二百二十五話 曹操の帰還
いよいよ曹操が許昌に帰還する、典黙は歓迎の宴を準備するのに勤しんでいた。
儀仗の列が許昌の城門から五里にも及ぶ豪華な物だった
曹操と兄さんたちが帰って来る、典黙はとても上機嫌でいる
黄忠も典黙の機嫌を伺い今なら成功率が高いと踏んだか、劉琦の相談を典黙にした
しかし典黙は考えもせずに首を横に振った
「漢昇、劉琦が荊州の刺史になる可能性は万に一つもない。三回に渡り朝廷に楯突いたことはさて置き、荊州とは天下のヘソ。丞相の腹心でなければその役目に着くことは許されない」
黄忠が失望した顔で頷いたのを見て、典黙は笑顔を見せた
「まぁ、劉琮が荊州刺史になる可能性もないけどね。理由は同じだ、荊州の位置は天下の要、丞相がその管理を信頼できる人にしか任せられない。しかし劉琦が朝廷に服従する事は良い事だ、少なくともその命を保証しよう」
そこまで言われれば黄忠もそれ以上求めなかった、劉琦の命だけでも保証してもらえるなら文句は無い
それに典黙の話から察すれば、劉琮も荊州刺史になったのは名ばかりである事がわかる
兄弟で骨肉の争いをしても結局はどっちも荊州刺史をものにできないのか…
黄忠は少し遺憾に思ったがそれ以上の感想を持たなかった。
一時間後、地平線の向こう側から"曹"と書かれた大旗が薄ら見えて来た
「丞相の凱旋、心からお祝い申し上げます!」
出迎えに来た文官武将が声を揃えて叫んだ
曹操は馬車の帳を開いて潜り抜け現れた、全員の注目の中で辺りを見渡してから視線を典黙に定めた
「子寂!良く考えたがやはりこれからは我の行き先に君が居ないとダメだ!北国に居る間は寂しかったぞ!」
曹操はそう言いながら小走りで典黙の所へ向かった
"我のいない間ご苦労であった"とか
"君の諸葛亮との戦い見事だった!"など
典黙もある程度再会の事を予想したが、これは予想外の出来事だった
そしてこのような仲の良い挨拶を見た他の文官武将は皆憧れた
李厳と黄忠に至っては典黙の立場がどれほどの物かを再認識した
「いや〜丞相の居ない間は僕も寂しかったよ」
「アッハハハ…!」
典黙がそう言うと曹操もより一層嬉しそうにしていた
そのあと曹操は典黙の肩をポンと叩いた
「これからはまだやる事が多い。夜は我の府邸に来てくれ、ゆっくり話そう!」
典韋や許褚のような武将なら配下の兵士を軍営に連れて行き、主簿に死傷者の数を伝えば主簿が名簿通りに手当金の計算に着手できる
他の文官も許昌に帰れば仕事の引き継ぎを済ませば他にやる事は無くなるが曹操はそうもいかない
先ずは未央宮に行き形上虎符を劉協に返す、その後は俸禄八百石以上の役員を招集して会議を行う。
その会議が具体的に何について討論するのかは不明だがそれだけで半日以上はかかってしまう
そして夜になってやっと宴会が始まる
丞相府邸には多くの人が集まった、以前から仕えていた文官武将以外に北国からの名士武将も沢山居た。
典黙は曹操の首席の一段下に座っていて両隣りには典韋と許褚が居た。
しばらくの間、新しい面々が続々と杯を手に持って挨拶しに来た
典黙の噂が北国に届いて、皆自分を覚えてもらおうと頑張っている
そしてその中には何と郭図の姿もあった、彼もいつの間にか袁家の泥舟を棄てて曹操の船に便乗した
宴も中盤に差し掛かり、挨拶しに来た新顔も減ったところで典韋と許褚はやっと典黙の肩を組み、北国での出来事を話し始めた
「弟よ、おもしれぇ事を教えてやろうか」
典韋は酒を下ろして謎めいた顔で話した
「知ってるか、俺らが中山国郡で民を安撫しに行った時よ、甄家が沢山の酒肉を持って来てな。丞相に会って北国の商いを続けるための許可を取りに来た、すると丞相が何と言ったと思う?」
典黙は首を横に振ったのを見て、逆側の許褚が曹操の真似をし始めた
「それは難しい事だ、麋家も青州と冀州で商いを始めるつもりで居る。我もそこまで手広くやるのは容認しにくいが麋家の娘っ子が子寂にくっ付いてるしな…それを容認せざる得ない」
曹操の真似をした許褚もニヤニヤしながら更に近づいて来た
「子寂、甄家の当主が去り際に側近とお前の事を話していたぞ。多分そっちも縁談を持ちかけるつもりだろうね!」
「全く、甄家は僕を何だと思ってるんだ!利益を得るための生贄か僕は!」
憤慨した口振りで話した典黙は鼻の下を伸ばしていた。
「へぇー子寂が嫌なら警備隊に言っとくぜ、甄家の遣いは全部追い返せばいいだろ?」
「仲康兄、それはダメだよ!許昌は天子が居る場所だ、粗暴な事をしてはならない」
典黙は急いで手を振った
「フッ…」
許褚は軽蔑な目をして典黙を鼻で笑った
宴会の終盤、典韋と許褚はいつも通りに酔い潰れながら妓楼へ進軍した
曹操は二人が離れるこの時を待っていたかのように典黙を連れて自分の庭園に向かった。
庭園に着くとほろ酔いの曹操は無造作に芝生に横たわった
「いや〜皆が居なくなってからやっと楽になれる!丞相たる者がこのような姿で居るのを見られたら、腐儒たちが礼儀だの何だのってうるさいだろうな」
そう言いながら曹操は隣の芝生をポンポンと叩いて、典黙もその隣で横たわった。
「荊州の一件お見事!奉孝も公達も前線の報告を見て君を褒めていたよ!戦わずして荊州を物にできれば大収穫だ!残りは江東の孫策と豫章の呂布だけだ」
芝生に大の字で寝転がる曹操は両手を枕代わりにしながら満天の星空を眺め、心地良さそうに笑った
曹操は劉璋と馬騰を最初から警戒していない、劉璋はその性格からして相手にする必要もない
馬騰と韓遂は年末と中秋には年貢を納める、年貢を納めれば曹操の親政を黙認したに等し
つまり表面上敵対する勢力は孫策と呂布だけになる。
劉備は荊州から離れ、数十人を連れて何処かへ向かったが曹操は気にも止めなかった
「丞相、荊州の安撫はいつ行きますか?」
「焦ることは無い、劉琮も劉琦も大した事はできない。やるべき事をやってから考えよう…」
曹操の目から期待と野望の光が溢れた
典黙は察しがついたが何も言わずに頷いた
政治、権力、派閥の争いは最初から興味がないから東観令からの上進を断って来た
典黙が何も言わないのを見て曹操は気になってある質問をした
「子寂、知ってるか?高祖帝が大漢を作った時規則を一つ定めた。それは異姓が王を名乗れば天下の誰もがそれを討つ資格がある!君はこれをどう思う?」
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