二百五十話 匈奴の反撃
横幅二丈の川が広い草原を二つに分け、二十二騎が川の側に馬を泊めて大自然をその身で感じている
「ここが三川河か?まさかこの俺がここまで来れる日が来るとは思わなかった」
長年荊州で服役していた文聘は典黙の配下に加わった直後に他国の奥地まで攻め込むとは夢にも思えなかった
「ただの支流だ、川の名は汾水」
典黙は地図を眺めながら答えた
「三川河の本流は未だここから数十里離れている」
「本流まで行きますか?」
開山斧を担ぐ徐晃が典黙を見て聞いた
「いや、ここで充分だ。砦を築こう!」
典黙は下流にある山を指差して話を続けた
「草原では兵を隠せない、あの山を利用して待ち伏せの準備をしよう」
山と言っても典黙の指さした山はせいぜい丘程度の物
しかしその高さは七八丈あり、兵を隠してもなんの痕跡も残さずで居れる
「子寂、ここで砦を築くのか?なにで?材木も竹も見当たらないよ?」
許褚は周りを見渡し不思議そうに聞いた
典黙は馬から降りて青釭剣で地面に突き立て、土を掘り返した
「土壁?」
楽進は首を横に振った
「軍師殿、ここ河套平原には草原しかない、粘度が足りません。水を入れた所で築いた壁は人の力で押し倒せます」
他の武将たちも皆頷いて土壁の頑丈さに疑念を持った
典黙は説明せずに曹昂を見た
「前に言った通りに始めてくれ」
「はい!」
武将たちは皆顔を見合わせ曹昂の後に着いて行った
残った虎賁双雄と趙雲、張遼、高順は少しも疑わなかった
今まで典黙ができると言った事は全て実現されたから
曹昂の命令で虎賁営、龍驤営、陥陣営が警戒に当たり、他の兵は皆土を掘り始めた
しばらくしてから草混じりの土が山のように貯まり
曹昂はやっと兵たちを休ませた
「公子、この後はどうします?」
張繍が心の疑問を口にした
「待つ」
曹昂は両腕を胸の前で組み、典黙のように勿体ぶった
「あっちゃ〜公子は軍師殿の悪影響を受けたな」
「ねぇ〜、前はもっと武将らしかったのに…」
武将たちは冗談混じりに雑談して待ち続けた
しかし夜になっても結果が見えず、皆も各自の営帳に戻った
翌日の正午、硝石と火油を満載した数十両の馬車がやっと姿を現した
「硝石を土に混ぜてから水を掛けながら壁を築け!」
施工管理に成り代わった曹昂が命令を出した
曹昂はもちろん理由も知らずに典黙の命令を復唱しただけである
武将たちもその施工を見ながら偶に首を横に振りながらコソコソと何かを話していた
兵士たちの動きが止まと同時に土壁も完成を迎えた
硝石を入れただけで壁が頑丈になるか?
武将たちが不審に思いながら高さ一丈、厚み二尺の壁を眺めた
硝石が足りないのでこれ以上の高い壁を築く事は出来ないが頑丈であれば確かに匈奴の騎兵を中に閉じ込められる
「これで終わり?大丈夫ですかこれ?」
楽進は終始信じられない顔をしていた
「終わりだ文謙、疑うなら確かめてみれば?」
典黙は頷いて答えた
楽進は頭を搔いて、武将たちの注目を浴びながら壁の前に立って、両手を壁に当てた
「冷たい!なんだこれ!?」
八月の河套平原は確かに少しずつ寒さを迎えたが、この壁は明らかに氷のように冷たい
楽進は不合理だと思いながらそのまま立ち尽くした
「それは重要ではないはずだ、頑丈かどうか確かめてご覧?」
典黙は楽進を催促した
楽進は両手に力を込めて押したが、顔を真っ赤にしても額の血管が切れそうになっても土壁はビクともしなかった
「軍師殿!どういう術ですかこれ?本当に動かないぞ!」
「本当か文謙?俺らも試してみる!」
曹仁、李典たちも好奇心に駆られて確かめたが結果は同じだった
「大した事は無いさ、土の中の硝石が役割を果たしただけだ」
典黙は満足そうに頷いた
「これなら匈奴の大軍を中で閉じ込められる」
確かに典黙の言うように大した手段はなかった、硝石が水と反応して吸熱反応を起こしただけだった
この時期の河套平原は昼間でも十二三度で夜になれば二三度まで下がる、そこで硝石の吸熱反応を加えれば土壁を頑丈な物に変えられる
典黙も曹操が馬超と戦った時のように氷の城を築く事を考えたが今は未だそんな極限の寒さがない
それに大きい城を築いたとしても匈奴兵たちが中に入るのを躊躇うだろう
土壁は高くないが匈奴兵が中に入れば簡単に逃げられない
土壁が出来てから兵士たちは集めた馬と羊の糞を中に敷き詰めた
一先ず事態が自分の予想通りに動いて、典黙は上機嫌だった
「先生、火油の手筈も整えてあり、いつでも流し込めます!」
曹昂は典黙の前まで行き、報告した
「うん、これから毎日兵士たちは鎧を脱ぐな、寝る時も武器を近くに置け」
「はい!」
この計画は中原で実行する時と違って相手がいつ来るか読めない
典黙にできる事と言えば警戒線を数十里まで張り、匈奴の大軍を発見次第昼間は狼煙、夜は子寂灯で本隊に知らせる事
これなら匈奴が着くまでには一時間を稼げる、しかしその間に兵士たちは火油を糞に流し込んでから丘の陰に隠れなければいけないので、時間の余裕はあまりない
討伐軍が待っている間に右賢王呼延骨は三万の匈奴兵を連れて三川河へ向かっていた
「王上、前方に砦を発見した!漢人の軍はそこに駐屯してる模様です!」
探索をして戻った斥候が報告をした
「ちょうどいい!日も暮れて来たし、奇襲の準備をしよう!」
一緒に出征した右大将軍呼延立は乾いた唇を舐めて笑った
「そうだな!勇者たちに準備をさせよう!夜になれば中へ入って皆殺しだ!」
呼延骨も同じようにニヤケた
「王上!あれを見てください!なんだあれは!!」
匈奴兵の一人が突如遠く離れた空を指差しながら驚いて居た
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