二百六十八話 心攻めの継続
対峙している間、曹昂が三十万の大軍を連れて夏口に到着した
十万人を収容できる屯所も岸に三つ建てられた
三十万大軍の中に、騎兵が六万、歩兵が十五万、弓弩手が五万、その他は盾兵など兵種
この大軍には曹操が最初に作った青州軍徐州軍の他に袁紹の残部や新しく募集した新兵も居るが、皆同じ弱点を持っている
それは水戦、多くの兵士は船に乗るだけで船酔いし、全く戦えない
曹操は気にしなかった
江東水軍を打ち破ってから各郡を一気に占領すると言ったが三十万の大軍を招集したのにもう一つの理由があった
それは三勢力同盟を畏怖させる事である
そして曹操の戦略目的も達成した
孫策が曹操に抵抗すると決心した時から多くの氏族が反対した
その後十九万の水軍が夏口に集まり、今では三十万の大軍も加わり、江東九江の士気は激しく落ち、脱走兵も出て来るようになった
江東の本陣には曹操の斥候は居ないが、周辺の郡や県には曹操の密偵が居るため、その情報もすぐ曹操軍に伝わった
「戦う前に敵軍から脱走兵が出て来た!これなら我が軍は簡単に勝つ事間違いありません!」
北国から帰順した郭図は吏曹に据えられてから何の昇進も無いので焦って存在感を出そうとした
しかし彼の話が終わっても軍帳内は誰も賛同しなかった
あれっ?なんで誰も賛同しない…?
郭図が不思議に思っている中笮融は内心ほくそ笑んでいた
フン、風向きも理解せずに媚を売るなど間抜けにも程がある、ここを袁紹の陣営だとでも思ったか?
仕方ない、言葉の芸術を見せてやろう…
笮融は一歩前に出て拱手した
「魏王、歴史に残る無数の敗北はどれも油断から成る物。危険は常に油断から生まれる物である。数万人の軍営から数百程度の兵が逃げても同盟にとっては大打撃にはなりません。今やるべき事は心攻めの成果を拡大する事です!」
曹操はすぐに賛称的な眼差しを笮融に向けた
「うん、大鴻臚の言う事も一理ある。子寂の元で成長したな」
「お褒めに預かり光栄です!未だ未だ軍師殿から学ぶべき事がたくさんありますが、万分の一つを学べただけでも嬉しい限りです」
典黙は横目で笮融を見て感心した
さすが笮融、具体的な策略を一つも出さずに魏王を喜ばせた、ついでに自分へ媚を売るのも忘れない…
確かに成長したな、媚び売りに関して…
郭図は内心驚き、笮融の媚び売りが自分以上だと改めて理解すると共に先に口を開いた事を後悔した
「大鴻臚の言葉通りだ、江東の士気が下がっているなら脱走兵を増やしてやろう!」
曹操は蔡瑁に目を向け
「德珪、ここ数日でこの辺りの水流も読めたか?」
「はい、夏口から赤壁までの暗流と激流、浅瀬と風向き全て把握できました」
蔡瑁は胸を張って答えた
「ならよし!」
曹操は蔡瑁を指差した
「直ちに水軍を三万…いやっ五万数え、赤壁で戦鼓を鳴らして挑発せよ!」
「はい!お任せ下さい!江東の水軍が出る度胸があればタダでは帰しません!」
蔡瑁が自信満々に答えると曹操は高らかに笑った
「良い心掛けだ!余も共に行こう!」
この戦いは江北軍の緒戦なので主帥である曹操が一緒に行く事を決めた
主帥が自ら出れば自軍の士気が上がるがそれと同時に危険も伴う
「魏王、なりません!」
程昱が真っ先に前に出て拱手した
「魏王は社稷を担うお方、このような危険な場所に行ってはなりません!」
「そうです魏王!危険を冒す必要はありません!本陣に鎮座していてください!」
「万が一江東が全軍を出せば危険度は測りきれません!」
「良くお考え下さい!」
荀攸、許攸なども皆列から出て拱手した
郭嘉は何も言わなかったが典黙に向けて首を横に振った。
彼の顔色は悪かった、どうやら夏口の気候が彼の身体に合わなかった様だ
典黙はもちろん郭嘉の意図を汲み一歩前に出た
「魏王、水上の作戦は原野と違って我が軍の長所を発揮できません。僕の兄さんたちも船に乗れば江東の副将にも及びません。ここで蔡将軍の良い報せを待ちましょう!」
この話は嘘では無い、典韋自身も揺れる船に乗れば力を半分も出せないと言っていた。
曹操は眉間に皺を寄せ髭を摩り考え込んだ、軍帳内の文官武将が口を揃えて反対すれば考え直す必要がある
少ししてから曹操は手を振り仕方なく諦めた
「わかった!德珪、失望させるなよ」
「はい!」
蔡瑁と張允が振り向いて外へ出ると曹操は典黙以外、他の人も解散させた
習慣的なのか、曹操は悩まされる時も典黙を近くに置くようになっていた
「魏王、どうしても見に行きたいですね」
典黙はボソッと聞いた
「うん、君に隠し事はできないな!江東水軍の実力を知らない、この目で確かめておきたい。主帥として敵の優劣長短を知らなければこれからの作戦も立てられない…」
曹操の言葉から少し残念な気持ちが漏れていた、ここ数年の戦いでいつも典黙の作戦を実行して来たがその中でも自分の習慣がある
前線で戦いの行く末を見届けるのがその一つ、戦報だけではどうしても情報を聞き漏らすかもしれない
「魏王、江東軍の士気が下がっている今彼らには士気を上げるために緒戦の勝敗に拘るでしょう、我々は五万の大軍で向かっても噛み付いてくるでしょう」
話し終わった典黙が曹操を見ると後者は依然と行きたい気持ちを顔に出していた
遠足に行きたがる子供か…
典黙はため息をついでに折中案を出す事にした
「魏王がどうしても行きたいと言うなら我々は赤馬に乗り遠くから観ましょう、これならいざっと言う時でもすぐに脱出できます」
「いい案だ!」
曹操はすぐに目を輝かせて喜んだ
「漢昇と仲業を呼んで来る!」
荊州出身の黄忠と文聘も水戦が得意だが陸戦の方も得意なのでよく見落とされる
この二人が護衛を務めるなら特に問題も起きない
蔡瑁が将兵を点呼して艦隊が港から出た後典黙たちを載せた赤馬もその後を続いた
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます