二百三十三話 政変成らず

許昌城の防衛は常に三部隊に任されている。

城外に居る拱衛営は主に城門や城下町の安全を守る

その次は巡防営、主に暴徒の鎮圧と城内の見廻りを担当する

そして最後は御林軍、基本的には皇宮の安全を守り、三部隊の中では最も精鋭である


しかし今の許昌城は訳が違う、御林軍の戦闘力は陥陣営が偽装した巡防営の前では全く話にならない


そしてこの日の叛乱に参加したのは御林軍総勢五千名中の千五百名程度


越騎校尉王子服、長水校尉种輯、少府耿紀の三人がこの千五百名の御林軍を引き連れ王府へ向かった


自信満々、高を括る三人は王府に着く前に八百の巡防営と出くわした


虎賁双雄の率いる八百の巡防営が千五百の御林軍をあっさり蹴散らし、城内で合図を待っていた張遼や張郃も平民を装った虎賁営でそれらを取り囲んだ。


圧倒的な力を前にして、この茶番が僅か二刻で収束した


「伯平、陥陣営で王府を守れ!俺は仲康と中へ入る」


「あぁ、任せてくれ!」

高順は拱手して答えた


典韋は許褚と二人で王子服などの叛乱軍首謀を王府へ連行した


この日は玉璽を授かる祭日なので王府の中には自然と曹操の親戚たちが揃っていて、夏侯淵や曹純たち以外に女子供の眷属も居た。


虎賁双雄が入ってきたのを見た曹操は二人へ向かった

「外は鎮圧したか?」


「はい魏王!王府周辺の叛乱軍は全て粛清、伯平が外で守りを固め、文遠と儁義が広範囲の捜索を続けています!」

許褚が報告を終えると曹操は手を振り、眷属たちを帰らせた


その瞬間!

典韋の目にある少女の姿が止まった。

たった一目で典韋は心が飛び出しそうになるくらい鼓動が速まった


なんだこの感覚!!!妓楼に行ってもこのような感覚を覚えた事はなかったぞ!

典韋は暫くその少女の後ろ姿を眺めて呆然とした


「子盛...子盛!」

隣の許褚に呼ばれて、典韋はやっと我に返った


その後典韋は手を振ると、兵士が縛られた王子服たちを地べたに押さえつけた


「魏王、主犯の王子服と种輯、耿紀だ。どうします?」


地面に押さえつけられた三人はなかなか骨がある、三人共命乞いをせずに曹操を睨みつけていた


种輯に至っては首を上げ、激昂した

「聖人曰く、忠は百徳の首!人として産まれ、聖人の道を行くのが正しい!曹阿満!お前のような不忠な輩は必ず天譴に遭うぞ!」


曹操は种輯を軽蔑な目で見て鼻で笑った

「聖人の道とは何かお前らはわからないだろうから、特別に教えてやろう。聖人の道とは洗脳だ、お前らみたいな愚直な腐儒が命を懸けて従うようにな!聖人の道...」


曹操はそう言いながら足で种輯の顔を踏み付けた

「聖人の道か...そんな物が役に立つと言うなら聖人が天下を統一しただろう!間抜け!全員連れて行け!杖殺だ!」


「はい!」


三人は逆さまに引き攣られ、罵声も少しづつ遠く離れて行った


罵声が完全に聞こえなくなってから曹操は振り向いて夏侯淵を見た

「妙才、今夜府兵を連れて王府に向かった大臣たちも調べ出し全て捕らえろ!」


「魏王、助力しようとしてる人もですか?」

夏侯淵は少し驚いて、曹操に確認を取った


「フン、ソイツらが本当に勇猛なら袁紹と戦う時に買って出るはずだろう。こんな時に出て来たのは怪しいだろう、逐一真意の取り調べも時間の無駄だ!」


「はい!」


「家に帰れ」

夏侯淵が走り去ったあと曹操は典韋に言った


「えっ?なんで?ここで魏王を守りますよ」


「王府には王師が居る、外には陥陣営が居る、城内にも虎賁営が居るが子寂の所には漢昇たち三人しか居ない。様子を見に行かなくていいのか?」


「あっ!そうだ!戻らねぇとだ!」


「子盛、俺も行く!」

虎賁双雄が小走りで王府から出て行った、二人は離れる前、高順に王府から離れるなと念を押した


「先はボーとして何を見てたの?」

帰り道、許褚は気になって典韋に聞いた


典韋は周りを見渡し、誰も居ないとわかってから小声で説明した

「仲康、俺王府で一人の少女を見蕩れてドキドキした、これが好きって気持ちかな?!」


「へぇ〜、妓楼以外にも好きになれるんだ...」

許褚は頭を掻き、好奇心が増す増す強くなった

「で、誰?魏王のお嬢か?」


「いや、違うみてぇだ。節お嬢の後ろに立っていた黄色の絹服を着てた子だ」


「見てなかったな...」

許褚は首を傾げた

「まぁ、なんとかなるだろう。この一件が終われば魏王に話してみれば?反対はされないだろ」


典韋は少し恥ずかしそうにへへへっと笑った


その様子を見た許褚は面白く思った

「おいおいっ子盛...これから一緒に妓楼へ行ってくれる人が一人減るなぁ!」


「うるせえ!もう俺の前で妓楼の事を言うな!」


「わかったわかった、調子に乗ってフラれるなよ。でなければ結局はやり手婆のお世話になるぞ」


典府へ戻って何の問題もないとわかれば二人も安心した。

外の叛乱軍は完全に鎮圧されたが皆は典府から離れるつもりはなかった

五人は庭で朝まで語り合い、高順が来たのを見てから事件が完全に解決されたとわかった


典黙はずっと部屋から出て来なかった、彼はずっと一人で伏寿を助ける方法を考えていたが、何も思いつかなかい。


伏完がこの事件にどれくらいの関与を持っているのかを知らなければ対策も練れないので、典黙は一旦曹操の所へ行って詳細を聞くことにした


曹操の態度は明確な物だった、この機に乗じて反対勢力を一気に排除しようと決めている。

そうなれば何処まで深掘りされるかは知れたものではない


「弟よ!こっち来て、ほらっ速く!」


典黙が外の空気を吸いに行った時に典韋が手招きした


「何だよ兄さん、一晩中騒いでも疲れないのか?ここで座って何してるの?」

典黙も典韋の隣に座った


典韋は言いたくてもどう口を開くかを悩んだ末、顔を真っ赤にして口を開いた

「あのさぁ、友達がね女の子を好きになってよ、何か良い方法は無いか?」


へぇ〜友達ね?

どうやらもうすぐ兄嫁ができそうだね

典黙は胸に両腕を組み、からかう顔で典韋を見た


「兄さん、女の子を落とすのはそう難しい事ではない。まずは図々しく居ないとダメだ、その点兄さんは大丈夫。そしてここが重要だ、女の子とは思ってる事を素直に言わない、嫌よ嫌よも好きのうち。要らないと言われるなら実は心で欲しいと思ってる。わかった?」


典韋は首を上下に激しく振った

「わかった!他に何か無いか?」


典黙は少し考えてから頷いた

「時を見計らって悪漢から助け出す芝居でもしてみれば?女の子はこれに弱い!」


この乱世でならこのようなベタな展開は理にかなう、しかもこの展開なら典韋の特徴を最大限に発揮できる。


「でも芝居すると言ってもそれっぽくしてね」


「わかった!ありがとうな!」

典韋はニヤケながら更に首を上下に振った

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