二百六十四話 江夏点兵

典黙は伏皇后に埋め合わせをすると決めたが、許昌にいる間は外に連れ出せないので時々物語や下ネタで彼女を笑わせた


ずっと伏皇后を構っても麋貞や甄宓は嫉妬せずに譲っていた

正妻である蔡琰もお姉さんらしく伏皇后を優先させた


そして典黙も絶世の美女たちが仲良くなれるように麻雀を創り出した


平凡で和やかな日々がやがて伏皇后の心の傷を癒し

甄宓もこのような日々を好きになった


典黙自身が亭主関白とは無縁で宮廷のような争いもなく皆すぐに仲良くなった


曹操が何回か訪ねて来ても伏皇后のお腹を心配しただけだった


冬が過ぎ春が来た

荊州の蔡瑁と張允も曹操に報せを出し、水軍の検閲するように誘った


この報せには曹操が興奮した

受けたその日に予定を組み典黙にも知らせた


伏皇后のお腹が日に日に大きくなり、典黙は正直行きたくなかった


最終的に出生の立ち会いと曹操を補佐する事で後者を選んだ典黙は出征の準備をした


「夫君、荊州は湿度が高いのでお身体をお大事になさってください」

正妻である蔡琰が先に別れの挨拶をした

婚礼自体が未だだが正妻としての礼節は欠かせない


「うん、書院の事であまり無理するなよ」

典黙は蔡琰の頭を軽く撫でた


効果抜群、蔡琰はすごく嬉しそうに頷いた


「旦那様、お好きな点心を分けて包んで置いたよ」

最近構って貰えなかった麋貞は少しも不満に思わずにいつも通りに明るい


「うん、荊州から帰って来たらちゃんと構うよ」

言い終わると典黙は麋貞の耳元で声を抑え

「最近笮融が尼さんと仲良くしてるから君も尼さんの格好を用意して置いてよ」


「嫌だもう、わかりましたよ」

麋貞はあかんべえしたが期待に胸を膨らませた


甄宓は何を言えばいいのかがわからないのでじっと典黙を見つめた


典黙は彼女の頬っぺを優しくつまみ

「家が恋しく思うでしょ?この度荊州に行っていつ帰って来るか未だわからないからこれを機に少し実家に帰っても良いよ」


「はい、ありがとうございます」


最後、典黙は伏皇后の前に行き彼女のお腹に手を当て、育む命の不思議さを感じた


「皇后様、この度荊州には少なくとも数ヶ月滞在する予定です。典府の周りには兄さんの調練した死士以外に魏王の巡防営も居る。僕が居なくてもここに居れば安全です」


ここ数日、彼女も典黙の実感して離れるのは惜しいが引き留めるつもりもない


「うん、あなたの選んだ道だから私は何も言わない。帰って来たら私たちの子も産まれた頃ね、男の子と女の子どっちが良い?」


「うーん…男なら僕のように聡明で、女の子なら君のように美しいでしょう!どっちも捨て難いね」


典黙の甘い言葉を聞いて伏皇后も頷いた


四人の妻妾に見守られた中、典黙は鎧を着込み府邸から出た


府邸内で別れを告げたのも伏皇后の事を考慮した結果である

彼女は蔡琰、麋貞、甄宓と違って外には出られないので落差を感じてしまうから


荊州に向かうのに大軍は待機させられた、この度の目的はあくまでも水軍の訓練結果を検閲するもので、結果が良ければ許昌の大軍を出動させても充分間に合う


曹操と典黙が虎賁双雄の護衛で十日かけて荊州に着くと蔡瑁と張允は既に江夏で待っていた


「魏王、城内に酒宴を設けてあります。どうぞ休息をお取りください」

蔡瑁は曹操の前でいつも通りの笑顔を見せた


「先ずは議政庁に行こう、具体的な状況を教えてくれ」

曹操は腕を振り、一行は城内に入った


議政庁内、蔡瑁が先に列から拱手して出た

「魏王、荊州と青徐、両水軍併せ計十九万。この一年間で既に長江の流れを掴め、両水軍の連携もできるようになりました!我が軍の楼船は三十隻、一隻二千人搭載でき、艨艟二千隻、赤馬千五百隻、闘艦千八百、海鵜二千隻、その他の補佐艦は数えきれません!この長江で江東の水軍を一挙殲滅できる自信があります!」


蔡瑁の自信に満ち溢れた言葉を聞いた曹操も満足そうに頷いた

「明確の短所は無いか?」


蔡瑁は張允と目を合わせて素直に答える事にした

「下流の流れと風向きは季節により移り変わるため、長年の経験がなければ慣れる事はできません」


この言葉に曹操の顔色は少し複雑になった


蔡瑁たちが正直に話したのは良い事だが、数年かけて調練するのも現実的では無い


「まぁ良い、伝令を出せ。二日後に演習しろ、この一年間の成果を余に見せろ」


「はい!」


江夏で二日の休息を経て、一行は長江に面した軍営に到着した


無数の大きさ異なる船が長江の上を右往左往し、風に靡く旗がパタパタと音を立てていた


澎湃の長江、浩瀚な水軍、凌烈な豪風、心を打つ戦鼓

どれも曹操軍の将兵たちを鼓舞していた


曹操は辺りを見渡し、大きく息を吸い込んだ

この時が来るのを彼は待ち侘びていた

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