幼馴染はアホ女
金平糖二式
幼馴染はアホ女
それは、休日で昼下がりの、ラーメン屋での事。
かき入れ時なのか、店内はほぼ満席で喧噪に満ちており、すこしやかましくも感じるが……
まあ、手ごろな価格で味も悪くはないのだから、人が集まるのは仕方がない。
やや遅めの昼食に、ずるずると一人で醤油ラーメンを啜っていると、声を掛けられる。
「あの、すいません、相席、いい、です、か……
え、
嘘、と、こちらを見て、呆然と呟くその馬鹿面を見て、うんざりとした気分になる。
せっかくの昼飯時に、会いたくもない奴と出くわしてしまった。
地元からは、大分離れた店だから完全に不意打ちを喰らった形だ。
まあ、向こうもそれは、同じようで完全に面食らって、呆然としていた。
そこの口から零れた言葉は、戸惑っているような――かつての男勝りだったそれとは、かけ離れた物。
「えっと、いや、何で、え、本当に……優斗?」
二度と会う事のない、と思っていた――見知った顔、だった。
男と色に狂って、友人からも実の両親からも……そして俺からも。
縁を切られて放り出された……間抜け面をさらしているその女は、一応、ガキの頃からの付き合いの幼馴染、だった。
「こりゃまた、懐かしい……
ってほどでもないか。半年も経ってないもんな」
――
それが、この女の名前だ。
一応、目のまえの
交際期間は、中学から、高校の半ばまで―――あの
相手は……親子ほど年の離れた部活の顧問。
切欠は、まるでよくあるしょうもない
半ば泣きながら、あれはもう、どうしようもないから見捨ててもらって構わない、と嘆いていたあの人には、正直同情してしまった。
「お前があの
あれから、何やってたんだよ。
―――部活で、推薦決まってた大学進学も全部おじゃんになったのにな」
酷く、醒めた心もちで、悪態が俺の口から滑り出た。
まあ、どうでもいいが、と半ば、げんなりとしながら、ずるずると麺を啜るのを再開する。
瑞樹は、いや、あの、と真っ青になり、必死に何かを言葉にしようとしてはいるが、上手く纏まらないようで。
今更、何を気にしているのか知らないが……座らないのであれば、さっさと何処かに消えてくれないだろうか。
折角の飯が、こいつの面を見ているだけで不味くなる。
しかしまあ――本当に
成人とほぼ同時に、
あの
――というか、他にも手を出していた部活の女生徒共の親にもバレたおかげで、えらいことになっていたな。
財産は粗方、多方面から慰謝料代わりに毟り取られたと聞いたし、娘を傷物にされた恨みと、闇討ちされて、あちらの方面も含めて再起不能になった、という噂も聞いたが、本当だろうか。
まあ、あの
その時、こちらに気付いた時のあれの様子は、なんと言うか……壊れていた。
酷く常に何かに怯えきったままだった狂態を、よく覚えている。
『ひ、ぃ、やめ、ゆる、して、な……ま………!?』
意味をなさない悲鳴を上げ、がたがたと車椅子を揺らして、必死に何かから逃げようとしていたあの姿は無様なものだったが……それに最早特に何も感じるものはなかった。
誰があそこまでやったのかは知らないが、余程痛い目にあったらしい。
それともまさか、俺『にも』復讐される、とでも思ったのだろうか?
まったく、笑えもしない。
……今更、
現実を突きつけられ、冷や水をぶっかけられる形になったせいで醒めたのか……誰一人として
被害者面でぎゃあぎゃあと喚いていた女共も、結局誰一人として碌なことにはならなかった、と聞く。
多分、
―――薄っぺらく頭の悪い、ご都合悪い主義に満ちた、その手の方面の
「ゆ、優斗、あの、あの……!
