二百三十七話 お財布事情
曹操の気が少し緩んでいるのは仕方ない
歴史では曹操が北国を一統して、帝党派閥を粛清したのは紀元二百七年。
歴史が変わった今では六年も前倒しになっている
そして何よりもここ数年で確かに苦しい戦いを経験して来なかった
戦いの結果はどう転んでも勝つ!
認めたくないだろうが、この気持ちが気の緩みに繋がる
しかし典黙はそんな気の緩みを許さない。
特に歴史が変わった今では次に何が起きるのか未来人の彼にもわからない
何が起きるかわからないなら脅威を未然に防ぐまで
そう思いながら典黙は王府へ向かった
王府に着くと曹操は既に王位に座り、目の前の山のような書類に向かって仕事をしていた
うわぁ...これだから東観令より上に行きたくないんだよな...
「彼奴らが君を訪ねただろう?」
曹操が典黙をチラッと見てから再び書類に集中した
「さすが魏王、そんな事もわかりますか!」
「ふんっ、最近大鴻臚とつるんでるのか?人の褒め方まで覚えた」
曹操は立ち上がって屈伸をしてから典黙の肩を叩いた
「さぁ、庭へ行こう」
曹操が魏王になってから王府の庭園も一新された、その規模は後宮の庭園に匹敵する
亭、榭、廊、閣、軒、楼、台、舫、庁、堂の全てが揃っている
中でも最も目を惹くのは池の真ん中に聳え立つ石の築山、幽谷のように渓流を流し江南の景色を再現している
「彼らにはわからないが少し困難がある…」
二人は肩を並べて歩いて、曹操が先に口を開いた
「当ててみますね。今の関中は李傕と郭汜の争いで荒れ果てている、廃墟とまで行かなくても百姓の暮らしが苦しい。そこを手に入れても莫大な財力と人力を費やし修復しなければいけない。それに加え、討伐する際の出費も重なればその額は測り知らない。魏王は今財力を水軍増強と戦艦の建造に回しているのでその余裕はもはや無いでしょう?」
曹操は典黙を見て暫く立ち尽くした、この気持ちを理解される感覚が彼を少し感動させた
「やはり君に隠し事は無駄か…それだけではない、北国を占領した後烏桓を安定させるのにもお金が必要だった。幽州の復興、并州のイナゴ災害、青州の洪水、これらにも莫大な財力を投資した。はっきり言って今の国庫は既に空っぽ、関中を討伐する財力はあってもそれを復興する財力はない。この話は君に話せるが奉孝たちには言えない」
曹操も大変だった、領土が広くなった事は良い事だが管理するのにより多くの労力が必要だ
策士は戦の事だけを考え、戦術を練るだけで良いが王は戦争に勝ったあとの事も考えなくてはいけない。
「荊州は?天下の財布と言えるだけあって魚米の郷、そこの税収は見込みあるのでは?」
二人は近くの涼亭に入り腰を下ろした
「劉琦と劉琮は既に各郡の税収、人口、耕地をまとめて提出した。しかしそれも精々并州のイナゴ災害を緩和する程度に過ぎない」
「家計が火の車って事ですね…」
曹操は眉間にしわを寄せているが対して典黙は涼しい顔をしている
「子寂は余裕そうにしているという事は何か手があるのか?」
「魏王、水軍増強の経費から三万の兵糧を捻り出してください。二ヶ月後には銭糧百万をお返しします!」
典黙の話を聞いた曹操は後ろに仰け反り目を見開いた
「関中の様子を知らないのか?君なら李傕や郭汜に勝つのは疑う余地もないが長安城内にはそんな財力も無いだろう?」
「もちろん李傕と郭汜からは何も得れませんよ」
「あの二人以外誰が居る?白波賊か?金があるなら盗賊などにはならないだろう?」
典黙も説明をせずに懐から地図を一枚取り出して、指である場所に丸を書いた
曹操はそれを見て鼻で笑った
「奴らなら確かに金を持ってるかもしれんが掴みどころがない、戦う前に逃げるだろう。三万の大軍は力を発揮できない、余は承認できないな」
「魏王、三万の兵力は李傕と郭汜のために用意した物。コイツらには別の部隊を用意していますよ」
「計画があるなら少し聞かせてもらおう!」
典黙がいつも用意周到の戦いしかしない事を曹操はもちろん知っている、しかし今回ばかりは少し心配していた
典黙は慌てずに懐からもう一枚の布を取り出して曹操に渡した
「この人たちが必要です。魏王、彼らを集めてください。そうすれば二ヶ月後には相手が大人しく銭糧を関中まで届けるでしょう!」
布の名簿に目を通した曹操は大きく息を吸い込んだ
「此奴らは…!子寂、これだけの面々を集めて何をするつもりだ?」
「もちろん抑制力ですよ、でなければ相手が大人しく銭糧を渡してくれませんよ」
典黙は依然と自信満々に言った
「なるほどな…」
典黙が予め名簿を用意したのを見れば次の作戦が突然な思い付きでは無い事が分かる
やがて曹操の疑念も晴れ、頷いた
「子寂、君が言うなら信じよう!三万の兵を連れて行くと良い、兵糧も用意しよう!名簿の奴らも一緒に連れて行くのか?」
「いいえ、李傕と郭汜が相手ならその必要はありません、魏王が荊州に着いてから僕の所へ向かわせてください」
曹操も頷いた
「荊州を安撫したら江東も防戦に備えるだろう、向こうから何か仕掛けるとも思えない!君の言う通りにしよう!」
「魏王、長くても二ヶ月。二ヶ月後には約束の銭糧が届きますから、心配要りませんよ」
典黙はそう言いながら机に置いてあるお茶を啜り出した
「小僧、余が君の計画を心配した事があったか?どうせ今度の関中攻略も二の次で、主な目的は例の奴らから金を巻き取る事だろう?」
典黙は何も言わずに、へへっと笑って黙認した
「いつ出発する?」
「五日後ですかね」
「良いだろ!虎賁営、龍驤営、陥陣営も連れて行け、子盛と仲康もだ!李傕と郭汜は匹夫だが董卓の旧部、統率力は当てにならないが武力は大したものだ。何よりも君の安全が重要だ!」
「魏王も道中お気をつけて」
曹操は典黙を見て大きく頷いた
「用事が済んだら襄陽城へ来てくれ、余はそこで待って居る」
「はい」
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