二百四十一話 最強部隊
典黙の質問に張遼が刺激され、彼も李傕と郭汜を睨みつけた
この二人の事を張遼も知っていた。
武勇ある二人が匈奴に手も足も出ないと思うと張遼の眼光は徐々に蔑むものへ変わった
二人は急いで手を振り、李傕が先に訳を話した
「己吾侯様、我々の武力が群を抜く程のものではないが匈奴如きに遅れを取る訳ではありません。お互い列陣して正面から戦えば匈奴など眼中にありません!」
郭汜も李傕の話に便乗して説明した
「そうですよ己吾侯様!しかし匈奴のヤツら毎回正面衝突を避け、軽騎兵で略奪をしてすぐ帰って行きます!河套平原と関中は無数の道で繋がりますので防衛のしようもできません!何回か追いましたが兵力が少ないと返り討ちに遭うし、大軍で行くなら後方が心配になります」
郭汜はそう言いながら隣の李傕をチラッと見た
つまりこの二人は常に相手を警戒して大軍を出せない、だから匈奴の略奪行為を今まで容認したのか
張遼がそう思うと虫唾が走り、唾を吐き捨てた
軽蔑されても二人はもちろん何も言い返せない
この状況で逆上してしまえば虎賁双雄がどんな対応をして来るのか、火を見るより明らかだ
そして典黙もただ単に二人を辱めようとした訳ではない
「ここ数年の間に匈奴たちが何回略奪に来たのか覚えているか?」
李傕は俯いたままチラッと典黙を見て、震える手を開いた
「五…五回です」
典黙は頷いて目の中から殺気を漂わせた
「五回ね、なら奴らは相当貯えているでしょ?少し金と家畜を貸してもらおうか!」
典黙の発言で場の空気が固まった
「己吾侯様、匈奴を討伐しに向かうつもりですか?」
郭汜が恐る恐る聞いた
典黙は帥椅の背もたれにに寄りかかって頷いた
「奪われるだけではいい気がしないでしょう?やられたらやり返すまでだ!異論はあるか?」
「ありません!しかし、己吾侯様、ご存知ないと思いますが河套平原は広い草原で我々は土地勘がありません。匈奴の王廷に着く前に道に迷ってしまいます。それに匈奴は部落型式で遊牧し、拠点が定まらない。我々が大軍で向かった所で拠点を突き止めなければ力を発揮できません」
李傕は頷いたが遠回しに危惧すべき点を幾つか挙げた
「そうですよ己吾侯様、匈奴の奴らは旗色が悪ければすぐ逃げ出します!我々は歩兵を連れて行っても追い付きません。しかし百万の匈奴を駆逐するのに一体どれだけの騎兵が必要ですか?」
郭汜も李傕の話に補足するように言った
二人が話終わると典黙も張遼を見た、異族に対する憎しみを持った男、張遼も仕方なく頷いた
「軍師殿、この二人の言った事も一理あります。かつて末将が雁門に居た頃も鮮卑の侵攻に対して狼煙台で自軍に報せて反撃しました。その目的も鮮卑を城関前で殲滅する事にあります、一度取り逃してしまえば追うのが不可能に近いです」
これには典黙があまり気にしなかった
「うん、わかってる。僕も別に草原で匈奴の主力部隊を探すつもりはない、効率が悪いからね。王廷が見つからないなら呼廚泉に出て来てもらうだけだ」
李傕と郭汜は互いに顔を見合わせ、典黙の考える事がわからなくても反対意見を述べる事もできない
「そうですね、己吾侯様ならきっと何か良策があるのでしょう!」
「ええ!末将たちがお役目に立てるなら本望です!ご命令とあらばこの命を預けます!」
「今日はとりあえず酒宴を楽しみましょう」
李傕と郭汜の素直な態度を見て、典黙はこれ以上責め立てる気も失せた
関中の酒宴は許昌に比べれば質素な物だった、腹ごしらえを済ませた典黙は二人を帰らせた
典韋と許褚も珍しくほろ酔いで巡視に出かけた
「何か言いたそうにしているね文遠、遠慮しないで良いよ」
「軍師殿、本当に匈奴を討伐するおつもりですか?」
張遼は拱手して目の中の興奮を抑えられない
「当然!正直に言う、僕は関中に来る前に既に作戦を立てていた」
「軍師殿、末将の知っている限り、河套平原の匈奴は略奪に力を入れていません。匈奴の主力は西河の当たりに居るはずです。なので、匈奴を討伐するなら并州から出兵した方が理にかないます」
典黙は微笑んで首を横に振った
「文遠、先も言ったが広い草原で匈奴の主力を探すのは効率が悪い。今回の目的は呼廚泉を引っ張り出す事だ」
張遼は少し混乱した。
土地の占領と城攻めなら策略が役に立つが、今回のような相手の主力の居場所すらわからない戦いで一体どんな手段が通じるだろうか
しかし張遼は神として崇めている典黙を疑うのも失礼だと思ってこれ以上何も聞けなかった
「文遠、今回匈奴を討伐する要は僕の謀略ではなく、君たち武将の武芸だ。既に魏王にお願いして最強の部隊を用意してもらった。この部隊が集えば必ず呼廚泉を引っ張り出せる!」
「最強の部隊…ですか?」
張遼は更に混乱した
「まさか、伯平の陥陣営よりも強力ですか?」
「ええ、この部隊の戦力は陥陣営の十倍以上だ!少なくとも討伐の間はね!」
陥陣営の十倍?有り得るだろうか…
張遼は大きく息を吸い込んだ。
彼も数多くの修羅場を潜り抜けた男だが陥陣営より強い部隊を今まで見た事も聞いた事もない
「安心して文遠、時が来れば分かる!一ヶ月後に到着する予定だ。しかもあの二人が思ったよりあっさり降伏したのが運がいい、しばらくここでのんびりして居よう!ついでに各関門の防衛も調整しておこう、特に潼関だ、あそこは西涼に続く喉元、文遠にしか任せられない」
"文遠にしか任せられない"これはお世辞などではなかった、虎賁双雄は武力こそ優れているが防衛の調整を任せるのには不安が残る
張遼は頷いて拱手した
「はい、これしき事ならお任せ下さい!しかし我々の兵を連れて行ったら李傕と郭汜の数万兵を抑える兵力が無くなります、彼らを信用して大丈夫ですか?」
典黙も張遼の慎重さを高く評価している
「そうだね、彼らの部局を数回に分けて許昌へ送ろう。元直が許昌で監督官をしていて暇そうにしているから少し仕事を分けてあげよう」
監督官は本来虚職で兵力を動かす権力は無いが曹操は信頼の証として徐庶に兵力の編制権を与えている
徐庶もこれには大いに満足しているのか、叶県から許昌に戻ってから明るくなり喋るようになった
「はい、わかりました!」
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