二百六十七話 短歌行
「呉侯、水上での戦いではどんな武器が主に使われますか?」
「もちろん弓矢」
孫策は諸葛亮を一目みた
「はい、この戦のために呉侯は財力を使い果たしたと聞き、私は矢を十万本準備しました。これで我々の誠意を信じて頂けますか?」
歴史が変わっても変わらない事がある、諸葛亮は草船借箭を用意した
三国演義では周瑜の無茶ぶりをやり過ごすためではあるが、ここでは自ら言わねばならない
十万本の矢は消耗品の足しになる上、自分の実力を皆に見せる必要もある
「矢を十万本?」
孫策は目を細めて諸葛亮を疑った
「来た時には書童を二名連れて来ただけと聞いた、矢はどこにある?」
「来ている道中です、もうしばらくお待ちください」
天気予報の能力を持つ諸葛亮は未だ霧の出る予兆を見つけていないが、春なので湿度が高く霧の日は頻繁に訪れる
「矢を十万本用意できるなら何よりだ!」
矢の製造にはお金がかかる、ここ数日孫策もその製造費に悩まされていた
家計が火の車の孫策は兵糧を捻り出すので精一杯
今備蓄している矢は二十万本しかない、二十万と聞けば多く感じるが五万の大軍に分ければ一人当たり四本しか行き渡らない
「矢はいつ届く?」
程普も先程の威圧感が無くなり、物腰を和らげた
「来月には必ず!」
諸葛亮は自信満々に答えた
これで未だ一枚岩とは言えないが三勢力の同盟は何とか形になった
曹操が許昌から三十万の大軍を呼びつけたのは水軍のためでは無い
大軍が夏口に来る目的はあくまでも孫策の士気を下げるためである
そして水戦で勝てばそのまま長江を渡り江東の各郡を占領できる
三十万の大軍が到着するまでの間に十九万の水軍は準備を全て整えた
曹操は長江の横に立ち、背後には文官武将が立ち並んでいた
皆浩瀚な長江を見て、空を覆い尽くす程の旗と躍動する令旗、演習より数倍もの戦船が長江を埋めつくし、曹操は改めて大戦を期待した
鼓動を速くした曹操は倚天剣を左手で抑え目を閉じて冷たい風を感じ口を開いた
「余は皇命を受け、奉天討賊!荊州九郡を従え勇師百万、猛将千名、江東で賊を駆除する!降伏する気があればこの竹簡を持って参れ!抵抗する者は容赦しない!この戦表を百万写し長江に流せ、江東の文武に恐怖を与えよう」
背後の主簿は命令通り曹操の話を暗記してから拱手した
「はい」
曹操は笑みを浮かべて典黙の肩を叩いた
「どうだ?」
「魏王の言葉は雄視古今、気呑山河!城攻めの前に心攻め!良い一手ですね!」
正直典黙もそこまでの考慮をしていなかった
彼はここ数日蔡瑁と水戦の研究をしていた
曹操はドヤ顔で典黙を見てニヤけた
「心攻めは君から習ったけどな」
気分を良くした曹操は倚天剣を抜き出し空を指した
「酒を持って!」
兵士が急いで酒を渡し、それを飲みきった曹操は唄い出した
「對酒當歌、人生幾何、譬如朝露、去日苦多。
……
月明星稀、烏鵲南飛、繞樹三匝、何枝可依。
山不厭高、海不厭深、周公吐哺、天下歸心。」
短歌行、一気呵成!
曹操は唄い終わると一人で高らかに笑い出した
しばらくして曹操は振り向いて皆に意見を求めた
「余の短歌行はどうだ?」
「勢若奔馬、豪気万千!」
「この詩を聞けば血が滾る!抹将は今すぐにでも長江を渡りたくなった!」
皆も当然褒め言葉を惜しまない、曹操も更に気分を良くした
「褒めるだけではつまらない、変えた方がいい所はないか?余はもっと良い意見が欲しい」
皆お互い顔を見合せて誰も前に出なかった
曹操の短歌行はとても良いがそれを聞いた人それぞれの評価もバラバラ
しかし相手が曹操だから誰も正直に言えない
最終的に曹操は目線を典黙に定めた
「子寂、君の文才も群を抜く、此奴らが言えないなら君が先に言え」
うわっ、詩など暗記ならともかく変えるのはいくら何でもできない…学生時代この短歌行の暗記で散々手こずったぞ…
「君すら変えられないのか?」
典黙は少し頭を搔いてからボソッと答えた
「我有嘉賓、鼓瑟吹笙を"我有嘉賓、鼓瑟尺八"に変えるのはどうですか?」
曹操はそれを聞いて少し考えてから典黙を振り向くと後者は笑いを堪えていた
「ふざけるでない!まったく!」
典黙が先頭に立って意見を述べたのを見ると横に居る詩勲も出て来た
「魏王の詩は並々ならぬ文才だが雅楽は中正和平、典雅純正であるべきです。しかしこの短歌の中には不吉な言葉が存在します」
「何処が?」
曹操は目を細めて聞いた
曹操に聞かれた詩勲は素直に答えた
「 月明星稀、烏鵲南飛、繞樹三匝、何枝可依。この句は雅楽の規範に合わない上に不吉です。大戦を目の前に控えている今、このような不吉な言葉は軍威を損ないます」
近くの郭嘉、荀攸は顔色を変え冷や汗をかいた。賈詡に至ってはプルプル震えて存在感を消した
馬鹿正直だ…子寂だけは特別なだけだぞ…
次の瞬間曹操の倚天剣が詩勲の胸に突き刺さり、詩勲は息を引き取った
「フン、片付けろ」
「はい」
詩勲の屍が片付けられ、曹操は倚天剣の血を拭いながら周りを見渡した
「他に余の詩を変える人は居るか?」
無理無理無理…
全員首を横に振った
変えられない、これは本当に変えられない…
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