三百二十三話 伏寿の心意
曹操の帝王術には感服するものだ!
恐らく魏王に上進すると決めた時にはこの計画を立てていたであろうと典黙は思った
目障りな小細工を仕掛ける以外に帝党派閥を根こそぎ排除する理由はもう一つある、江東などの敵対勢力を潰した後帝と名乗る時に帝党派閥は居るべきでは無い
誰しも自分の信仰のために代償を支払う義務がある、彼らが劉協を選ぶというならこの日が来る事も覚悟しているはずだ。
典黙はここから数日しっかり戸締りして何が起きても外出しないと決めた
玉璽を授かる夜
趙雲、黄忠と陳到は庭に座り各自の武器を手入れしていた
典黙は彼らの部屋を用意したが三人とも休む素振りを見せない
典黙は部屋へ戻ろうとしたら大門から扉を叩く音が聞こえて来た
趙雲、黄忠、陳到の目が鋭くなり、武器を握り締めながら扉に近づいた
扉を開くとそこに居たのは一人の女の子だった、警戒していた三人は愕然としながら典黙の方へ振り向く
伏皇后だ!
典黙は急いで伏寿を中へ通した
陳到と黄忠は伏皇后を知らないが趙雲は意味深な目を典黙に向けた
そう言えば子龍兄は伏皇后の事を知ってたな、でも身内だし大丈夫か
そう思いながら典黙は伏皇后を客間へ連れて行った
「皇后様がこんな夜更けにここへ来たのは僕に会いたいからですか?」
客間に着いた典黙は開口一番で伏皇后をからかった
「無礼な!」
伏皇后は依然と冷たい、袖を振り払い典黙に背中を向けた
「気が変わったのかと思って、その答えを聞くために来た」
民服だがそれでも伏皇后の後ろ姿は典黙を惹き付けるのに充分だった
こんな時に僕に会いに来たのもちろんそんな簡単な理由では無い、恐らく帝党派閥は今夜辺りで計画を実行する。
そして伏皇后の目的は僕を典府から出さないように引き留める事。
多分魏王を排除しても僕の補佐を必要だとでも思ってるのか...
状況をある程度分析して相手の狙いがわかれば典黙は増す増す大胆になった
「もう〜僕は皇后様に会いたい気持ちで夜しか眠れなかった、今夜この気持ちを鎮められると思ったのに皇后様は僕の事を何とも思ってないなら帰ってください」
伏皇后は振り向き、典黙が手で出口を指しているのを見て少し怒った
「あなたね、私が今夜大変な思いをして後宮から抜け出したのは全てあなたのためよ!」
「僕のためですか...?」
目的はどうあれ伏皇后は一応自分の身を案じてここへ来たのがわかって、典黙は少し感動した
「皇后様がここへ来たのは自分の意志ですか?それとも陛下の意志ですか?」
典黙のヘラヘラした顔は少し真面目になった
「陛下は私がここに来るのを知る訳が無いでしょう?」
伏皇后は少し不快そうに典黙を一目見た
「それもそうですね...つまり皇后様は自らの意思でここへ来たのですか?」
典黙は再び下卑た笑顔を浮かべて言った
「勘違いしないでよね、先も言ったが私がここに来たのはあなたの気が変わってないか確認したいだけだ」
「僕の皇后様を思う気持ちは変わりません!!!」
自分と典黙は話が噛み合ってるようで噛み合ってないと思って伏皇后は呆れた
するとそこで外から殺伐とした掛け声が響き渡った
四方八方から"曹賊を討ち取れ!""陛下を救い出せ!"などが聞こえても伏皇后は少しも慌てずに平然としていた
しかし伏皇后同様に典黙も平然としていた
「さすが麒麟才子ね、泰山が目の前で崩れようとも顔色一つ変えない冷静さね!外が気にならないのか?」
「僕の気にかける人は皆この府邸に居ます、外はどうなろうか僕は気にしません!」
典黙の熱い眼差しを直視できずに伏皇后は目を逸らした
「何を言っているのかわからないわ...」
典黙は近くの椅子に腰掛け、自分にお茶を注いだ
「皇后様、ハッキリ言います。今夜、叛乱軍は失敗する」
「何...」
伏皇后はドッキとして慌てた
「どういう意味?」
「両軍が対峙するなら謀略が勝敗を決める、叛乱も一緒ですよ。その点王子服、董承たちが束になっても魏王には勝てませんよ。こんな簡単な理屈を、皇后様がわからないですか?」
典黙の話を聞いて伏皇后は瞳孔を小さくした
だから典黙がここまで平然と居られるのか…今夜の密謀を事前に知られた?いやっ、そうさせるように仕組まれた!?
そう思いながら伏皇后は外へ向うが典黙に腕を捕まれた
「落ち着け!今は外がどんな状況かわからないのか!誰も変装した君を皇后だと知らないぞ!」
「離して!父上が!」
じたばた暴れる伏皇后を止めながら典黙は遂に怒りを爆発させた
「黙れ!」
唐突に怒鳴られた伏皇后は動きを止めたが涙を目に溜めながら典黙を見た
「行動する前にこうなる事を知るべきだった!今君が外へ行っても無駄死するだけだ!前にもやめておけと伝えたはずだ、どんな結果が待っていようと受け入れろ!君たちの大義のために今夜どれだけの命が亡くなる!」
話せば話すほど苛立つ典黙は伏皇后の手を離した
ここまで話せばあとの決断を彼女自身に委ねる事にした
解放された伏皇后は外へ向かったのではなく、力が抜けたように地面に崩れ落ちた
今夜の叛乱が失敗に終わる、つまりこの行動に参加した人は皆免れない、もちろんその中には伏家も含まれている
「何とか...何とかできませんか…?」
少ししてから我に返った伏皇后は典黙の腕を掴み、少し揺らした
「助けて...ください...」
典黙は首を横に振った
「君一人なら...」
伏皇后も首を横に振った
「伏家は百人以上居るのに私一人だけ生き延びられません」
少典黙はし考えてから答えた
「なら君の父親がどれだけ関与したかにもよる、今夜御林軍を動かした人は皆粛清を免れない」
あの日の夜以来典黙は確かに伏寿に情が移った
そして今夜自分を訪ねてきた事で彼女が自分を気にかけている事もわかった
ならせめて彼女一人でも救わなければいけないと心に決めた
しかし一人を助けるのと百数名の人を助けるのは訳が違う。
伏家全体を救える唯一の可能性があるとすればそれは伏完がこの計画に参加していない事だ
「今夜はここに泊まって行きな、伏家の事は何とかしてみる」
伏皇后も状況を理解している、何も言えずにただ頷いた
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