里帰りした時に寄った地元のラーメン屋で、幼馴染の娘と相席する羽目になった件

 ある休日の正午……久方振りに訪れたラーメン屋での事。

 ずるずると麺を啜り……今一コシのない歯ごたえのそれを咀嚼して、思う。


 ―――ガキの頃食ったときよか、大分味落ちたなここ。


 スープも、もう一口ばかり啜ってみるものの……

 不味いわけではないが、記憶にあるそれよりもコクが足りないというか。

 よくよく店内を見れば、ランチタイムだというのに客足もまばら。

 

 久方振りに地元に戻り、実家に顔を見せる前に、記憶にある味を求めて立ち寄った店だったが……これは失敗したかもしれない。

 就職してからは十年以上訪れる事のなかった訳だし……俺がいない間に代替わりでもしたのだろうか?

 まあ食えない味でもないし、頼んでしまった以上は全て平らげようと箸を、再びどんぶりの中の麺へと伸ばしたタイミングで――声がかけられた。


「あの……すいません。

 ここ、相席いいですか?」


 ……いや、他にも席ならいくらでも空いてるだろうに。

 大体俺は飯を途中で邪魔されるのが一番嫌いなんだ、と想い出のラーメンの味がイマイチだった事へ八つ当たりも含め胸中でぼやきつつ……

 視線を声がした方向に向けると、見覚えがある顔がそこにあった。


「……瑞樹みずき?」

 

 思わず、久しく口にしていなかった名を声に出してしまってから――気付く。

 確かに記憶にある彼女の姿と瓜二つだが……いや、だからこそ若すぎる・・・・

 

 白を基調としたセーラー服は、かつて俺が通っていた高校のもの。

 リボンで纏めたポニーテールに、男を引き付ける整った顔立ち。

 うっすらと日に焼けた……おそらくは部活か何かで鍛られ絞り込まれつつも、出る所は出た女らしさを感じさせる体躯。


 外見こそ何もかもがあのころの瑞樹のようだが、本人ではありえない。

 ……瑞樹あいつは俺と同い年だからな。

 それに、あの女とはもう十年以上顔を合わせていない。

 目の前にいる少女の肌は若々しく、どう高く見積もっても十代後半――高校生だ。


 ―――では、こいつは一体?


「やっぱり、優斗ゆうとさん……なんですね。

 あの、あたし……山城やまぎ優樹ゆうき、っていいます」


 こちらの困惑を他所に、目の前の少女は聞いてもいないのに、名乗り始めた。

 僅かに存在する、他の客からの視線が痛い。勘弁してくれ。


大凡おおよそ、察しはつくとは思いますけど―――貴方の知っている鈴宮すずみや瑞樹みずきの、娘です」


 ……ああ、やっぱりか。

 ここまで似ているのだから他人の空似ではないとは思ったが。

 娘という事は――あれから誰かしらと、瑞樹あいつそういう・・・・関係になったわけか。


 脳裏に父親の候補として、一瞬あの淫行教師ゴミクズが思い浮かんだが、即座にあり得ないと否定する。

 何故ならば――以前、瑞樹あいつと会ってから程無く、あの間男ゴミは亡くなっているからだ。


 何でも頭部が丸ごと吹き飛ばされて無くなっていたという、奇怪な死に様だったそうで――

 どうやってそれが為されたかが、他殺なのか、自殺なのか、事故死なのかさえも未だにわからないらしい。


 はあ、とこれみよがしに露骨に大きくため息をついて……目の前の少女に告げる。


「なんの用かは知らないが……まあ、とりあえず座ってくれ」


 追い返そうか、とも思ったが……少女の表情かおを見ると、簡単には諦めてくれなさそうだ。

 それは、昔々、記憶の中で意地をはったときの幼馴染バカの顔にそっくりで……説得は無理そうな感じがする。

 よくもまあここまで似るものだと、現実逃避気味に感心した。


 そういえば前に瑞樹あいつと偶然再会したのもラーメン屋だったような。

 ……いやなんというか、アレだ。

 

 ――やっぱりなんか呪われてんのかなあ、俺。





「―――それで、丁度一昨年おととし―――浮気、されてたって。

 何て言うか、元々夫婦仲が冷え切ってたのは感じてたんですけど……それがトドメになって別居、って事になったんです。

 多分……そのうち、離婚って事になるんじゃないかなって。

 あたしは今、母方の……お爺ちゃんとお祖母ちゃんのところでお世話になってるんですけど」


「……はあ。そりゃ大変だ」


 ……まあ、聞いた内容を要約すれば、だ。


 ――あれから結局、程無くあの瑞樹バカは実家へ戻り――おじさんとおばさんへ、土下座する勢いで許しを乞うたそうだ。

 まだいくらか情を残していたあの人たちはそれを受け入れ、就職の世話まで焼いてやったそうな。

  