はな、話、したいの、その、ご飯、食べてる間だけで、いいから……!」
過去の記憶と思考に没頭していた意識が、ようやく覚悟を固めた、とでも言うような瑞樹の声で、現実に戻る。
何も知らない奴が見れば、健気にも映るだろうその姿に、どうしようもなく虫酸が走った。
――――俺の方には、何もねえよ、腐れ
◇
「えっ、と……優斗、相変わらず、ラーメンのスープ、最後まで飲んでるんだね。
その、喉も乾くだろうし……体に、良くないんじゃないかな」
「……話したかった事ってのは、それか?」
レンゲでどんぶりに残ったスープを掬って啜りながら、セットになっていた炒飯を口に運ぶ。
本音を言えば、替え玉も喰いたかったが、その分目の前の席に着いた
「……ごめん、そういうわけじゃなくて、その」
改めて、瑞樹の姿を見て感じたことは、外面だけはさして変わってはいないな、という事だった。
あれからまだ半年くらいしか経っていないし、年齢的には、俺と同い年――十代の筈なので、当たり前と言えば当たり前なのかもしれないが。
強いて言えば、部活で日に焼けていた肌が白くなったことぐらいか。
無駄に男を引き付ける―――今は、神妙そうな面をしている、整った顔立ちも。
鍛えこまれながらも、いつの間にか女らしい体つきになっていた体形も。
高校時代から、さして変化がないというのが無性に勘に触る。
かつては魅力的にも映っていたそれに、今は吐き気しか覚えない。
更に言うなら……昔、くれてやったことのある古ぼけたリボンを今更、ポニーテールに纏めるのに使っているのは、どういう了見だろうか。
……確か、とっくに処分したとか、あの
「じゃあ、何だって言うんだよ。
俺も暇じゃないんだ。
何か言いたい事があるなら、さっさと済ませてくれ」
むしゃり、と炒飯の残りを咀嚼しつつ水で流し込む。
味はそれなり。ラーメンの付け合わせで、腹を満たすには悪くないものだ。
「その……まずは、謝らせて。
私、優斗に、たくさん、酷い事、したから……」
酷い事、ねえ。
ああ……それで済ませるのか、済ませちまうのか、
うんざりして、それに対し何かを言う気も起きず……
ラーメンのスープの残りを啜ることに集中している間にも、目の前の阿呆の言葉は続く。
「……馬鹿だった。
初めから……もっと早く、優斗に、お父さんにも、お母さんにも、相談してればよかったのに。
何もかもが台無しになるまで、皆に見限られて、痛い目を見るまで、目が覚めなかった」
何となく、この後の会話の流れが予測できて――丁度、ラーメンのスープも切れた。
もう、昼飯は残っていない。
触りだけだが、この後の流れも予想はつく。
やはり聞く価値のない戯言だな、これは。
さっさと会計を済ませるべく、俺は立ち上がる。
「―――え、ちょ、ちょっと、待って、ま、まだ……!」
「俺の方からお前に言う事は、何もない。
もう、半年前に全部言った。
その上で言うが―――今更、知るか阿呆」
いや、だって、待って、と喚く瑞樹を無視して、一方的に告げる。
「助けが欲しいなら、おじさんとおばさんに土下座して詫びろ、カス。
正直、俺には理解できないが……あれで、まだお前の事を心配してたようだからな。
地面に頭を擦り付けるくらい、無駄なプライドを捨てて、本当の意味で誠心誠意、手前のやった事を悔いる事が出来るならワンチャンあるんじゃないか」
少なくとも―――今更、捨てた男に縋りつくよりは、余程。
「何か、法に触れるような厄介ごとに巻き込まれてるなら、警察に頼れ。
俺にはどうにもできないし、する気もない。
自分で蒔いた種だろうが。全部自分で、何とかしろ」
「ち、ちがう、違うの、私は、ただ、優斗と、もう一度―――!」
はあ、とひときわ大きなため息をつき―――告げる。
はっきり言わなきゃ、わからねえのか、こいつは。
「お前のすっからかんの頭でも、理解できるように言ってやるよ。
他の誰かを捕まえて―――も、まあ、寄ってくるのは似た様なクズだろうが、それこそ俺の知った事じゃねえんだよ」
何度も言うようだが、今更知った事ではないのだ。
くたばるというなら―――俺の視界に入らないどこかで、勝手にくたばればいい。
「え―――あ……
や、やだ、ごめん、何でも、するから、見捨てないで――」
「同じことを何度も言わせるな。
捨てたのは、お前だ――阿呆が」
駄々をこねるような、瑞樹の様子に本当にこれ以上は無駄だなと、ため息を吐き――さっさとこの場を去る。
そして、会計を済ませている間にもそれなりに時間を食い、足止めされた訳だが。
あいつが追い縋ってこなかったのは、意外と言えば意外だったが―――まあ、駄目で元々、くらいのつもりだったのかもしれない。
正直な所、一々記憶に残す価値さえない。
全ては終わった……もはやどうでもいい、過去の出来事。
強いて、悔いるべきところがあるとするなら――
「もう、あのラーメン屋……行けねえなあ」
また、あの
本当に、予想外の偶然の再会だったようで、あっさりと引き下がってはくれたが――次があったとしたら、今日の様に上手くいく保証もない。
結構、美味かったし……替え玉もやっぱり喰いたかったんだが、と再度ため息をつく。
いやはや、まったく―――世の中というものは、誠にままならないものだ。
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