二百六十五話 赤壁赤壁
浩瀚な船隊が右往左往する中風に靡く旗と立ち並ぶ長槍が目まぐるしい
演習は十九万の大軍では無く五万を選抜したにも関わらず
その光景は水戦を知らない北方軍は皆驚かされた
赤旗と青旗の旗語に従い、楼船が一隻港に寄せられた
渡り板が降ろされ、蔡瑁と張允が曹操を支えて登船したが船に乗っても曹操は甲板には行かずに振り向いて典黙を見た
空気を読んだ蔡瑁は急いで典黙の近くへ駆け寄り満面の笑みを浮かべた
「風が強く船体が揺れますので末将が侯様を案内します」
典黙が蔡瑁の支えで船に乗ったのを見た曹操はやっと満足そうに船頭に向かった
楼船は五階建てで高さは十丈もある、各階に弓弩手を四百名配置できる
恐らくこの船はこの時代では最大の物である
しかしそれでも長江の水面では激しく揺れ、水軍以外の皆が船酔いで頭をクラクラした
「兄さん、大丈夫か?」
曹操の隣に居る典黙は船の縁にしがらみ付きながら聞いた
「大丈夫だけど、船は好きじゃねぇ…」
強がる典韋は吐き気を我慢していた
北方軍は船が不慣れで今の典韋は恐らく二流の武将にも勝てそうにない
この理由もあって周瑜と諸葛亮が赤壁で逸話を残せた
そして騎兵や歩兵を向う側に送り込んで攻城戦をいきなり仕掛ける事もできない
水路を切り開かなければ兵糧の運搬が問題になってしまう
仮に相手が城に籠城してしまえば兵糧が尽きるまで数日とかからない
兵糧の運搬はどうしても水路の確保が必要である
夷陵の戦いで劉備が林間に屯所を築いたのも水上の補給線を断たれたからである
司馬懿が魏を乗っ取てからも手堅く水陸二手に分かれて呉を攻めた
戦鼓が鳴り響く中旗語が伝達され、艨艟船と海鵜船が楼船を守りながら交互に入り混ざり進んで行く
横で蔡瑁が曹操のために解説を務めた
「ご覧下さい魏王、これが我が軍の戦法です。楼船を進め、赤馬船で護衛を務め、艨艟船と海鵜船で道を切り開く。我が軍の戦船の優勢を充分に発揮できます!」
目の前の光景を見た曹操はとても満足そうにしていた
「良し!さすが余の水軍提督!報告によれば我が軍の水軍が偵察にも向かっただろう?その間に戦闘は行ったのか?」
先まで意気揚々としていた蔡瑁はいきなり苦しむ表情になった
「二回ほどありました…」
「江東の水軍はどんな物だった?」
「魏王、水上作戦の主な武器は弓弩ですので我々は二回とも江東水軍と撃ち合って接近戦は未だ行ってません…」
曹操が振り向くと蔡瑁の顔色の変化に気付き、眉間に皺を寄せた
「勝てなかったのか?余の水軍の射術が江東水軍に及ばないのか?」
「違います」
蔡瑁は急いで弁解をし始めた
「末将がこの辺りの流れに詳しくなかったので周瑜に浅瀬に誘い込まれ包囲されました」
「なるほど」
曹操は首を横に振りため息をついた
「つまり水戦では周瑜の方が一枚上か」
「魏王、末将はその後この辺りの流れと風向きを頭に叩き込んだので、次はそう簡単に負けません」
曹操は蔡瑁の言い訳を聞くつもりが毛頭にないので直接聞きたいことを聞く事にした
「江東水軍に勝てる自信はあるのか?」
「あります!」
蔡瑁は少し食い気味に答えた
「我が水軍は江東の四倍、戦船の規模も造りも江東の物を凌駕しています!」
「なら良し!」
蔡瑁の答えは自信に満ち溢れたので曹操も負けた事については咎めなかった
演習は丸一日続いたが曹操はそんなに長く船に乗らなかった
典黙も船の揺れに耐えられず、下船しても足がフワフワしているのを感じた
演習の結果は曹操を満足させ、両手を後ろに組み岸で立ち止まった
「時が来た、そろそろ江東を収めよう!君はどう思う?」
典黙は風で乱れた肩掛けを直して曹操を見た
「やりましょう」
曹操は江夏に来る前に既にこの気持ちを抑えきれなかった
仮にここで典黙が反対意見を出せば曹操も聞き入れたが、典黙自身もこの戦をする必要があると思った
なんと言っても劉璋や張魯、馬騰に比べれば厄介な敵は皆長江の南に居る。
益州と涼州を収めてもこの戦いは避けて通れない。
それなら早めに終わらせて残りの諸侯を降伏させた方が良い
唯一心配なのは典黙自身が水軍に対して自信が無い
長江での戦いは平原とは違って伏兵を仕掛ける手段を使えない
この戦いは最終的に長期的な消耗戦に持ち込まれるかもしれない
「お主らはどう思う?」
曹操は横の郭嘉、荀攸、賈詡、徐庶を見渡すと彼らも声を揃えて答えた
「異議ありません」
歴史上では賈詡と荀攸は江東を攻めるのに賛同しなかったのは荊州の民心が統一されなかったから
しかし歴史と違って今の荊州の民心も曹操に向き、これなら誰も異論を唱えない
同じ答えを聞くと曹操は完全に決心した
「水軍を全て夏口に駐屯させよう!」
「はい!」
蔡瑁は嬉しそうに命令を受けた
「子脩、許昌に戻り、守備軍以外の大軍を全てここへ向かわせろ!呉地と交州を一気に叩くぞ!」
「はい!」
数十万の大軍を動かすのに曹昂でなければ虎符を持っていても簡単にはできない
典黙は馬に跨った曹昂に近づいた
「子脩、この前用意させた物もついでに持って来るようにね」
「はい!先生の言う通り既に輜重営に置いてあります。南下する大軍と共にここに着きます」
典黙は少し考えてから補足する事がないと思って頷いた
曹昂が去った後典黙は長江に振り向き一人で呟いた
「赤壁…ここで全てが終わると良いが…」
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