 そして、職場そこで出会ったのが目の前の少女、優樹の父親だ。

 一目惚れ、だったそうで熱烈にアプローチをしてきたのは向こうから。

 当時、いろいろと弱っていた瑞樹あいつも絆されていき――最終的には受け入れた。

 そこで終わればめでたし、めでたし、だったんだろうが……先の浮気の話だ。


 優樹が言うには、真面目一徹で浮気などするような人には見えず――

 いざ証拠を目にした時にも、とても信じられなかったそうなのだが……理由を問いただしたところ、出て来たのが――


「なんといいますか……お母さんが、何処か貴方への未練を残しているのを感じていた様で……それに耐えられなかったとか」


「えぇ……?」


 ―――何だよそれ馬鹿じゃねえの。


 続けて、口に出さなかった俺は褒められてもいいんじゃないかと思う。

 

「いや……未練、って……今更……何で?」


「何でもお母さんが隠していた日記を発見して、盗み見てしまったと……

 その、優斗さんの事とか、えっと、夜の……生活が、合わなかった、事とか。

 最初はあたしのこともあって、見ないふりをしようとしてたみたいなんですけど、段々……」


 ――何だよそれ知らねえよ勘弁してくれマジで。


 要は、あの瑞樹バカは折角悪くない相手を捕まえたのに、阿呆な理由で駄目にしてしまったらしい。


 特級呪物じげんばくだんなんぞ、子供ガキが出来た時に止めてさっさと処分しとけよアホ。

 しかも延々と続けるとか、何考えてんだ。


 口には出さないが、内心であの瑞樹バカへの罵倒が、次から次へと湧き出て来る。


「その、それで……ですね。

 お母さんの方も、それで『やっぱり妥協しないで優斗とやりなおせばよかった』とか何とか変に拗らせちゃって……

 優斗さんを見かけたのは偶然なんですけど……今、お母さんも、お爺ちゃんとお祖母ちゃんの家に来てるんです。

 もし、顔を合わせたりしたら酷いことになるかなって、その……」


「……良く知らせてくれた。

 邪険に扱って悪かった、優樹ちゃん」

 

 おじさんとおばさんの家は、俺の実家の近所である。

 何も知らないまま帰省して……うっかり出くわした日には、どうなっていた事か。

 

 ――背筋がぞっとする。


 そりゃあれから男女の出会いには恵まれなかったが……

 割と稼げるようにはなったし、こっちはそれなりに楽しくやっているのだ。

 今更あの瑞樹アホに引っ掻き回されるのは、御免被りたい。

 

「……俺から特に何か出来るわけじゃないが、その、何だ……すまなかった。

 世の中悪い事ばかりじゃないから、希望を捨てずに頑張ってくれ」


「いえ、こちらこそ今も昔もお母さんがご迷惑をおかけしているようで……本当にごめんなさい」


 互いにぺこぺこと頭を下げて、詫び合う。

 瑞樹あいつの事は心底どうでもいいが、目の前の少女はそれに巻き込まれただけの被害者だ。


 当たり散らすのも違うだろうし、まあこんなものだろう。


 後で実家に連絡して今回は帰れない旨を伝えないとな、と並行して考えつつも――

 取り敢えず、目の前に置かれたラーメンに手をつける事にした。


「えっと、優斗さん……ラーメンってお好きなんですか?」


「若い頃はよく食ってたかな……最近はきつくなってきたけど」


 あんまり旨くもないし、もうここに来ることもないだろうな、と優樹ちゃんと揃ってやや伸びた麺を啜りながら……

 ふと、中学の時、瑞樹あいつと部活の帰りにここで飯を食った事を思い出した。

 

 まだ、若く未熟だったあの頃。

 互いに付き合い始めたばかりで――青臭い青春というものを満喫していた日々。

 あの頃は、こんなことになるとか想像もしてなかったな、と――馬鹿馬鹿しさに、苦笑する。


 もう怒りさえも湧いてこない、過ぎ去った過去の記憶。

 良い思い出、とはとても言えないがそれでも何らかの意味は有ったのかな、と思えるくらいには……あれから、いろいろな事があった。


 そうしてぼつぼつ話し込みながら食事を終えた後は、もう会う事もあるまいと……

 詫びと激励の意味も含めてこちらの奢りで、解散と相成った。


 無論、瑞樹と顔を合わせる事もなく、今の住いへとんぼ返りだ。


 あいつが結局どうなったのかは――興味もないし、気にするだけ無駄だろう。


 ただ、全くの余談ではあるが――優樹ちゃんは大学卒業を期に、良い人を見つけて家を出たらしい。

 俺が関わっても余計に話が拗れるだけだろうし、出来る事もないだろうが……幸せになって欲しいとは、思う。


 ……それは、結局――俺と瑞樹あいつが、出来なかった事だから。

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幼馴染はアホ女 金平糖二式 @konpeitou2

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