二百三十六話 説得できる人
そこからの日々は粛清後の清々しさが曹操を楽しませた
朝廷内にはもはや帝党派閥が居なくなり、曹操は劉協よりも天子らしく振舞っていた
今までの劉協は機嫌が悪ければ朝議に出ようとしない、その時は決まって曹操が倚天剣を持って劉協に朝議するようにお願いした
しかし今は違う、劉協が朝議に出ないと言い出しても曹操は代わりに朝議するようになった
下に居る大臣たちも劉協が居る時よりも気が楽になる
典韋も忙しい日々を過ごしていた、彼は暇があれば夏侯涓に会いに行っている
夏侯淵は少し嫌がっていたが何も言えない、典韋も夏侯淵の気を察して典黙に相談した
曹操は典黙から事情を聞いてから夏侯淵を呼びつけて説教をした
「子盛になら涓ちゃんを委ねても良いだろう!余が仲人となる!それ以上口出すな!」
夏侯淵はもちろんその事について反論もできなかった、正直彼自身も少し誇らしかった
その後、曹操が荊州の安撫について準備をしていると賈詡が関中から帰って来た
「魏王、李傕も郭汜も朝廷の指示に従うと意を表明しました。しかし一人は旧傷が痛む、一人は病に伏したと言い、許昌に向かうのが少し遅くなると言っております」
「ふん、下手な言い訳だ」
「魏王、李傕と郭汜の兵力が合わせても三四万に過ぎませんが三秦の要地を占拠しています。あの地は西の玄関、この二人は勧告を受けないのであれば討伐するしかありません。後顧の憂いになるのは危険です」
郭嘉が先に出て来て話した
王位に座る曹操は髭を弄りながら首を横に振った
「李傕と郭汜は単なる草冠、余が袁術と袁紹を相手にした頃すら何もしなかったのがその証拠だ。あの二人はただの諸侯に甘んじている、余の土地を狙っているならあの時に動きを見せたはずだ。これからは南下して呂布孫策劉備を叩く、成功すればあの二人も勧告を受け入れるだろう!」
「魏王、今は状況が変わりました」
荀攸も拱手して出て来た
「李傕と郭汜は草冠かもしれませんがその背後には涼州があります。ここ数年で馬騰と韓遂が既に涼州を安定させ、羌族の部落も多く従っています。今の涼州では馬騰と韓遂は短時間内で二十万の兵力を招集できます!これは無視できません」
「私も同じ意見です、関中要地は我々の手中に無くてはいけません」
いつも何も言わない賈詡も珍しく口を開いた
典黙が自宅でのんびりしている中、三大謀士が意見を同じくしている
これには曹操もよく考えなくてはいけない
しかし曹操はじっくり考えた後、先と同じように首を横に振った
「この事は一先ず考えさせてくれ、もう下がって良い」
「はい」
三人は王府から離れた後肩を並べて歩いた
「最近の魏王は少し緩んでる、三秦の要地は命脈の所在だ。今まで何も起きなかったのは涼州が混乱していたお陰だ。しかし今の涼州、南の戦線が少しでも綻びを見せたら一気に向かって来るでしょう!そうなれば南の戦線から救援に向かっても間に合わない」
郭嘉が一番先に口を開いた
「ここ数年子寂のお陰で圧倒的な勝利以外の結果がなかった。軍中の誰もが感覚を麻痺させた、魏王も例外ではない」
荀攸も感慨深く呟いた
「魏王の口振りから察すればやはり呂布孫策劉備を先に叩いてから各方面に降伏勧告をするつもりでしょう」
郭嘉は少し苦悶そうに酒を一口飲んだ
この結果に郭嘉は満足しなかった、厳密に言えば謀士の三人とも満足しなかった
この脅威を前持って摘み取ることができるのにそうしない理由を三人とも理解できない
関中を落とすのに必要な兵力は五万あれば事足りる
そして五万の兵力を集めるのに今の曹操なら容易い事のはず
「魏王は江東の事を焦っているかもしれない、我々では説得できない」
荀攸は残念そうにため息をついた
ずっと黙っていた賈詡がここでやっと口を開いた
「お二人とも、そう気を落とす事は無い。我々が説得できないなら、説得できる人にお願いをすれば良いでしょう」
二人同時に賈詡を見てニヤリと笑った
「文和、関中から帰って来てから未だ子寂と会ってないでしょう?」
「そうだよ文和、子寂と仲が良い君なら適任だ」
まったく...厄介事に巻き込まれたくないから君たちに教えたのに、策士策に溺れるとはこの事か…
「わかりました、私が行きましょう」
典府内、典黙の生活は素朴で単純な物だった。
典黙は書院と自宅を行き来するだけでそれ以外の所へは一切行かななかった
伏皇后との離別を境にもう暫く彼女と会っていない
「先生の剣、名を青釭!どんな鎧も豆腐のように切り裂き!まさに天下無二の至宝!!!」
笮融は典黙の青釭剣を掲げて暫く眺めてから典黙の胸当たりを撫でた
「先生の鎧、名を金糸軟甲!どんな武器の攻撃をも跳ね除け防ぎ、無敵の防御!!!」
笮融は青釭剣を下ろしてから数珠を弄りながら目を輝かせて典黙を見た
「二つの至宝を持つ先生こそ文武両道!無敵の知恵に無敵の武力も加わり、天下無敵とはこの事よ!!!」
パチパチパチ...
