二百四十八話 交渉の準備
「彼女たちを本隊へ渡して探索を続けようぜ!」
「おお!今はヤル気しかない!」
「子盛、仲康!未だやれるなら今夜はこの草原を匈奴の血で染めよう!」
漢人女性を助け出した事で強い衝撃を受けたのか武将たちはかつてない程の殺意を覚えた
目には目を歯には歯を、彼らの中で揺るがない信念があるとすればそれはやられたらやり返すただ一つ
乾いた唇を舐めてから趙雲は首を横に振った
「いや、この戦闘はここへ来てから一番規模が大きい。子寂に報告しなくてはいけない、それに大量な羊や馬を本隊へ送るのにも人員が要る。ここは一度本隊と合流しよう!聞きたいこともある…」
統率力だけを考えれば曹仁、夏侯淵、夏侯惇も趙雲とそれほど変わらない。
それでも典黙が二十二騎の指揮を趙雲に任せたのはその冷静さを高く評価したからだ
「うん、主将がそう言うなら従うしかない」
張遼はため息をついて少し残念そうに言った
黄忠は彼の肩を叩いてから趙雲の後に着いて行った
部落で飼われた羊と馬の数は三万前後、戦いの混乱で少しは逃げられたが本隊へ移動した時には未だ二万前後あった
本隊の駐屯地へ行くと典黙は既に中央軍帳で待っていた
「大将軍様は命の恩人です!これからは大将軍様のために牛馬のように働いてこの御恩を返します!」
連れて来られた女性たちは中央軍帳に座る典黙を見て皆跪いた
彼女たちは軍職を知らないので取り敢えず偉い人を将軍と呼ぶようにした
「速く起きな」
典黙は彼女たちを起こして男の子の頭を軽く撫でた
「幾つになった?」
「六歳」
男の子は瞬きして答えた
「お父に言われて来たの?もう帰れる?」
「もう帰れるよ」
典黙は言いながら布袋を取り出し、その中から麋貞が準備した点心を男の子に渡した
受け取るのが怖いのか男の子はじっと点心を見ているだけだった
「大丈夫よ虎、この人は酷い事をしないよ」
安心した男の子はもぐもぐと食べながら女性たちと軍帳から外へ出た
典黙は二十二騎を集め篝火を囲うように座って、乾いた羊の糞を火に焼べた
草原では樹木が少ないので馬や羊の糞は大事な燃料になる
「この部落の匈奴は多かった、逃げられた人も少なくない」
弾ける篝火を見詰めながら話す張遼の顔は殺意で満ち溢れていた
「二三百人は逃げられた…」
典黙は軽く頷いて何も言わなかった、この結果になったのも仕方がない
包囲したと言っても周りは広い草原、逃げ道は幾らでもある
「弟よ、こっちに来る途中に聞いたけど、彼女たちのような奴隷はいっぱい居るってよ!部落一つずつ潰して行くのはキリがねぇぜ?」
典韋は溜息をつきながら話した
「何か他の良い方法ねぇのか?」
「もちろんあるさ!」
典黙はニヤリと笑った
「その要がこの二十二騎だ、匈奴の血を流せ、呼廚泉に痛みを与え、交渉の場に出て来てもらう!そして和平交渉の条件の一つが捕虜の全数解放だ」
数日の殺戮を経て、二十二騎の感覚が麻痺していて当初の目的を忘れていた
典黙に言われてから皆はやっとそれを思い出した
「子寂、実はもう一つ心配事がある」
趙雲は少し不安そうに話した
「火油を持って来たのは知っている、しかし呼廚泉が本当に大軍を差し向けても火攻めはあまり効果がないに思える。草原では林木がなく城壁もない、包囲できなければ火の手が上がっても逃げられてしまう。それに火油だけでは燃焼時間も短い、子寂はどうするつもりだ?」
典黙は乾いた羊の糞を趙雲の前でかざしてから篝火に入れた
「子龍将軍ご安心ください、先生はずっと家畜の糞を集めさせ備蓄しています。道中の篝火に使ってもたくさん残っています。更に火油と硝石を組み合わせれば充分な火攻めができます」
典黙の隣の曹昂が口を開いて趙雲の疑問に答えた
趙雲は頷いて少し安心した
「それじゃ壁を築く方法もあるのか?」
典黙は何も答えずに代わりに羊皮紙を取り出した
「僕らは既に万里の長城を超えた、これからは呂梁山の方角へ進む。三川河に着けば大量の水が手に入る、水があれば城を建てる事が出来る。そこで呼廚泉を引っ張り出すための最後の戦を始める」
「己吾侯様は既に手を打って居たですね!末将はやっと己吾侯様の麒麟手腕を拝めますね!アッハッハッ…」
李傕が突如に媚びを売ったが何も引き起こせなかった
笮融のような自然で心地良い媚び売りに比べれば彼の媚び売りは下手としか言えない
典黙も李傕の媚び売りを無視して再び地図を指さした
「我々の行軍路線は少しズレている、明日から東へ向かう、三川河を通り過ぎないようにね」
「あと数百里の道程がある、間に合いますか?」
曹仁も地図を見て聞いた
「呼廚泉も今頃我々の情報を受けたはずだ、しかしこの草原で我々の動向を掴むのも難しい。五日以内に着けば間に合う!壁さえ築けば呼廚泉の大軍が来ようが心配ない」
数日に渡る部落の襲撃だけで呼廚泉を引っ張り出す事はできない、襲撃はあくまで相手の大軍を誘い出すための物。
そして相手の大軍を屠れば呼廚泉も出てこざるを得ない
つまり交渉の準備はここでやっと形になった
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