二百六十九話 江東十二虎将

規準に基づき、楼船が五隻、その周りには護衛の艨艟船と赤馬船や海鵜船が配置された


楼船は陸戦で言えば本陣の役割を果たし、艨艟船が主力部隊で牛革で船体を包み、騎兵の役割を果たす。

軽快で機動性に長ける赤馬船は防御を捨て小回りが利くので軽騎兵の役割を果たす

そして海鵜船は簡単に言えば戦車の様な物


大軍の後に続いた赤馬船には黄忠と文聘の護衛も付いているので典黙は安心して曹操と乗り込んだ


赤壁の岸には投石器が並び、港には無数の戦船が停泊していた

投石器は岸の最強の防御措置、相手が無理やり登陸作戦を行う場合石や火油壺を投擲できる


「曹操軍は裕福だな、こんなに強力な戦艦を躊躇い無く出せるのか…」

周瑜は思わず感嘆し、真ん中の楼船を指さした

「主公、あれを見てください!我々の楼船は五丈であるのに対して曹操軍の楼船は十丈もあり、矢倉が五階建てです!」


岸に立つ孫策は思わず息を飲んだ

「あぁ!楼船に限らず艨艟船も赤馬船も海鵜船も規模が我々を凌駕している」


江東にも戦船はあるが造りも規模も曹操軍のそれと段違い

水軍の数に追いつくため、多くの戦船は漁船から改築した物である


羨ましい気持ちを抑え、孫策は肩掛けを振り払い声を上げた

「諸君、曹操軍が夏口に駐屯して以来我々の士気が下がり続けていた!今日勝てなければ奴らの傲慢な気に拍車が掛かってしまう!皆の意見も聞かせてもらうぞ!」


江東十二虎将の徐盛が鉄鎖連環方なを掲げ、声を上げた

「大呉の領土を侵す者がどれだけの力を持っていてもそれを打ち破るだけだ!」


「打ち破るだけだ!」

他の将兵も声を揃えて叫んだ


「良くぞ言った!」

孫策も覇王槍を高く掲げた

「江東の男児たちよ!俺の後を続け!船に乗れ!曹操に長江の主が誰なのか分からせてやろう!」


小覇王孫策は曹操の戦表を目にした時から既に怒りを堪えていた

この時が来るのを彼も長らく待っていた


何しろこの戦いは避けて通れない、今戦わねば江東の士気はより下がってしまう


孫策と周瑜が楼船に乗り込み、江東十二虎将もそれぞれ艨艟船や赤馬船に乗り込んだ


曹操軍の楼船に蔡瑁と張允が前方を見渡すと江東水軍の出方を少し意外に感じた


しかし相手の数が七八千程度だと気づき、油断した

「楼船を展開し敵を包囲しろ!」


背後の伝令兵が旗を振り、蔡瑁の命令を伝達した


船隊が展開している中江東水軍の船も向かって来た


時期的に東南風が吹き、加えて江東水軍の船が小さくて軽いので船隊が完全に展開する前に相手が既に百歩の距離まで迫って来た


「矢を放て!」

旗艦が矢を放つと周りの楼船からも矢が雨のように降り注いだ


周瑜も旗語を通して伝令を伝え、江東の艨艟船が牛革の装甲に守られ曹操軍の水軍に詰め寄った


江東十二虎将が船から船へ飛び周り、曹操軍の兵士を次々と薙ぎ倒して行った


これを見た江東水軍の士気が上がり、奮戦した


程普、黄蓋、韓当は一騎当千、進む勢いを誰にも止められない

彼らは皆曹操軍の船を一隻片付けてから再び自分の船に戻り、追い風の助力で次の標的に向かって前進した


ここで荊州水軍の弱点が現れた

水戦に長ける武将が少ないので江東十二虎将は増々猛威を振るって、一隻で三隻を同時に戦う場面も起きた


蔡瑁は心をズタボロにされた

彼は過去にも江東と小規模な戦闘を行って、勝ちも負けもあったが、今日のような激しい戦闘を経験しなかった


実の所、孫策はこの緒戦に持ってる全てを賭けた

出動した江東水軍は少ないが全員精鋭部隊


「急げ!艨艟船で進路を塞げ!赤馬船は敵の裏に回り込め!」

蔡瑁は必死に叫んだ


乱戦から二里離れた赤馬船に立っている曹操は楼船のように全局を見渡せないが自軍の陣形が崩れたのを理解した


「数千人相手に五万の水軍が手も足も出ない、蔡瑁は一体どんな調練をしたのか…」

曹操は首を横に振ってため息をついた


「魏王、あの赤馬船を見てください!」

黄忠が一隻の江東赤馬船を指さした


その方を見ると赤馬船の船頭に無数の鈴を身に付けた男が立っている

錦帆賊出身の甘寧、甘興覇。江東十二虎将で最も武力に長ける武将である


甘寧は双戟を握り、その双戟は手首太さの鎖によって繋がれている


曹操軍の船に近づけば兵士が鉤爪で相手の船を固定する前に甘寧が飛び乗り、双戟を振り回した


鈴の音が鳴り、鮮血四濺、惨叫連々。

甘寧は再び自分の赤馬船に戻り近くの艨艟船を指さした

「次だ!あれを固定しろ!」


「誰だ彼奴は?水戦でこのような動きができるとは凄いな!」

曹操は思わず感嘆した


「あれは甘寧です!」

文聘は甘寧と面識があり、劉表の配下に居た頃甘寧は重用されなかった

その後江夏に行ってから甘寧の情報も無くなった


「あの武力、見上げたものだ」

血塗れの甘寧はすぐ曹操の注意を引いた


典黙もそれを遠くから眺めた

黄忠を迎え入れた時から甘寧の情報を聞いたが、どうやら劉表の死後下野したらしい


まさかここでこのように見かけるとはね…さすが百騎劫魏営、功震天下英の甘興覇だね


今の甘寧はまるで長坂で七進七出する趙雲のように勇猛に立ち回り、誰よりも輝いた

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る