第8話 五時間目 ダンス

落ち着きを取り戻し、暗闇の世界から戻った筈が、私の心は闇に支配される。

前の席の男が不意にジャケットを脱ぎ始めたのだ。

ああ、真っ暗だ。

服を脱ぐことで、髪の毛がまるで飛び込み台のように跳ねている…ああ、ヤツが飛んで来るかもしれない。

私の胸は再び激しく鼓動し始める。

神様、私はもう二度と標識を見落としたりしません。安全運転に徹底します。

だから、だからどうか飛んで来ませんように…。

そう強く願って、男の後頭部にいる筈のヤツを探すが……いない。

いない、居ない、イナイ…。

視力には定評のある私の視界にヤツの姿がないのだ!

机の上や私の服を見てみるが、確認はできなかった。

キョロキョロと辺りを見渡す私を、再び隣の若者が不審人物を見るかのような態度になるが、そんなことはお構いなしだ。

もしヤツが私に、飛び移っていたとしたらそれこそ大問題なのだ。

しかし、一向にヤツを発見できないでいた私が前の後頭部に視線を向けると、まるで『お?オイラを探してた?』と言わんばかりにひとつの足を上げているではないか。

まぼろし?幻覚?そんなことはどうでも良いのだ。

とにかく私はヤツを見つけてホッと一安心をしたのだが、ん?二匹に増えてる!

それから残りの一時間は、まるで私を嘲笑うかのように、あちらこちらの毛に飛び回るスパイダーマンのような二匹のダンスに翻弄されるのだった。


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