二百二十六話 王への道
曹操の質問は面白いものだった
記憶上、曹操はこの質問を他の人に聞いた事がなかったはず
少し考えてから典黙は曹操を真っ直ぐ見た
「丞相、高祖帝は天子を操り人形にしても許されると決めたか?」
曹操は一瞬キョトンとしたがすぐ高らかに笑った
「子寂、君さえ味方でいてくれるなら天下を敵にしても良い!」
公卿王侯では決して曹操の野心を満たす事は無い、王になる事も結局は天子鑾儀を乗り回す事と同じで一歩ずつ天下の反応を見るためだった
今天下の人々の心がは未だ漢王朝にあるので新しい国号を作るのは簡単な事ではない
「本格的に動く前に試す必要がありそうですね」
「あぁ、そうだな。最低でも賛成派とそうでない派閥の構成を知る必要がある」
この時代で曹操より帝王学に詳しい人は居ない、典黙自分でもそこに関しては絶対に勝てないと自覚したので特に何の助言もしなかった
典黙の意思を確認できたところで曹操は完全に安心した
そこから二人は将来の事や過去の出来事を語り合い、久しぶりに再会した友人のように楽しかった
「丞相、何で郭図を連れて来たんですか?」
「アイツは卑怯者だ、わかってる。しかし北国では功があってな、褒賞すべきだろ」
「へぇー、ここ数日は丞相からの手紙で戦況はある程度わかったが詳しくはわかりません。どんな感じでした?」
笮融に次ぐ舌戦の強者に対して典黙は少し興味を示した
「うん、話してやろう」
曹操は起き上がって芝生に胡座をかいて話し始めた
「最初冀州に入った時、奉孝の意見通り袁煕と袁尚を捉えた。その後は袁譚との戦いで田豊と沮授も只者では無いとすぐわかった。公達と奉孝の数回に渡る作戦が見事回避されたが、何せ内通者が居れば向こうの作戦も全て筒抜けだ。郭図はずっと作戦を漏らしてくれたおかげで巨鹿で袁譚を討ち取った。田豊は自害して沮授も隠居した」
田豊と沮授、二人の話になると曹操はとても残念そうにしていた
確かにこの二人は人材ではあるが愚直過ぎた、袁紹の下に着いたのは仕方ないとして袁譚から離れようとしないのはもったいない
「なるほどですね、確かにその働きは大きい」
「うん、吏曹で良いだろ」
吏曹とは常侍曹から変化した役職、九卿の尚書台に管理され、言い換えれば九卿の副官である
曹操は郭図の功が大きいと言ったのも頷ける、袁譚が歴史通りに遼東に逃げていれば道中に烏桓とも戦わなければいけない。
烏桓の問題もいずれ解決しなくてはいけないがその前に天下を安定させる必要がある
天下を安定させれば烏桓も鮮卑も匈奴もゆっくり片付けられる。
「今最も警戒すべきは孫策だ、密偵の報告によると陸家の支持を得た孫策は水軍を増強している。我々の水軍は貧弱だが荊州の水軍はなかなか使える。君のおかけでその水軍を利用できる、蔡瑁と張允も媚びる輩ではあるが水軍の統率として問題ないだろう。しかし呂布の方は面白い事になってるな、天下無敵の名を持ちながら孫策と周瑜のような小童に豫章にまで追い込まれた。まぁ伯平と文遠が居るならそこまで落ちぶれることも無かったか…陥陣営は本当に強かった!北国でも奇兵として幾度も有り得ない戦績を挙げていた…」
長らく一人で喋っていた曹操が振り向くと典黙は既に寝落ちていた
曹操は自分の上着を脱いで典黙に掛けた、そしてしばらくその様子を眺めてから下人を呼びつけ、典黙を起こさないように客室へ運ばせた
そこから数日、北国の収復に功がある文官武将が次々と褒賞された。
勅令は天子が出した物のその恩恵は曹操からの物だと誰もが知っている
それらを解決してから曹操は王に上進する事を真剣に考えた
許田は王家御用達の狩猟場である。
程昱は曹操に天子よりも目立つ活躍をする事で大臣たちの反応を見るように提案をした
曹操も色々考えたが最終的に最も手っ取り早い方法を選んだ
この日の朝議が終わると曹操は全ての大臣の目の前で馬車に乗り白馬門から出て、人を使って大臣たちの反応を観察した
白馬門は天子専用の通り道、本来なら天子鑾儀以外の馬車が通れば死罪は免れない
そして予想通りに董承と伏完、王子服などの天子派閥は皆顔を真っ赤にして憤た
しかし荀彧の反応は予想外だった、股肱の臣で親しい友であるはずの彼もため息をつきながら首を横に振った
全体を見れば賛成派の方がが多く居るとわかれば曹操も五日後の朝議で予定を実行すると決心をした。
五日後の朝議、笮融が真っ先に一歩前へ出て劉協に臣下の礼をしてから口を開いた
「陛下、初平年間から丞相は天意に順じ討賊除寇、中原の各州郡を取り戻し、今や天下の大半が大漢に戻りました。丞相の功は古今東西前人未到であります。そこで、微臣は丞相に王に成られるべきだと、僭越ながら推薦します」
笮融の次に郭図も出て来て同じように一礼をした
「大鴻臚の言葉は国士の意見だと思います、微臣も賛成します。更に丞相は王に上進したあと九錫と天子鑾儀を下賜されるべきかと思います」
劉協は龍椅に座りながら拳を固く握った、恨みに満ちた目をしていたが何も言えない
乱臣逆賊共が遂に国を盗りに来たか…
すぐ、朝堂上の大臣たちは次々と同じような意見を口にした
彼らからすればこれは立場を選ぶ意思表明である、そして曹操に媚を売る場でもある
特に普段曹操に重宝されなかった人たちがより必死に曹操の功を口にした
朝堂では意見が一辺倒に成りつつあった
いくら董承や伏完が白馬の盟、異姓が王になれば天譴に遭う事で反論しても笮融に勝てるはずも無い
そして今の朝堂では笮融に加え郭図も居る、舌戦の二強が力を合わせれば董承などの老いぼれでは太刀打ちできない
厳粛な場でもあるはずの朝堂は今や飛沫が飛び交い、董承たちは気絶と回復を繰り返していた
曹操はこの光景を見て我慢できずに腹抱えて笑った
典黙も珍しく朝議に参加した、漢朝であれば八百石以上の官職なら誰でも参加する事ができる、己吾侯も例外ではない
しかし典黙はこの歴史的な一幕を見る他に目的があった
一辺倒の議論の中で荀彧が遂に前へ出ようとしたが、典黙に手を引っ張られた
子寂、この日が来るのを知っていたのか…?
この時荀彧は初めて前に典黙が言った話の真意に気づいた
数回振りほどく事を試したが荀彧は最終的に諦めた
典黙は少し意外そうに荀彧を見た、彼のような人は必ずその一歩を踏み出すと思ったからだ
荀彧の瞳は失望の意で溢れた、彼は曹操に失望した、当初一緒に漢室を建て直すと決めた男に失望した。
典黙は前へ出なかった荀彧を見て釈然とした、社稷の臣が自ら命を絶つのは間違った選択だ!
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