した。
話してみれば、可愛らしい娘で
「会いたかった」とか、「可愛い」とか言っただけで真っ赤になってしまうんだから。
「婚約者はいないのか?」と鎌を掛けた。
素直に頷いてしまうところも、可愛らしい。
「エドワード様。今日は楽しそうですね」
腹心のカイトが話しかけてきた。
「アイリスのことを考えていたからね」
彼女は普通の令嬢とは違う。他の貴族との接触がないためだろう。
素朴で飾り立てることがなく、身分も気にしない。護衛もつけずに、一人で馬を駆ってやってくる。
「アイリス様に嫌われないように気を付けてくださいね」
「わかってるさ」
そんなことになったら、生きていけない。
「その、魅了の呪縛でしたっけ? 解くことはできないんですか?」
「なんで、解く必要があるんだ?」
始めこそ呪縛に抗おうとしていたものの、今は、まったく、解く気はない。
あんなに可愛らしく、俺の興味を引く女性に引かれたのだ。こんなに面白いことはないだろう?
「また~。だって、その呪縛って、エドワード様だけが、かかっているんですよね?」
アイリスにも影響があったのではないかと期待したのだが、まったくその様子はない。
俺と同じ状態ならば、狂うほど俺を切望しているはずなのに、ある程度近づくと恥ずかしそうに距離をとられてしまう。
彼女が呪縛に囚われていれば、何の苦もなく手に入れることができたのに。
「アイリス様は、確か、婚約者決めの真っ只中ですよね? 周りがどう動くかわかりませんよ」
呼び出すと馬でかけつけてくるアイリスには、嫌われていないと思う。
彼女の周りがどう思っているのか?
護衛の女は、あまり良く思っていないようだ。
普通、婚約したい場合は親を通すことになるから、親に承諾をとってしまえばいい。しかし、彼女の場合は、本人がドラゴニア伯爵だ。
「婚約者になるまでは、安心できない…か」
会いに行きたくても、ここは王都。王宮近くのエドワードの隠れ家。
無能の王子と言われるようになってから、王宮にいるのは好きではない。
本当はドラゴニアの近くにいたかったのだが、ダンジョンで倒れた後、セオドアに馬車にのせられて連れて帰られた。次の日にはダンジョンが跡形もなくなっていると父に報告がいったらしく、そのまま戻ってこいと言われたので仕方がない。
体調が戻った今、アイリスに会えないのは辛いが、彼女のことを考えていれば数日間なら耐えられる。
「どうしたらいい?」
「エドワード様は、アイリス様に何度か触れていましたよね。魔力を覚えていれば、パピヨンレターが送れますよ」
「魔力関係は苦手分野でね。他に方法はないか?」
「アイリス様の家の場所がわかれば、居場所と名前で送れるかもしれません」
「それなら、いけるかもしれないぞ」
俺が大門についてから、アイリスがかけつけてくるまでの時間から予測する。
一度ではうまく行かなかった。
元々、魔法関係が苦手なのだ。パピヨンレターだって初めて送る。
何度も何度も失敗して、何とか一度だけ送ることができた。
返事は帰ってこなかったが、隠れ家の場所がわからなければ送れないらしい。
その後、
セオドアは、聖女リリーをつれて向かうらしい。
できたばかりのダンジョンでも文句しか出てこなかったあの聖女が、氾濫したダンジョンで役に立つとは思えないが。
氾濫をおさめられれば、願い事を聞いてくれるらしい。
おそらく、そろそろ年頃の息子に、手柄をたてさせて、皇太子にする算段だろうが、エドワードにとって皇太子など、どうでもいい。
この依頼に食いついた理由は、領主会議でドラゴニア伯爵と交わした軍事的な協力体制を使って、アイリスと旅行することができると思ったからだ。
一日中、同じ時を過ごすことができる。彼女のことを、ずっと見ていられる。何が好きで、何が嫌いなのだろう? 俺のことを好きにさせるには、どうしたらいいだろうか?
一緒にいたいという気持ちが強すぎて、つい、配慮に欠けた言い方をしてしまい、アイリスを泣かせてしまうのだが……。
~・~・~・~・~・~・~
読んでいただき、ありがとうございます。
コンテスト応募のため、一旦ここまでです。
紫の魔女は引きこもり領主!?? 翠雨 @suiu11
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