晴呼び、雨呼び、そして
織羽朔久
前編
あるところに、不思議な力を持つ民が住んでいました。
その地に住まう人々は雨であろうと風であろうと、そして夜であろうとお天道様を呼ぶことができるのです。
おかげでどんな作物だって寒さに嘆くことはなく、天高くまでその葉を伸ばしました。
「|晴呼(はれよ)び」と名乗る彼らの力は代を重ねる度に強くなり、今では日差しを呼ぶだけではなく、熱を生み出し火を起こすことすらできるようになったのです。
自分たちに勝るものはこの世に何もない。
恐れるものなど何も存在しない。
そう信じる人々は、今日も自分たちの素晴らしい力を使い、何不自由なく仲良く楽しく暮らすのでした。
またあるところに、晴呼びとは違う力を持った民がおりました。
人々はどんなに渇き飢えた土地であろうと雨を降らせ、立ち所に潤すのです。
彼らの地では日照りなどあり得ず、どんな作物も潤った大地に所狭しと根を張るのでした。
意地悪な日差しにも負けずキラキラと輝く恵みの雨を生み出す彼らは、いつしか「雨呼び」と呼ばれるようになりました。
日を増すごとに出口を見つけた湧き水が噴き出すかの如く力は強くなり、今では雨だけでなく無から激流を生み出すことすら叶うようになりました。
この力さえあれば、一生飢えることも渇くこともない。
我々は幾年先もこうして穏やかな日々をおくるのだ。
明日だけでなくその先の未来をも光に満ちたものであると疑わない人々は、とても幸せでした。
晴呼びは南の地、そして雨呼びは北の地で暮らしておりましたから、二つの民は交わることなく歴史を紡いでおりました。
同じ頃、他には誰も人がいない寂しい地に一人の男がおりました。
その男は、ほのかな熱を放つことや柔らかな日差しを呼ぶことはできましたが、晴呼びではありません。今や強い熱を生み炎すら操る晴呼びに比べて随分と弱い力しか持っていないからです。
またその男は、霧のように柔らかな雨を呼ぶことができました。
しかし、雨呼びでもありません。
男は気づいた時にはこの場所で一人きりでした。親がいるのか、兄弟がいるのかもわかりません。
どこかに家族や仲間が、自分と同じ人がいるかもしれない。そう思って旅に出たこともありました。
最初にたどり着いた里で、男は分厚い雲が浮かぶ空から眩い日輪を呼ぶ人々に出会いました。初めて自分と同じ力を持つ者に出会った男は歓喜に打ち震え、自分の居場所はここであったのだと確信します。
それからしばらく。旅の者として里に受け入れられた男は、毎日農作業や力仕事などできることを精一杯手伝ってすごしました。
最初は警戒していた人々も男が黙々と真面目に仕事をする様子や、普段の明るく朗らかな人柄に触れて、だんだんと打ち解けて行きました。
そろそろ、聞き入れてもらえるかもしれない。そう思った男は、
自分も仲間に入れて欲しい
と頼みました。
人々は笑って言いました。
そんなのは無理に決まっている。確かにあんたは我々に近い力を持ってはいるが、随分弱い。それに、あの水を出す妙な術は得体が知れず恐ろしい。今まで居させてやっていたのは、いずれ出ていくことがわかっているよそ者だったからだ。
男は肩を落とし、晴呼びの里から去りました。
次に男が辿り着いたのは、美しい水が流れる町。田畑を見れば、人々が天に祈り清らかな雨を呼んでいます。
男は今度こそ、自分の仲間はここにいたのだと安堵しました。
滅多に人など尋ねてこないからと珍しがる町人たちは、男に宿を与えはしたものの初めは好奇に少し恐れの入り混じった視線を向けていました。しかし言葉を交わし次第に男の誠実な人となりを知るうちに、共に食卓を囲み酒を交わすようになったのです。
街の子供も、最近では男を見れば四方を囲みます。そうして誰と遊ぶかで小競り合いが起こるのが、街の日常になりつつありました。
今度こそはきっと、ここが自分の安寧の地になる。
そう信じて、ある時男は長に言いました。
自分も家を持ち、この地に骨を埋めたい。
長は笑って言いました。
そりゃあならん。
我等は雨呼びの一族。お主は確かに雨を呼ぶことができるようじゃが、それは三つの子にも劣る弱いもの。それに、あの明かりが出たり熱を帯びたりする面妖な技。あれを見て、我等と同じ人とは思えん。
まぁ、多少野良仕事の足しにはなったがな。
ほら、それが狙いならどんなに時をかけても叶わん。さぁ、行った行った。
まるで虫でも追い払うように、長は冷たい夜風の中男を追い出しました。
あっさりと断ち切られた期待に涙も出ないまま、男は街を去りました。
晴呼びと雨呼び、二つの民はこのまま繁栄を続けていくと思われました。
しかしある時、思わぬ困難が訪れます。
晴呼びの里では夏の始まりと共に日照りが続き、地面はひび割れて干上がってしまいました。いくら日輪を呼び出し炎を生む力があれど、この時ばかりは何もできません。
何もかも枯れ果て、備えていた食物ももう時期底をつきます。
雨呼びの町では夏の訪れと共に雨が降り続き、人々は寒さと水に呑まれる恐怖に震えました。
雨を呼び水を生む力はあれど、こんなことが起きては手も足も出ずに何もかも水に覆われれていくのを眺めるばかりでした。
ああ、もうおしまいだ。
このまま滅びゆくしかない。
晴呼びも雨呼びも、誰もがそう思いました。
そこで彼らは思い出します。
晴呼び、雨呼び、そして 織羽朔久 @orisaku3939
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