二百二十九話 諸葛亮の戦略

豫章郡宜豊県の外、劉備は百人足らずの隊列を連れて東の方へ向かっている


その目的地は蒼梧なら、江夏から出て零陵を経由して長江を渡れば一番いい路線である


しかし何故諸葛亮がわざわざ遠回りをして豫章へ向かうのが劉備は理解できなかった

「孔明、ここは呂布の縄張りだ、彼は孫策と戦い続けている。我々がここへ来るのは少し危険では無いか?」


「主公、私は豫章郡の治所である豫章県に居る呂布に用があります」


「はぁ?三姓家奴に何の用だ!」

諸葛亮の話を嫌う張飛は呂布の名を聞けば更にイラついた


「曹操は既に北国四州を手に入れた、次の目標は恐らく長江を渡り呂布と孫策でしょう。主公は次に蒼梧で力を蓄えるにしても、兵を借りて益州に向かうにしても呂布と孫策の仲を取り合い曹操に対抗させる事が必要です。そこで稼いだ大事な時間を活用するしかありません」


「しかし今の私たちには何の力もない、呂布と孫策は耳を傾けてくれるか?」

片手で手網を引く劉備はいつの間にか平衡感覚を身に付けた


「ご安心を!」

諸葛亮は羽扇を振りながら話した

「呂布の実力は孫策に劣ります、彼も孫策との停戦を望んでいるはずです。孫策の方も問題ありません」


劉備は頷いてそれ以上何も聞かなかったが関羽と張飛は目を合わせてから蔑む目で諸葛亮を一目見た


諸葛亮はとても大変だった、利用できそうな各方面の勢力で曹操を牽制する事を考えながら劉備を元気付けなければいけない、そこで偶には関羽と張飛のイジメにも遭う

それでも意志の強い諸葛亮は屈せずに頑張っている


東に向かう隊列が道中の関門をすんなり通り抜けた

この事で呂布が彼らの存在に気づいたと察しが着く


豫章県から十里離れた所、劉備は遂に呂布と久々に再会した


呂布は配下の曹性と宋憲を連れて迎えに来ていた、十里離れた所での出迎えから彼の誠意が感じ取れる


「玄徳賢弟、徐州での一別以来もう三年が経つだろう!」

呂布は劉備の空っぽの左袖を見てため息をついた

「再会して見れば…物是人非だ…」


「敗軍の将が惨めな姿をお見せした、お恥ずかしい限りです」

劉備も目の前の呂布が老けたように見えた、彼を見る度に昔の虎牢関を思い出すが今ではその英気は見る影もなかった


「曹賊は勢力が大きい、玄徳は無勢に多勢、敗れても恥ずかしくない!」

呂布は言いながら背後の城へ手をかざした

「ここで長話をしても何だし城内へ入ろう!先ずは酒を酌み交わそう!」


「では温侯のお言葉に甘えよう!」

劉備はもう二度と拱手ができないので深くお辞儀をした


ここ数年で呂布の英気もだいぶ減り、それと共に昔の傲慢さも減っていた

高順や張遼が隣に居なくなり、陳宮も離れた

策士が居なければ呂布の単純な頭では孫策に敵わず、苦汁を舐めさせられた


なので彼も少し自分で考える力を付けたのか、劉備の敗軍をわざわざ十里離れた所まで出迎えに来た


呂布の考える事はもちろん諸葛亮に看破された

酒を数杯飲み、呂布が口を開く素振りを見せたところで諸葛亮が先に話した

「温侯は当代随一の英雄、国に尽力する事をすべきです。ここで孫策と溝を深めてもその間に曹賊が好き勝手に国を乗っ取るだけです」


開口一番で呂布の心が打たれた、彼は仕方ない風に答えた

「俺も知らない訳でもない、しかしあの孫策は俺を豫章に追い込んでも飽き足らず、幾度策を駆使して俺の兵力を折った!この仇を取らねば将兵たちに顔向けできない」