笮融は言い終わると自分勝手に拍手して典黙を褒め讃えた
笮融からすれば王府には頻繁に行かなくても良いが典府にはちょこちょこ顔を出さなければいけない
典黙はため息をつきながら金糸軟甲を脱いで笮融に着せた
「大鴻臚、それでは矛盾だね。金糸軟甲と青釭剣、どっちの方が上だと思う?」
「どうでしょう...先生、なんで金糸軟甲を私に着せたのですか?」
「いやー、僕もずっと気になっていたので。君に着せて僕が青釭剣で刺してみるね!大丈夫、すぐ終わるから」
「先生、私たちは教養のある身分ですぞ。お戯れは程々にしないとっ!」
典黙の冗談に笮融もあまり気にしなかったが金糸軟甲をおとなしく脱いだ
「あのさぁ大鴻臚、二日三日置きに僕の家に来て疲れないの?未亡人を探しに行かなくても良いのか?」
笮融は典黙と一緒に居る時間が多くなってから図々しさにより磨きがかかった、今では典黙の皮肉をものともせずに居座り続けた
「先生、未亡人と言えば城東に居る張農夫が最近亡くなった。その奥さんはなかなか綺麗な婦人で私は既に噛み砕いた!先生が今夜行けばすぐ召し上がれますよ」
「消えろ!」
典黙が青釭剣を振り回し笮融の後を追いかけ、笮融はゲゲゲっと変な笑いを上げながら入って来た賈詡と出口でぶつかった
「文和!珍しい客だな!お茶でもして行きな、中へどうぞ!」
典黙は青釭剣を収め、賈詡の手を引っ張り中へ入った
賈詡は頭が良い上に話し方も人に不快感を与えないので典黙はとても気に入ってる
賈詡は珍しく遠回しに話さずに来た目的をすぐ話した
「魏王は南下の事を焦っているように見える、関中要地に関する助言を君から言って欲しい」
賈詡はお茶を下ろし感慨深く話した
「今の魏王は君の助言以外聞く耳を持たないでしょう...」
「文和、度が過ぎる褒め言葉は人をダメにしてしまう事を君がよく知っているでしょう」
典黙は揺り椅子にぐったりしながら賈詡をチラッと見た
「しかし、三秦要地を優先する事に僕も同意だ。明日王府に行ってみるよ」
賈詡は頷いた
「今の魏王を説得できるのは君しか居ない、しかしこれも良い事だ。ここ数年は順調過ぎた、誰か一人、魏王を止められる人が居た方が安心できる」
「未だ王府に行ってすらないぞ?聞くかどうかなどわからないよ」
典黙は両腕を枕代わりに頭の下に敷いて空を見上げた
「君が魏王の宝である事を誰もが知っている、君の話なら魏王は否定するはずもない」
賈詡は言い終わるとへへへっと笑い出した
「文和がそこまで言うなら、これは説得しなければいけないなぁ!」
典黙も賈詡と目を合わせて同じように笑い合った
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