二百七十話 荀攸献策
「魏王、陣形が崩されました。ここも危険ですので戻りましょう」
文聘が拱手して話すと曹操もため息をついて船内に戻った
当然これは文聘の提案を受け入れたと言う事なので舵手は船の向きを変えて帰還した
五万の大軍が数千の相手に完敗し、長江に無数の死体が浮かび、鮮血が水を赤く染めた
楼船に立つ蔡瑁は冷や汗をかき、絶望した
今撤退しなければより多くの犠牲者が出るだけ
江東十二虎将に対する恐怖が荊州水軍の間に広まり、どの船も意識して避けるように動いた
特に甘寧の赤馬船が楼船と艨艟船の援護無しに切り込み、その動きは江東水軍の士気を更に高めた
徐盛、陳武などもその後に続き、巨大な楼船には手を出せないが赤馬船や海鵜船、艨艟船に乗っている荊州水軍は皆屠られた
楼船の最も強い武器は投石器と矢倉だが乱戦に向けて無差別に攻撃する事もできない
「德珪、もうこれ以上待てない!早く撤退しよう!」
張允は思わず提案した
接触して僅か二時間で死傷者数が一万にも登った
このまま消耗していたら処罰は免れない
「撤退だ!」
蔡瑁が命令を出すと動きの速い船はすぐ身を退いて引き返した
赤馬船、海鵜船、艨艟船は東南風に乗じて楼船より速く戻り、楼船も動きが遅い分殿軍の役割を果たせた
楼船から矢の雨と投石を警戒した江東水軍も追うのを諦め、空っぽになった荊州水軍の船を牽引して、戦利品として持ち帰った
「どれくらいの損失をだした?」
夏口本陣の軍帳内、主帥の椅子に座る曹操はこめかみを押さえ目を閉じていた
「一万五六千です…」
片膝を地面に着く蔡瑁は少し怯えて答えた
蔡瑁は曹操の怒りを受ける覚悟ができていたが曹操は激怒しなかった
「江東水軍の手強さを聞いていたがここまでやるとは思わなかった」
戦いを終始見た曹操は江東虎将の力を認め、ため息をついた
「全責任をお主に押し付けても仕方ない…しかしお主もそろそろ対策を考えなくてはいけない」
「はい、ありがとうございます!きっとこの経験を活かします!」
許しを得ても曹操の威厳は蔡瑁に冷や汗をかかせた
「もう下がっていいぞ」
曹操は手を振り、それ以上無駄口をするつもりがなかった
「はい」
蔡瑁が下がると曹操は謀士たちを見た
「この戦いの不利は想像以上だ、誰か策があるか?」
郭嘉の体調がより悪化したので軍帳に来ていない
程昱、賈詡、許攸は何も言わずに荀攸が一歩前に出た
「緒戦の結果で蔡瑁に責任を取らせると見せかけ、偽装降伏を仕掛けて隙を伺うのはどうでしょうか?」
蔡瑁を裏側に隠すか…
曹操は天井を見上げ、いい案だと思った
「良かろ!伝令だ、蔡瑁兵敗、軍威を貶めた。舵手に落すとしよう!」
「はい」
皆の補足がないと見て、曹操は典黙を連れて軍帳から出て郭嘉の所へ向かった
「子寂、君も策を思いつかないのか?」
道中、曹操はやはり典黙にその質問をした
「魏王、水上での戦いは中原とは訳が違います、僕も未だ良い案を思いつきません。しかし僕にも考えがあります、もうしばらくお待ちください」
曹操は足を止め典黙を見た
「自信はあるか?」
「多分…でもここからは気長に待ちましょう。消耗すればするほど我が軍が有利になります」
江東十二虎将の活躍を見た典黙もこの戦いの厳しさを理解した
水軍の数は曹操軍が有利だが戦力では負けている
前に立つ武将で士気が左右される、これは陸戦も水戦も変わらない
昨日の一戦で蔡瑁があっさり負けたのも先陣に立つ武将の差による物
曹操は溜息をつき頷いた
「良いだろ、君に考えがあれば余も安心できる」
典黙に考えがあると聞けば曹操は少しホッとした、ここ数年典黙が動いていれば結果に失望した事がない
二人は郭嘉の軍帳までのんびり歩いた
中に入ると郭嘉の容態はより悪化していて、しかもあろう事か郭嘉はそれでも酒を飲んでいた
曹操はムカついて郭嘉から酒瓢箪を取り上げた
「早死にたいのか!」
曹操の中では郭嘉を典黙の次に重要だと思っているので、自分の体を大事にしていないと見て心配すると共にイラッとした。
「平気ですよ魏王、この体はいつもこうで酒が無ければ生きて行けませんよ」
郭嘉が苦笑いし、典黙と曹操は返す言葉に困った
曹操はもちろん酒瓢箪を返さずに隣の医官に目を向けた
「すぐ治るのか?」
「魏王、郭殿の体は元から貧弱で荊州に来てから風寒を患い、それで病に伏した。既に薬を出したので、すぐに治ります」
医官の報告でやっと安心した曹操は郭嘉の寝ている寝床の端に座った
「安静に療養しろ、身体が良くなったら許昌に送り帰す」
「魏王、たかが風寒です。医官もじきに治ると言ってる。僕はどこにも行きませんよ!敵を破る協力をさせてください!」
曹操はとても感動して頷いたあと典黙も口を開いた
「奉孝、僕も敵を破る策を考えてる、早く治せよ。でなければ張り合う相手もいなくてやる気も出ない」
郭嘉は咳をして笑顔を返した
「良いね!治ったらもう一度知恵比べだね!」
知恵比べはできないだろう、容態が良くなったら彼は恐らく許昌に送り帰される
郭嘉の身体は貧弱で、歴史では遼東で命を落とした。
そして歴史が変わった今でも典黙は彼に江夏で亡くなって欲しくない
「もう良い、酒瓢箪は余が預かろう。良くなったら自分で取りに来い」
曹操は郭嘉の酒瓢箪を持って外へ出た
郭嘉は手離したくないと思い、仕方なく目を閉じて速く治るように休養した
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