二百四十六話 大きい標的
二十二騎は数日の内で河套平原の奥地まで入り込んだ
ここ数日目に着く部落は全て一人残らず殲滅された
殺戮の速度が速く、平均すれば一日四五部落が彼らの凶刃に晒された
それでも典黙は食料の調達に少し不安を感じ、二十二騎を急かしていた
二十二騎の戦力は確かに無敵と言えるが、未だに大きい部落を発見できず、獲得できる家畜も二三日の余裕しか確保できていない
そして十日目、探索に出た張遼が急いで戻って来た
「皆聞いてくれ!前方に大物があるぞ!」
一騎当千の猛将たちもこの話を聞けば興奮を抑えられないで居た
最初こそ小さい部落を襲撃しても少なからず爽快感を味わえたが、感覚が麻痺して行く内それも物足りないと感じていた
張遼の案内で二十二騎がとある丘の陰に隠れた
「そこだ!」
張遼の指さす方を見ると数里先に大小不一の営帳が目測で三百、営帳の周りにも柵が建てられ、巡回の衛兵らしき人影も見える
家族形式の部落ではなく単独の勢力だとすぐわかった
「大きい営帳は十五から二十名、小さい営帳は五から八名収容できる。つまりあそこには少なくとも八千の匈奴が居るなぁ!主力部隊の出番か?」
楽進が提案した
二十二騎の戦力が桁外れと言っても彼らだけで八千の匈奴を全滅させるのは無理な事だ、しかも万が一矢の斉射に遭えば彼らが命を落とす危険性もある
「伯平、陥陣営を連れて来てくれ!今夜、夜襲するぞ!」
趙雲は頷いて高順に話した
「はい」
高順は拱手して典黙が居る主力部隊に向かった
二十二騎と陥陣営なら兵法陣列を知らない匈奴を叩くのは簡単な事、なので武将たちも補充する事がなかった。
「へへっ、この部落を落とせば弟もしばらく急かす事ないだろう!」
典韋は部落の周辺に居る数え切れない馬や羊の群れを見てニヤけていた
皆も頷いた、羊一頭を分ければ七十人、馬一頭を分ければ百人、一日の食料になる。
つまりここにある馬や羊だけで主力部隊三ヶ月分の食料が確保される
「各自英気を養え、日が暮れると共に動くぞ!」
趙雲が手を叩いて命令を出すと二十二騎は丘の裏へ移動して目を閉じた
夜になり、営帳の周りに篝火が焚かれ、匈奴たちは篝火を囲み略奪の成果を互いに話し合っていた
匈奴の子供が篝火から油溢れる羊肉を取り出すともう一人の子供に目で合図して、二人ははしゃぎながら走り去った
二人の子供が営帳を通り過ぎて柵に囲まれた所へ着くとそこは暗く、数十名の漢人女性が家畜のように閉じ込められていた
彼女たちは皆髪がボサボサで虚ろな両眼をしていて、着ている服も磨耗で体を隠すのに充分ではなかった
無表情な彼女たちを前に、匈奴の子供たちは羊肉を振りかざし奇声で注意を引こうとした
同じ手を何回も使ったのか、漢人の女性たちは飢餓でやつれても無表情で反応を示さなかった
やがて一人の六七歳の子供が飢餓に耐えきれず母親の懐から這い出し、羊肉へ向かった
しかし手が届きそうなところで匈奴の子供がその肉を引っ込めた
同じような出来事が数回繰り返されるとその子も相手の意図がわかったのか、犬のように手ではなく口で受け取るようにした
その行動が正解だったのか、相手は今度肉を引っ込まなかった
ヨダレを流している口が肉に届きそうな時にもう一人の匈奴の子供が肉の代わりに焼かれた木の枝をその子の口に当てた
ジューッ
男の子の口が焼かれ、泣き叫ぶ声が静寂な暗闇に響き渡った
計画が上手く行ったのを見た二人の匈奴の子供が手を叩いて喜んだ
漢人女性たちは何が起きたのか分からないが泣き声に怯えて更に縮こまった
母親は泣き声が自分の子供のものだと気づいて急いでその子を抱えた
口の火傷を見れば何が起きたのか何となくわかった
しかし今の彼女にできる事も無くその子を強く抱きしめる事しかできなかった
子供の泣き声が大きかったのか大人の匈奴人を呼び寄せた
その匈奴人も匈奴語で何かを話すと二人の子供がはしゃぎながら走り去った
すぐ、柵の中は再び静まり返って、子供の泣きじゃくる声以外何も聞こえない
母親はその背中を摩り慰めていたが流れる涙すら枯れた
しばらくすると男の子が泣き止んで満天の星を見ながら母親に聞いた
「お母、家に帰りたいよ、お父はいつになったら迎えに来るの?」
「虎、明日だよ…明日になったらお父が迎えに来る…」
「本当に?」
男の子が瞬きしながら母親に聞いた
「本当よ、畑の麦が収穫の頃よ…刈らなければね…」
「うん!虎も手伝う!」
「偉いね!もう寝なさい、起きたらお父が迎えに来るからさぁ…!」
母親の声は震えていた、子供を慰める言葉を幾度も話したが叶わない願いだと彼女自身は知っていた
この話に共鳴したのか、他の漢人女性も啜り泣きをし始めた
この女性たちはこの部落に攫われた捕虜ではなく、一人を二頭の羊で買われた奴隷である
彼女たちはここへ来てどれだけの時間が経ったのかは知らないが月が十数回満ち欠けしたのを覚えている
そしてもう一つだけ知っている事と言えば、ここから自力で抜け出せない事
彼女たちの旦那さんは皆匈奴の略奪で命を落としたか他の部落で奴隷として閉じ込められている
自分の家族とは二度と再会できないが、空にある月を見る度に故郷へ帰る妄想を膨らませずには居られない
彼女たちの妄想の中ではいつも俊麗な男が白馬に跨り銀槍を持って彼女たちを解放してから"遅くなってごめん"と優しく声をかける
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