二百六十二話 伏寿の決意

典黙の部屋内、典黙は珍しく伏皇后をからかわなかった

伏皇后を見ると典黙はすぐ飛び付いて抱き締めた

伏皇后も僅かに抵抗した後下ろしていた両手でゆっくりと目の前の男を抱き締めた


寒い冬、懐に香柔を抱えた典黙は温もりで胸いっぱいにした


しばらく無言で抱き合って、伏皇后は典黙を押し離れた

彼女は真剣な目で典黙を見て先に口を開いた

「聞きたい事がある、前にも聞いたがもう一度聞きたい」


「何なりと」

典黙の両手は依然と伏皇后の細い腰を抱えた


「私が皇后だから好きなのか?万が一私が皇后ではなくなればその気持ちも消えるのか?」


皇后様は僕の中ではいつでも皇后様だ

典黙はからかおうとしたが伏皇后の複雑な目を見れば深い意味があるとわかってヘラヘラの顔を真面目な物にした

「伏皇后だろうかただの伏寿だろうかこの気持ちは変わらない!」


「本当に?」


「本当だ!」


肯定的な答えを受けた伏皇后はここ数日受けた仕打ちが報われたと感じ典黙の肩に顔を寄りかかって涙を流した


最も平凡的な愛情も皇宮内では贅沢な物、簡単な肯定的な返答が伏皇后の心を温めた


典黙は泣いてる伏皇后の背中を優しく摩りながら聞いた

「陛下に勘づかれたのか?」


「うん…」


だからその質問をしたのか…


典黙もある程度理解した


皇宮に突入して劉協に向かって奥さんを頂いたともさすがに言えない

どうすれば伏皇后を安全に匿うのか典黙もわからない


「贈り物よ」


「えっ?」


伏皇后は涙を拭いて典黙から離れ、背中を向けて民服を脱ぎ去り、真っ赤な鳳袍が典黙の目に入った


振り向く伏皇后の笑顔が典黙の心を揺さぶった

「美しい!」


皇宮内では外臣の立ち入りは禁止されているので典黙は初めて伏皇后の鳳袍姿を見た


典黙はもう一度伏皇后を抱き抱えた

「とても美しい!ありがとうございます!」


「私が?それとも鳳袍が?」


「両方だ!」


伏皇后はもう一度頭を典黙の肩に寄りかかり、妊娠した事を伝えようとした


その時部屋の扉が開かれ

「天縦麒麟典子寂、一人可当百万軍!一体誰が皇后様の心を盗んだかと思えば、余の麒麟軍師だったか!なるほど!なるほど!」


いきなり入って来た曹操を見るとさすがの典黙も少し愕然した


伏皇后は少し怯えたが典黙の前に立ちはだかり、典黙を背後に匿った

「彼には関係がない、罪を問うなら私にしなさい」


典黙が伏皇后を引っ張ろうとした時に曹操は倚天剣を抜き出し典黙に向けた

「典黙!余のために武勲を建てたからってどんな事も許されると思ったか?皇后様との通奸は九族を滅ぼす大罪!子盛を巻き込みたくなければ今ここで死を持って謝罪しろ!数々の武勲に免じて君一人の死で九族を守ってやろう」


ありえない、魏王がこんな事で僕を殺すはずがない!だとすると…


典黙は伏皇后を一目見て曹操のやろうとした事を理解した


全く魏王は疑い深いね…


曹操は倚天剣を向けたまま典黙に近づき、伏皇后は典黙を庇ったまま後ろへ下がった

「魏王!お願いだ!彼を見逃して!私は絞首を受け入れる!」


「往生せい!」

曹操は倚天剣を突き出し、伏皇后は依然と典黙の前に立ち目を閉じた

倚天剣が伏皇后の目の前に止まり、曹操は少し様子を見てから剣を収めた

「余の思いすぎか…劉協の離間計では無い様だ…」

曹操が呟き、典黙は伏皇后の肩を叩いて目を開けさせた


「彼を許したのか?」


「僕が居れば大丈夫だ」


伏皇后は死ぬ事を恐れずに自分の前に立った

その出来事に典黙は少なからず感度した


「子寂、余と外へ来い」

曹操は伏皇后の疑問に答えずに典黙を外に連れ出した


部屋から出ると典黙は説明する言葉を考えている内に曹操が先にニヤニヤしながら振り向いた

「ほ〜ら見たか!余が正しかっただろ?」


突如のドヤ顔で典黙は固まり混乱した

あれっ?怒られるんじゃないのか…


「しかしな、陛下は伏皇后の妊娠を知ったぞ?これから事態をどう収めるかを考えなくてはならない」


「皇后様が…妊娠した?!」

典黙はますます混乱した


通りで様子がおかしかった…


典黙も自分が転生してから最初に植えた種が伏皇后の身出開花するとは思わなかった


「陛下の方は余が何とかするとしよう。しかしこの事を他の人に知られてはならない。それに月日が経つに連れお腹が膨らむ、上手く隠すしかないぞ?」


「えっと…魏王に決めてもらいます…全ては魏王に委ねます」

伏皇后が妊娠した情報の衝撃が強かったのか典黙の頭は真っ白になった


「ふーん、余の麒麟軍師であろう者が余の助けを乞う日が来るとはなぁ!良かろう、もう心配するな!上手くやって置く!」


曹操はそう言って出口に向かった

「しかし言っておくが伏皇后は数多くの暴力を受けて来た、君も責任を感じねばならないぞ」


曹操は軽快な歩幅で去った

典黙は曹操に対する感謝で胸いっぱいにした

この事件は全て自分が悪いのに曹操は何も聞かずに罪を問わなかった、ここに来たのも離間計を警戒しただけだった


魏王、あの時あなたを主に選んで本当に良かった…

典黙はため息をついて部屋に戻った


部屋で不安そうにしている伏皇后を見ると典黙は少し申し訳ない気持ちになった


もちろんその埋め合わせをしなければいけない

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