二百三十一話 粛清の前触れ

諸葛亮の隙のない話はどんどん自分たちの予想からかけ離れ、周瑜は無表情で諸葛亮を見た

「劉皇叔はどうする?呂布と足並みを揃えるのか?」


「いいえ、曹操軍に対抗すべく、我が主は蒼梧から兵を借りて荊州を牽制します。その代わりに私が江東に残り、できる事をする所存です」


ここまで話が進めば全てがハッキリした。

孫策は周瑜を一目見て後者は補足する素振りを見せなかった

「子瑜、孔明は遠道からの訪問だ、先ずは孔明の住む所まで案内してあげて。同盟の事はもう少し考えてから決める」


「はい」


諸葛瑾が拱手してから兄弟二人はそこから離れた


二人が遠くなったのを見てから孫策は周瑜に相談をし始めた

「このような同盟では呂布だけが美味しい思いをするようなものだ!」


「呂布だけではありませんね、劉備も我々の庇護下で漁夫の利を得るでしょう!」


「ふん!俺らに戦わせてあの二人が後ろに隠れられるとでも思ったか!」


孫策は怒りながら机を叩いて立ち上がった


「主公、停戦の事は既に我々の一存で決められません。このままでは確かに諸葛亮の言う通り曹操に呑み込まれます。ここは堪えるしかありません」


周瑜は顎を指で支え少し考えた

「同盟の事に関しては暫く諸葛亮を放置しましょう。曹操が荊州を手にしてから決めても我々に損はないが、彼らはきっと今の余裕が無くなります!」


周瑜の要求は簡単な物、同盟を組むなら呂布も劉備も自分の指示に従う事。


もちろんこのような同盟話はたった一二度の会話では決められない、どっちかが折れるまでは話はずっと並行するだけ


孫策も頷いた

「うん、公瑾の意見通りにしよう!」


許昌城、ここ数日で曹操が魏王になる手続きはある程度終わった。

最後のやるべき事は吉日を選び天を祭り玉璽を曹操に渡せば全て終わる。


当然、曹操はとても忙しくしていたが典黙も暇していなかった。

家で引き篭っているが典黙はずっと長江両岸の地図を眺めていた


歴史を大きく変えてもこの究極な水戦は避けて通れないようだ


三国演義ではただ単に鉄鎖連環の船が燃やされたとされたが、実際はそれだけではない


歴史上、赤壁の戦いには色んな要素が絡んでいた。

最も重要な問題は曹操軍の兵士たちが江南へ行った際に皆病に伏した


土地に順応しない水土不服なら典黙も打つ手はあるが疫病となると少し厄介になる


春頃から既に南への布石に着手したが、今の典黙はこの重要な一戦で予想外の事が起きないように意識を集中するしかない


「へぇ〜珍しい、余の麒麟才子がこれほど勤勉な時もあるのか?」


揺り椅子に寝そべる典黙が地図を眺めるのを見て、曹操は思わず笑を零した


「魏王、後日が玉璽を受け取る期日でしょう?ここへ来る暇もあるんですか?」

典黙は急いで立ち上がって曹操を部屋へ通そうとした


「ここで良い」

曹操は無造作に袖で近くの長椅子を払い、腰掛けた


麋貞はすぐにお茶を持って来て注いでから下がって行った


「あの箱入り娘っ子が今はこのような下人の仕事もできるようになったのか...」

曹操は不思議そうな目で麋貞を一目見てからくつろいだ

「まぁ、用はないが君がどうしてるか気になってな、まさか江東の心配をしているのか?」


その口ぶりから察するに曹操は明らかに呉を舐めきっていた


典黙は地図を片付け、歴史上曹操が最も痛手を負った戦役について何も言わなかった


曹操が舞い上がったのも仕方がない、それも理解できる事。

ここ数年典黙の活躍により曹操は一度も敗北を知らない、既に天下を我がものだと思っている


曹操だけに限らず、このような状況なら誰であろう舞い上がるのは必然な事だ


「何日外出していない?」

曹操はお茶を手にして息を吹きかけながら聞いた


「数日前に書院へ行ったがそれ以外はずっと家ですよ」


「おっ!忘れてた、昭姫が未だ書院に居るだろう?午後にでも軍営に連れて行きな、君たちにもそこで数日過ごしてもらおう」


典黙は眉間に皺を寄せ曹操を見た

「魏王、遂にやるんですね?」


「あぁ、時が充ちた」

曹操は大きく頷いた

「あの羽虫共には散々我慢してきた、最初劉備が魯陽に侵攻した時の事を覚えているか?どうやらこの羽虫たちの仕業らしい。それに王となった余に不満を持つのも明白、これから荊州に向かう必要もある、奴らが肝心な時に何か行動をするかもしれん」


確かに、この見えない刃がずっと曹操の頭上に掛けられていて、いつ振り下ろされるかわからない。

ならばそれを水面下から誘い出して一気に潰した方が良い


「手筈は整えてありますか?」


「丞相府邸を守っていた虎賁営を既に軍営に戻した、城内には御林軍と巡防営しか残ってない。御林軍には間違いなく奴らの息が掛かってる、奴らは見す見すこの機を逃すはずがないだろう」

曹操はそう言いながら拳を固く握り締めた、明らかに今回の行動で帝党派閥を一気に引き抜くつもりで居る


「本当に巡防営だけですか?」

典黙は笑いながら聞いた


「やはり君に隠し事はできないか!陥陣営に巡防の仕事を少しやらせても文句言う奴居ないだろう」

曹操はへへへっと笑いながら話した


虎賁営を屯所に戻す事で許昌城内が御林軍と巡防営しかないと見せかけ敵に叛乱を実行させる、そこで御林軍を陥陣営で叩くつもりか...さすが魏王、やるね!


典黙は少し考えてから再び口を開いた

「魏王、僕は許昌から離れない方が良い。この前の朝議で僕と魏王の関係性がバレています、僕が許昌から離れれば疑われるでしょう」


「構わん!疑われても良い、君に危険を冒させるよりマシだ」


「漢昇と叔至を護衛に付けてもらえば大丈夫ですよ、あの二人なら府邸を一つ守るのは問題ないでしょう。それに帝党派閥の標的はあくまで僕ではなく魏王ですし」


典黙がそこまで言うなら曹操も理にかなうと思ってそれ以上討論をしなかった

「あと子龍もだ!君の安全は最優先だからな」


「それじゃ魏王の護衛を誰にします?」


「君の兄二人で充分だろう?」

曹操はニヤリと笑って答えた


陥陣営と虎賁双雄なら何の心配もない、典黙も頷いた


典黙が唯一心配なのは伏皇后だった、一夜とは言え確かに関係を持っている。


彼女を失うのは辛い、あの胸器を超える逸材が出て来るとは思えない!

そう考えると典黙は心を締め付けられた思いをした

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