第9話 六時間目 そして帰路へ

『はい、それでは新しい免許証の用意が出来ましたので、こちらの席のかたから順番にお並びください』


永遠とも思われるような責め苦から、私を解き放つような言葉が、教壇に立つオジサマから聞こえたことで、私は現実へと戻ってくる。

江戸の昔のように、玉砂利の上で正座をさせられたり、竹刀で百叩きされたわけではないが、私の心は満身創痍になっていた。

やっとこの場所から帰ることが出来る。

心は踊るけれども、緊張から解放された事からか、目の前に置かれていた脅威から距離をおける事を考えた途端に何やら頭が痒いような気がしてくる。

一刻も早く家に帰って髪を洗いたい。

そんな考えが頭を支配したので、私はそそくさと荷物をまとめて列へと並ぶ。

もちろん前の男とは4月まで当たり前にしていた、ソーシャルディスタンス!

この距離も前までは気にしていたのに半年も経てば気が緩むようだ。

別にウィルスが消滅したわけでも、毒素がすっかり消え失せたわけでもないのだけれど、慣れや周りの空気感と言うのに私は流されていたのだろう。

ウィルスのように、目に見えないわけではない、アタマシラミの感染経路は接触。

過去にそんな知識を得ていたのにもかかわらず、私は眠気からあのおぞましい粉雪の降る降雪地帯そばに頭を………。

『油断大敵』本当にそうである。

標識を見落としたのも、朝食作りに失敗したのも、工事が多いのは予見できたのに車で出掛けて多くの時間をロスしたのも、それにより余計なプレッシャーでストレスを感じたのもなんとなく過ごして緊張感がなかったのかもしれない。

私は免許証を受け取ると、さっさと家へ帰るべく一直線で車へと乗り込み帰路に着く。

が、時刻は既に十五時を回っている。

朝食から既に七時間は過ぎているのだ、お腹も当然空くだろう。

しかし、私の今一番の関心事は頭皮の事だ。

空腹に苦しみつつ、プレッシャーに悩まされ、遠回りしながら私の残りの刑は静かに執行されていく。


ああ、もう絶対に油断しないぞ!


そう心に誓った、ある日のお話。







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懲役六時間 業 藍衣 @karumaaoi

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