二百二十四話 知られたくない秘密
自分の換装が典黙を虜にできると知った麋貞はその道を極め始めた
ある日は髪をまとめた学生装束、ある時は下女の格好を、そして赤服の新妻装束と毎日違う格好をするのが楽しくなっていた
美しい顔たちは千篇一律、面白い魂は万に一つ
麋貞は明らかに後者であった
しかし典黙も底無しの体力を持つ訳では無い、たまには真面目に仕事をしたりする
中原の各郡が安定して来た今、彼は次の出兵路線を考えていた
とは言ってもその路線は三本に絞られた
西涼は勇士を多く輩出するが曹操軍の騎兵なら問題なく落とせる。
難しいのは残り二つ、益州と長江の南
益州には山が無数に有り、道も険しい。そしてそこでは騎兵の威力は発揮できない。
劉璋は軟弱な性格をしているが天険の助けを得て地の利を活用できる。
そして長江の南では典黙の予想通り、呂布と孫策が互いに目の敵にしている
孫策には智囊周瑜と魯家、陸家の財力を得たが陸戦では呂布を追い詰める事ができない
そして今の呂布は豫章に立て篭り、孫策は丹陽呉郡、会稽、臨海を占領している
つまり南下する際、孫策は必ず自慢の水軍を活用する。
なので三本目の路線では万里の長江で驚天動地の決戦が避けられない
そしてより速くより確実にこれらの路線に対応できるように典黙も戦略的な仮想をしたり、自分にできる簡単な発明を考えたりした。
忙しくしているお陰か日々を充実に過ごせた。数日前にも曹操からの手紙が届いて、兄さんたちが一足早く許昌に向かって、曹操は主力部隊と共にあと二週間もすれば許昌に着くと知った
速く丞相と兄さんたちに会いたい!
典黙はこの報せを受けてから誰も居ないところで秘密にはしゃいだ
この日の夜、典黙は益州攻略で使えそうな物を開発していた。
成功率は未だ分からないが失敗すれば使用者が命を落とすだろう
なので使用者は厳重に選ばなければいけない。陥陣営が真っ先に候補として上がった、彼らは皆歩戦と騎戦両方に精通しているので益州攻略には必要不可欠な存在
「旦那様、あの人また来たよ!」
書斎の扉が開き、麋貞は少し不機嫌そうに入って来た
「誰?」
典黙は少し顔を上げた
「あのいつも暗めの朱麻布服を着た人よ」
伏皇后だ!
典黙は急いで筆をおろしてデレデレした顔で出口へ向かった
"私への愛はいつか消えるんですね"と言わんばかりの顔を見て典黙は少し戻って来た
「先に休みな、僕は重要な用があるんだ」
そして麋貞の頬っぺにチューしてから再び外へ向かった
「わかった」
満足しやすい麋貞も頷いて部屋へ戻った
客間へ来ると見覚えがある婦人服が目に入り、典黙は期待を胸に膨らませた
これほどの良い女子、何としても家に置きたい!
「微臣典黙、ただいま参りました」
典黙は下臣の礼儀を尽くした、伏皇后がお高く居れば居るほど跨る時の快感も強く感じる
「どの面下げて会いに来たのですか?」
伏皇后は振り向き、美しい顔に怒りの表情を浮かべながら胸辺りの起伏も余計目立った
「微臣は許昌に戻って一ヶ月もお待ちしました、皇后様こそ来るのが少し遅かったみたいですよ」
まるで不倫相手が会いたい気持ちを抑えられないみたいに典黙が話題をすり替えようとした
「私だって後宮から出るのにどれだけ大変か分からないでしょうね」
伏皇后は少し不快そうに典黙を一目見た
「どのくらい大変ですか?」
「後宮でも曹操の監視の目は居るのですよ。七日と十九日の御林軍は当直を交代する時くらいしか私も出て来れない…って違う違う違う!何の話をしている!」
伏皇后は更に不快な目で典黙を見た
「私がどのように後宮から出ようと説明する必要はない。あなたこそ説明すべきでしょう!あの日の夜あんな事…あのような約束をしたのに破ったではないか!」
「微臣が約束を破った?」
冤罪だと言わんばかりに典黙は惚けた
「皇叔が来ればその邪魔をしないと約束したでは無いか?それなのに邪魔した上に片腕まで切り落とすなんて!」
伏皇后は典黙を問い詰めた
「あぁ〜、皇后様こそ記憶違いではないですか?」
典黙は笑いながら手を振った
「あの時皇后様は確か劉備が許昌に来れば邪魔するなと言ったはずです、微臣も確かに皇后様の約束を守るつもりでした。しかし微臣は叶県城で彼を止めたのですよ、これは約束の範疇に入りませんよ?」
「あなたね…!」
伏皇后は信じられないという顔で典黙を見た
智計無双と謳われた麒麟才子なのにここまで図々しい人だと思えなかった。
言葉の誤ちに付け入ると見せかけてその実は堂々と自分を弄んで居る
伏皇后の典黙を見る目は複雑な物に変わり、今にも泣きそうになっていた。
「皇后様、どうやらこの件は微臣の理解に問題があったようですね。それなら明日陛下の元へ赴き全てを説明させていただきます。もう怒らないでください」
泣きそうになった伏皇后を見て、典黙は急いで拱手して謝った
全てを説明する?!
「陛下はここ最近機嫌が良くない、この事は…その、急がなくても良い」
伏皇后は急いで首を横に振った
「なるほど!」
典黙はやっと理解したかのように頷いたあと伏皇后の背後に回り込み、耳元で囁いた
「皇后様もあの事を陛下に知られたくは無いですよね」
「うぅ…無礼だ!」
伏皇后は鳥肌が立ち首を引っ込めた
「皇后様、確かに微臣は偶に無礼で唐突な事をしたりもしますが、全ては伏皇后様のためにと思っての事です」
「私のため?フン!自分の欲を満たすために過ぎないでしょう!」
典黙の言葉に伏皇后は鼻で笑った
「皇后様は未だ若い、わからないこともあるかもしれません。しかし歳月とは失えば取り返しがつかない物です」
典黙はまるで年長者が若輩に諭すように感慨深く話した
「皇后様、女性とは若いうちはそうでも無いが歳を重ねるに連れ、自分もびっくりするくらい欲に飢えるようになります。四五十歳になれば陛下は皇后様への興味もなくなってしまいます。なので今を大切にし、今しか出来ない事を沢山した方が良いですよ。さぁ、世俗の枷を解き放ち、自分に忠実になりましょう!」
先まで真剣だった顔がゆっくりと鼻の下が伸び、典黙は卑しい笑みを浮かべた
「下心をこれほど清々しく言える人は初めて見たわ…」
伏皇后は典黙の図々しさにドン引きした
「皇后様が嫌なら仕方ありません」
典黙は肩を竦み
「しかしこれから何かご相談があればもう少し早めに来て欲しいです、五更の時刻はあっという間に過ぎてしまいますからね」
「相談事がまたあればね!」
伏皇后は袖を振り払って急いで出口へ向かった
「あっ、相談事がなくても今晩は如何ですか?」
典黙がそう言うと伏皇后は更に逃げ足を速めた
あっちゃ〜逃げられちゃった…今日は早めに寝るとしよう
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます