第6話 二度目の神様

 瀕死だった乃絵莉を助けてくれた神様。今の今まで神様の顔はおぼろげだったがこうして前にすればすぐに分かる。


 そうだ、神様はこんな美しい姿をしていた。だから目の前の彼は神様だ。


 そしてそこで響は納得をする。やはり一週間前に見たあの悪夢はただの夢ではなかったのだと――予知夢だったのだと。


 金髪の男は響の興奮しきった問いかけに胡乱げな顔をした。


「はぁ? 突然なんだオマエ?」


 まるで神の福音がごとき美声に確信を増やしつつ、響は頷いた。


「は、はい……神様ですよね? あぁそっか、予知夢ならこれから起こることだから……あ、あの! 僕、乃絵莉が――妹が大ケガする夢を見て! で、神様に助けてもらって! でもあれはきっと予知夢で、これから同じことが起きると思うんです!」


「……」


「現に今銃を持った男に追われてて! 乃絵莉もじいちゃんもばあちゃんもいないし、きっとどこかに隠れてるんだと思うんですけど、見つかったらきっと夢と同じことになります! でも僕はそうなってほしくなくて、だからその!」


「……なるほど。オマエの事情は分かった」


 胡乱げな表情から一転、男は合点がいったように微笑んだ。それもまた夢のなかで見た神様の笑みと同じで、響は心底安心することができた。


「大丈夫だ。オマエの家族が傷つくことはない」


 断言されれば身体の力までもが抜けていく。緊張すら解けていく。


 ああ、もう大丈夫だ。乃絵莉もじいちゃんばあちゃんもすぐ見つけてもらえる。助けてもらえる!


「っありがとうございま――」


「オマエの家族はな」


 ――刹那。


「……え?」


 身体が動かなくなった。


 突然、金髪の男を見上げた姿勢のまま、固められたかのように身動きが取れなくなってしまった。


 手を動かそうとしても足を動かそうとしてもピクリとも動かない。


「よっと」


「?、……!?」


 金髪の男が何やら右手を動かしたのを視認。


 と同時に、響の手が動く。勝手に動いている。ついで男が左手を動かすと足も動く。もちろん意思とは無関係に。


「ははは、」


「ひっ!?」


 くん、と男が腕を持ち上げると今度は身体が宙に浮く。重力に逆らい、空中に縫い留められてしまった。


 腕が勝手に肩の高さまで持ち上がり、そのまま静止させられれば、まるで磔にされたかのような姿勢になる。


 意味が分からない。どういう理屈かも分からない。だが目の前でニヤニヤと笑う男の仕業であることは明白だ。


 あまりにも美しい存在。慈愛の瞳。だが宝玉のようなそれに紛れもない殺意を見つけてしまえば遅ればせながら悟り、悟ったと同時に心臓が一気に冷えていく。


「……な、い……神様じゃ、ない……」


 だって神様は決して自分を見下ろす瞳に殺意をにじませることはなかった。愉悦に口もとを歪ませることだってなかった。だからこの男は夢で見た神様なんかでは、ない。


 男は金髪を電灯の光でさらりと輝かせながら笑う。


「気づくのおせー。どんなに異常事態が続いても常に疑う心は持たなくちゃな」


「ッ……」


「おい。勝手に決めつけたくせに裏切られたみたいな顔してんじゃねぇよ」


「あ、がッ!」


 ぎゅう。突然見えない何かに首を締められて響は呻いた。そのままギリギリギリと力を込められれば成すすべもない。脳裏に死の一文字がよぎる。


 ああ、殺される。嫌だ。死にたくない。しかし五感は切実な願望を裏切るように急速に遠のいていく。あまりに無力だ。


「ッ……、……」


「あーイイねその顔。このまま殺っちまいてぇくらいだ」


「っ、ッッ、……!? ゴフッ、ゴホッ!」

 

 もうダメだ――そう思った矢先のことだ。


 ふと首を締めつけていた何かが緩んだ。突如自由になった首は酸素を求めて激しく咳き込み始める。


 相変わらず身体は動かなかったが、とにかく直前に迫っていた死を免れられたのだけは分かった。


 再び明瞭さを取り戻した視界には金髪の男の横顔。何かを見つめているようで響もその視線を追えば、そこにもうひとつの人影を認めることになる。


 おぼろげな目を凝らすと、そこには電灯の光にぼんやりと照らされながら対峙する黒髪の男。


 ゆえに響は絶望した。


 これまで自分を追いかけ何度も発砲してきた黒髪の男と不可解な力で自分の首を締め殺そうとしてきた金髪の男。


 二人に共通することは響の命を狙っているということ。つまり二人は仲間ということだ。死は確実に免れない。


 案の定、金髪の男は黒髪の男の方へ身体ごと向き直ると気さくな様子で軽く手を上げる。


「よう、アスカ。久しぶりだなぁ」


「……」


 対してアスカと呼ばれた黒髪の男は厳しい顔のまま無言だ。手にしている銃を構え、金髪の男がゆっくり近づいてくるのを見据えている。


「会いたかったぜ。淋しくて泣いたりしてなかったか? ちゃんとひとりで任務できてるか、ずーっと心配してたんだぜ?」


「……シエル。何故ここにいる」


 シエルと呼ばれた金髪の男が大げさに眉を寄せながら言うのを受けて、アスカは努めたように冷静な声で返した。


「大した理由じゃない。なんか面白そうなことねぇかなって散歩してたらオマエを見つけてさ。


 そろそろオマエもオレに会いたいだろうなと思って顔を見せてやっただけだ」


「……。今、そいつをどうしようとした」


「もちろん殺そうとしたんだよ。だってオマエ、いつまで経ってもコイツ殺らねぇんだもん」


「っ……」


 シエルの言葉に響は息を呑む。やはり二人は仲間なのだ。


 アスカは軽薄な調子に舌打ちをした。するとシエルは笑みを深くする。


「ずーっと見てたぜ。コイツをただ待ち伏せしてたのも、家ン中でマヌケな追いかけっこしてたのも、助けを求めて走り続けるコイツを上から眺め続けてたのも。


 オマエならいつでもコイツの頭や心臓を撃ち抜けたはずだ。だがわざと外して逃し続けた。そうだよな?」


「……」


「ああでも、オマエが躊躇する理由も分かるぜ。コイツ、見たところまだまだ寿命残ってるしワケありなんだろ? オマエには相当荷が重いよなぁ」


「ひっ!?」


 言いながらシエルは手を動かした。同時に磔の姿勢のまま宙で静止し続けていた響の身体がシエルの傍らまで移動する。


「だからこのオレが代わりにって思ったんだよ。優しいだろ?」


「や、っぐゥ……ッ……!!」


 そうして響のとっさの言葉を阻むように再び首を締めつけられる。ぎりぎり。ぎりぎり。また五感が遠のき始めた。


 ――ガウン!!


 しかし銃声が響の鼓膜を灼き、同時に首を締めつけていた何かが緩む。


 鮮烈な音の出発点に焦点を持ち上げれば銃口から煙を立ち上らせるアスカがいて、響はまた咳き込みながら眉を寄せた。


 もしかして、今。助けてくれたのか?

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