二百四十話 関中の酒宴

典黙軍の行軍速度はゆっくりとしていた

のんびりと行軍して、司隸部に入ると皆は気が重くなった


この度の出征で統率する将軍は四人、典韋、許褚、張遼と高順、曹昂は統率ではなく典黙の護衛。


典黙と典韋は天子奪還の時に長安へ来た事がある、張遼と高順も昔はここに居た事がある


昔の司隸部も多少寂れていたが人口は少なくなかった

しかし今は長安に近づけば近付くほど道中の村の人影が少なくなった、残された村人も軍を見れば一目散に逃げて行った


張遼は手網を持ちながら哀傷に浸っていた、ここの変化が彼にとって衝撃がとても強かったようだ


「先程、餓死寸前の老人を見かけて食料を少し分けてあげた。そしたらお礼に情報を教えてくれた、関中の百姓たちは戦争から逃げるためにここを出た。李傕と郭汜は残された人たちの死活も気にしてないらしい。戦争で一番の被害者は結局百姓たちだ」


「あと河套平原の匈奴!」

張遼の隣に居る高順が言い終わると張遼は声を荒らげた

「奴らは毎年毎年秋の収穫時を狙って南下して略奪を行った!銭糧だろうか家畜だろうか人だろうか皆奪って行きやがる!毎回多くの百姓が殺された!俺が董卓の配下に居た頃は匈奴も大人しかったが李傕と郭汜は穀潰しにも程がある」


張遼の両親が鮮卑の略奪で命を落とした、彼も幼い頃から異族の侵攻を抵抗する戦いの中で成長した。

なので高順はそれを知っているので張遼の怒りを理解している


「文遠、いつか約束通り仇を取らせる。その前に、河套平原の匈奴たちに愚かな行いの代償を払わせる。それも今回の目的の一つだ」

典黙が静かに言った


大漢の軍事力は強いが正面衝突を避ける侵略者に対して力を発揮できない

特に関中での匈奴の略奪行為は幽州の鮮卑に引けを取らない


典黙が前回長安で蔡琰を許昌へ連れて行かなければ彼女も匈奴に攫われていた


「軍師殿…この百姓たちの代わりに感謝します!」

張遼は拱手して礼を言った


長安に着く前に李傕と郭汜の投降の手紙が届いた


手紙に目を通した典黙は軽く笑った

「底なしの間抜けではないみたいだ、戦いを避けられるなら願ったり叶ったりだ」


「軍師殿、お気を付けください。この二人も卑怯な輩、簡単に信用してはいけません」

張遼が注意を促した


「安心しな文遠、僕と知恵較べをするには未だ程遠い」


数日後典黙軍が長安城の前に到着した


李傕と郭汜も誠意を見せ城門を開いた

城関の上にあった"李"と"郭"が書かれた旗も降ろされて代わりに"曹"の文字が書かれた旗が掲げられていた

出迎えに出た兵士たちも皆丸腰で李傕と郭汜の二人は片膝を地につけて両手で佩剣を頭上に持ち上げた


虎賁双雄が佩剣を取り上げると典黙がやっと口を開いた

「お二人、もう起きて良い」


「魏王配下の麒麟軍師は少年英雄であるとお噂に聞いております。百聞は一見にしかず、やはり才貌兼備であります!お目にかかり光栄です」

李傕はガサツな武人かと思えば意外と口も上手だった


「己吾侯様、末将の配下は歩兵一万八千、騎兵六千。稚然の配下は歩兵一万二千、騎兵八千。合わせて四万四千の兵は全数城外の軍営に居ますのでいつでも点呼できます」

郭汜はそれ程上手い事を言えないので兵力の報告をした


典黙は満足して頷いた

「魏王からの言伝だ、二人とも旧知なので悪いようにはしないとね」


「ありがとうございます」

二人は拱手して東の方へ一礼した


どれだけ誠意を見せられても典黙は少しの油断もしなかった

張遼が先に命令を受けて五千の虎賁営で城内の守備を引き継ぎ、何の問題もないと確認してから典黙たちが城外の軍営に向かった


これらの確認が全て終わったあと典黙たちの三万大軍がやっと李傕と郭汜の案内で長安に入った


ここまでしても張遼は依然と気を抜かず、城門を全て固く閉ざしてから城関の防衛設備も整えた

長安城の法律も同時に許昌の物が適応された。


夜になり、議政庁には既に酒宴が設けられた。

お酒を一切飲まない高順は参加しなかったが張遼は典黙に無理やり参加させられた


張遼と高順は安心できないから巡視するつもりで居るが典黙はその必要がないと思っていた


長安城の城壁は高さ五丈以上ある、内側から開かなければ三万人の守備隊が居れば十万以上の敵を防ぐのも容易い事


「さぁ、己吾侯様!遠路はるばる許昌から関中へ来て頂いて光栄です!一緒に酒を楽しみましょう!」

李傕はにこやかに杯を掲げて典黙へ敬意を払ったが典黙は無表情で二人を見ていた


無言で見られた李傕と郭汜は少し気まずそうにしていた


「先程君たちの税収、庫録に目を通したが、二人とも関中を長年支配していたでしょう?なんでこんなに貧乏なんだ?三万の歩兵の内、一万二千が鎧すらもない」


二人は恥ずかしそうに少し俯いた


「質問に答えろ」


許褚が一声あげると李傕が急いで拱手した

「己吾侯様、ご存知ないでしょうが。董卓が来て以来百姓たちは百万単位で逃げて行きました。我々もただの武人なので政治が苦手です、関中をここまで凋落させたのは我々の落ち度です」


「はい、我々の落ち度です!」

郭汜も拱手して話した


典黙は首を横に振りながらため息をついた

「そんなに貧乏ならお金持ちから金を借りれば良かったね」


李傕と郭汜は互いに顔を見合わせた

「己吾侯様、関中の豪族は皆逃げて行きました。お金持ちなど残っていませんよ?」


郭汜は少し瞬きしてから試すように聞いた

「この辺りに白波賊と言う山賊が居ますが彼らの事ですか?」


この二人は山賊から金品を奪う発想が出てくるほど追い詰められていたのか…

典黙は少し憐れむ目で二人を見たが話題を変えた

「河套平原から毎年匈奴が略奪に来ると聞いてね、君たちは匈奴にすら勝てないのか?我々の百姓が凌辱されるのを黙って見てるだけか?」

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