呂布の兵は大半淮南から連れて来た袁術の旧部、水戦では孫策に勝てないが陸戦の戦力は孫策の兵を圧勝できる


しかし問題はやはり策士、陳宮が居なくなってから周瑜の策がほぼ百発百中。


そこで斥候から劉備の情報を知った呂布は喜んで劉備たちを豫章に入れた

最初呂布は劉備たちが自分の配下に付くつもりで居ると思っていたので喜びのあまりに夜も眠れない

諸葛亮を得れば周瑜の策にも対抗できると思った


諸葛亮は羽扇を振り笑った

「温侯と孫家の仇は私なり、曹賊が国を盗る事は公なり、温侯が因私廃公するなら英明な判断とは言えませんね」


帥椅に座る呂布も杯を下ろしてしばらく考えた

「俺が孫策に仕掛けなくてもアイツらはずっと豫章を狙ってる、江東六郡を全て我が物にするつもりだ…」


呂布も停戦に反対しないのを見た諸葛亮は立ち上がって拱手した

「温侯にその気があれば私が建業へ赴き孫伯符将軍に会いましょう。三寸不爛の舌で温侯との連盟を説得しましょう」


呂布は眉を上げて劉備を見た

「つまり玄徳賢弟も俺と一緒に戦うのか?」


劉備は言葉に詰まったまま諸葛亮を見て、後者は慌てずに質問をした

「温侯の兵力がどれ程ですか?」


「豫章は江東の中でも規模が大きいが百姓は豊かではない、限りのある税収で今は一万四千ある、その内の四千騎兵は当時淮南から連れて来た者たちだ、それ以外は歩兵」

呂布は諸葛亮をチラッと見てから話を続けた

「しかしこの四千の騎兵はなかなかの戦力を持つ、彼らのおかげで孫策の包囲を何度も正面から突破した」


「足りませんね、曹操と戦うならもう少し必要です」

諸葛亮は笑みを浮かべた

「我が主はそのために蒼梧の太守呉巨から兵力を借りるつもりです。蒼梧に兵を駐屯させ零陵を狙って曹操を牽制できる」


この答えは呂布の欲しかったものではないが孫策との停戦はいい事だ


しばらく考えてから呂布は答えを出した

「なるほど、なら先生に御足労をお願いします。俺は豫章で先生の良い報せを待ちます!」

話し終わった呂布は劉備に視線を向けた

「玄徳賢弟は豫章にしばらく滞在しても良い、蒼梧へ急ぐ必要があるなら道中の糧食を支援しよう」


「温侯のご好意に甘えましょう」


「旧友なら礼は不要だ!さぁ、酒飲もう!」


上機嫌な呂布は劉備に再び酒を勧めた


諸葛亮は曹操と時間を争うように豫章で僅か一日滞在してからすぐ建業へ向かった


別れる際に劉備は眉間に皺を寄せていた

「孔明、一人で本当に大丈夫か?雲長に護衛をさせようか?」


諸葛亮は嫌そうな関羽をチラッと見てから首を横に振った

「主公、ご安心を!きっと大丈夫です!その後は蒼梧で合流しましょう!」


劉備も少しの沈黙の後に頷いた

「道中気をつけて、何か不足な事態が起きればすぐに連絡をしてくれ」


「はい」

諸葛亮は拱手した後馬に乗って東へ向かった


劉備は城関の下に立ち、遠く離れる諸葛亮の後ろ姿を見て安心できなかった

唯一の智囊である諸葛亮は前回の戦いで敗北したが仕方ない事だった


そもそも諸葛亮は最初から典黙を攻めるのには賛成していなかった、当時自分が彼の助言通りに荊州で発展していれば今は状況は変わっていたかもしれない


「兄者、江東などただの鼠輩に過ぎない。心配する事はありません」


「準備を整えよう、我々も明日には蒼梧へ向かおう」


劉備はそう言いながら振り向いて城内へ向かった

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