二百十七話 諸葛亮の援軍
雨が増々強くなり、負傷者と雑工を連れて歩く関羽と張飛の行軍速度は速くなれない
騎兵が完全に居ない訳では無いが残っている百数名は普段斥候と見回りでまともに戦えない
徒歩の速度に合わせなければいけない張飛は痺れを切らした
「雲長、急ごうよ!典黙軍が追いかけて来たら逃げ切れねぇぜ」
関羽も後ろの兵士たちを見て動揺したが衰弱していた劉備はここで口を開いた
「ダメ…だ、彼らを置いては…行けない…」
劉備の言葉が終わってすぐ、後方から馬蹄音と共に声が聞こえて来た
「劉備!もう逃げられないぞ!追え!」
激しい雨の中でも百歩後ろに数千の騎兵が居るのがわかった
荊州兵たちは恐怖の中で無意識的に隠れる場所を探そうとしたが、身を隠せるような物陰はなかった
彼らはただ単にプルプル震えながら後ろを見た
しかし典黙軍から次の言葉が聞こえて来て、彼らを安心させた
「軍師の命令だ!狙いは劉備だけ!他の奴は大人しく投降しろ!」
「おい、もう劉備について行くの止めようよ!」
「あぁ!同感だ!」
「しゃがめ、速くしゃがめ」
荊州兵たちは皆武器を下ろし、近くにある大木の下で固まってしゃがみ込んで、投降する誠意を見せた
馬蹄の轟音が近づき、関羽は遂に我慢できずに張飛と走り出した
投降すれば殺さないと言われても百数名の騎兵は条件反射的に二人の後ろを続いた
激しい雨は劉備を救った、荒野では道は一本のみならず、選べる逃げ道は多くあった
張繍と張遼では足跡を追う技術はなくただ単に前へ急いだ
もうすぐ、もうすぐで跳虎澗に着く!この十里坂を過ぎれば跳虎澗だ!
関羽も張飛も今度こそ助かったと思った
しかしここでは既に曹仁と夏侯淵が待ち構えて居るのを、彼らは知らなかった
典黙の言い伝え通り、曹仁と夏侯淵は一日前にここで待機していた
丸一日の退屈さを凌ぎ、夏侯淵は少し待ちくたびれた
「子孝、一日も待ったぜ。劉備が来なかったら嫌だな…」
「アホか、十里坂は南陽へ行くのに必ず通る道だ、それに軍師殿が来るって言ったら来るんだよ。既に兵士たちを五歩ごと横一列で配置した、来れば必ず分かる!」
全身びしょ濡れても曹仁は気にしなかった
「包囲網を伸ばすために薄くしたら突破され易いな…」
夏侯淵は少し不安がっていた
「仕方ない、この雨で一箇所に固まったら通り過ぎられるかもしれない。突破されても追い掛ければいい。南陽まであと二百里、途中で追いつく!」
この雨がなければ曹仁はこんな配置をしなかった、彼自身も突破され易い事を承知した上で索敵範囲を広げた
曹操軍か…?
雷が光り、遠くから諸葛亮が曹仁たちの姿を薄ら見えた
典黙はここまで計算していたのか、こんな優勢になっても警戒心を解かないとは…
諸葛亮は肝を冷したが、次の稲妻が当たりを照らし、再び希望の光を灯した
包囲網が薄い!これなら一気に突破できる!
雨に乗じてこっそり抜けられる事を警戒したのが裏目に出たな!追いかけるつもりならやめた方がいいぞ…
関羽は縄をよりキツく縛った
「突破するぞ…」
「あいよ!」
張飛が返事した
「雲長、俺が道を切り開くぜ!」
関羽は重く頷いて後ろの兵に声をかけた
「皆離れるな!ここを抜ければ跳虎澗だ!」
先頭に立つ張飛はいつもの叫びをあげるのではなく、静かに丈八蛇矛を水平に構え烏錐馬を加速させた
夜闇と豪雨で視界が悪く曹軍は遠くを見えない
次の稲妻が光り、気がついたら張飛は既に三十歩の距離に来ていた
「劉備だ!ここだ!速く来…」
丈八蛇矛がその曹兵の喉を貫き、そのまま放り投げた
「劉備はここだ!追え!」
叫び声が繋がり、曹仁も夏侯淵も三千の騎兵も一箇所に集まり出した
夜の闇で見失わないように曹仁は兵士たちに気合いを入れた
「大耳野郎を討ち取れば万金を与え、校尉に昇進だ!約束する!」
ヒャッハー
賞格の激励で騎兵たちは皆舌をなめずりまわしならず者のように奇声をあげた
すぐ三千騎兵が集結し、逃げ遅れた荊州兵を襲いながら追い続けた
いつもなら相手の馬を奪ったりもしたが、今は皆劉備だけを狙っている、誰も馬に目もくれなかった
「主簿殿!騎兵がこちらに向かって来ています」
斥候が簡雍へ報告した
彼の目の前には豫川の支流があり、その名は穎水である
劉備軍がこの川を渡った時は浮橋を作った
簡雍は諸葛亮に言われ、数日前からこの川の上流に土嚢袋で川水を堰き止めていた
簡雍は下流の方を見て呟いた
「まさか玄徳が本当に敗れたとは…」
「天が兄者を哀れみ救った!」
穎水に着く頃、豪雨にもかかわらず水位が低くなったのを見て関羽は喜んでいた
関羽たちが川の中心に着いた頃上流から轟音が鳴り響き、皆無意識的上流を見た
「速く渡れ!」
諸葛亮が声を上げると皆我に返って走り抜けた
あっという間に崩された堤から洪水が流れ出し、河床にいた数十名の曹兵を呑み込んだ
この光景を見た曹仁は冷や汗をかきながら悔しがった
自分もあと少しでも前に出ていれば同じように飲み込まれただろうと理解した
こんな濁流ではいくら武芸が強くても、千軍万馬でも意味が無い
「クソっ!クソォ!あと少しだったのに!」
向かい側の岸を見て曹仁は鞍に拳をぶつけて悔しがった
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