二百四十四話 正体

曹操は蔡夫人と一晩の会話が終わった

人妻の蔡夫人は男の扱いに対して自信を持っていたので手合わせの後に曹操に劉琮を荊州から追い出さないようお願いをした


曹操は蔡夫人の技次第で検討し直しても良いと伝えた

しかし男が寝床でした約束は当てにならない事を蔡夫人は忘れていた


翌日、母子二人共に大人しく許昌へ搬送された


気分爽快の曹操は嬉しそうに議政庁へはしゃぎながら向かって次の命令を出した

「子龍、余は数日後に江夏へ向かう、ついでに長江の様子を見て来る」


「はい、直ちに準備をします」


「あぁ、いい!余が自ら段取りしておく」

曹操は手を横に振った

「君も仲業たちと関中へ向かえ」


「僕も関中ですか?何か作戦があるのでしょうか?」


曹操笑って懐から例の名簿を取り出して趙雲に渡した

「君も見てみろ」


曹操から名簿を受け取り、それに目を通した趙雲はいつもの冷静な顔が遂に崩れ、目を見開いて驚いた

「子寂がこれだけの面々を集めて何をするつもりですか!?」


曹操は長く息を吐き出し、首を横に振った

「君は未だ子寂をよく知らないと見た、あの小僧はきっと又何か作戦を企んでいる!しかし子寂が口を開いたんだ、余が嫌とは言えんなぁ」


隣の曹洪も好奇心を堪えきれずに名簿をチラッと見た

彼も最初は趙雲同様に動揺したがすぐ不満に思った

「魏王、何故末将の名前が書かれてない?なんで俺だけ仲間外れだ?」


曹操は曹洪をチラッと見て少し困った

「子寂は何か計画がある時余も聞き出せない、若しかしたら単に忘れただけかもしれん」


曹操はもちろんその理由を知っていて曹洪も自覚がある

元を言えば曹洪は典家と仲が悪い、この結果もそのおかげだった


曹洪はムカついたが為す術もない、終いには歯を食いしばりながらとんでもない事を言い出した

「魏王、末将も付いて行きたいです」


曹操は空かさず手を横に振った

「それはダメだろ、余の近くに誰も居なくなる」


「はい…」


曹操にそこまで言われた曹洪は仕方なく引き下がった


「考えても無駄だ、行けば全てがわかる。他の将は既に向かっている」

曹操は考え込む趙雲を見て話した


「はい!」


「子寂よ、今度はどんな風に悦ばせてくれるのだ?いやっ、ダメだ!考えを改めねば!あの小僧が帰って来たらどんな褒賞を与えるのかを考えよう!」

曹操は再び名簿を手に取り首を振りながら一人で笑って呟いた


やがて長安城内に名簿通りの武将たちが集まった

最後に城門を潜った趙雲の姿を見た曹昂は城関の上に立ち尽くした

「凄い面々です…彭城の夏侯惇、済南の臧覇、魯陽の曹仁、許昌の夏侯淵張郃張繍…先生、父王配下一騎当千の武将がほぼ勢揃いですよ!何をするおつもりですか?」


両手を城壁に載せた典黙は興奮する気持ちを抑えられない

「この時代の燕雲十八騎を作る!河套平原を地獄に変える!匈奴が南下する度胸を無くす!城関に書かれた漢字を見るだけで逃げ帰るように教育する!見ていろ子脩、もうすぐ河套平原は屍山血河に変わる!この部隊は匈奴に恐怖を教えるでしょう!」


なるほど、先生は恐らく一騎当千の武将だけを集めて精鋭部隊を作り上げるつもりだろう、そしてこの精鋭部隊の戦力は確かに計り知れない、陥陣営の十倍と言っても過言ではない!


曹昂は燕雲十八騎を知らないが典黙の狙いは何となく理解できた


そこを理解した曹昂はもう一つの問題にも気が付いた

普段各州各郡に配置される武将たちは一箇所に集めてもその戦力を活かしきれない、しかし広い河套平原なら話は全く別になる。

河套平原には城も要塞も無く、部落が点在するだけ

そこでこの精鋭部隊を投入して部落を一つずつ潰して行ける


「子脩、伝令を出して皆を練兵広場に集めてくれ、宣誓を行う!」


「はい!」


一刻の時が過ぎ、各州郡から集った武将たちが長安城の練兵広場に集まった


典黙が点将台に立ち、集まった面々を見渡した

趙雲、典韋、許褚、黄忠、張遼、張郃、高順、陳到、李厳、夏侯惇、夏侯淵、曹仁、文聘、魏延、張繍、于禁、楽進、徐晃、李典、臧覇、李傕、郭汜


現時点で曹操軍に居る猛将、個人の武芸だけを追求するならこの部隊より強力な部隊は存在しないだろう、この鋒を誰が止められるだろう


ゴッホン…

典黙が咳払いをすると雑踏としていた武将たちが皆静かに彼を見上げた


「諸君、君たちは皆何処かを任せられた上将、若しくは一郡の太守、中には統帥も居るでしょう!しかしここでは今までの身分を忘れてもらおう!今日から君たち二十二名は一つの騎兵隊、この隊は匈奴討伐軍の主力から五十里離れ。君たちの任務はただ一つ、姿を現した匈奴を皆殺しだ!…老若男女問わず、動く匈奴を片っ端から息の根を止めろ!」


「はい!」

張遼が真っ先に返事した

「必ず、匈奴を駆逐して見せます!」


しかしそれ以外の武将たちは異様な目で典黙を見た

今までの典黙は無駄な殺戮を好まなかった

彼ら自身も老若婦女を手にかけるのはみっともない行為だと認識していた


典黙が長く息を吐き出した後話を続けた

「諸君の知っての通り、匈奴が南下して掠奪する際相手を選ばない!奴らの通った跡、生き残れる者は居ない。幼い虎でも成長したら人を襲う、あの年寄りたちも若い頃に漢人の血で手を染めてない保証も無い!乗り気じゃない人は今すぐ列から出て良い、強制はしない」


武将たちは顔を見合わせたが列から出ようとする人は一人もいなかった


「よろしい!皆の心が一つなら規律を一つ建てる!」


典黙は青釭剣を抜き出し、天を指した

「戦場で匈奴を逃がす人が居るなら僕が斬る!今までどれだけの武勲を持ってようか、どんな身分に立っていようか関係ない!わかったか?」


「軍師殿のご命令を肝に銘じます!」

二十二名の猛将が腕高く突き上げ、声を揃えて叫んだ


「趙雲、張遼、出列!」


「はい!」

二人が拱手して列から出て返事をした


「趙雲を主将、張遼を副将に任命する!二人でこの部隊を纏め上げろ!」


「はい!」


全ての準備が整え、典黙は青釭剣を鞘に納め下に居る猛将たちを見て拱手した

「各将軍!単なる復讐は侵略を止めることはできません!しかし復讐と思わせる事ができれば呼廚泉を引っ張り出せる!今河套平原に閉じ込められている大漢の百姓が未だ十万以上!僕、典黙、彼らの代わりに礼を申し上げる!」


「殺!殺!殺!」

二十二名の鬨声が天まで響き渡り、人の鼓動を速くした


「三日後!目的地を河套平原に定め、進軍だ!」


「必勝!必勝!必勝!」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る