二百十六話 趙雲対黄忠
劉備軍は撤退し始めた、先頭に立つのは関羽と張飛
そして関羽は衰弱している劉備を縄で自分の背中に括りつけた
この行いはとても危険なもので、馬が二人を載せれば機動力が減る上万が一敵と遭遇すれば関羽の動きが鈍り戦いずらくなってしまう
傲慢な関羽は劉備に対する忠義は申し分なかった
張飛は隣で周りを常に警戒していた
その後ろには黄忠から託された千名の兵と二千の負傷者、馬夫、雑工等が続いた
二千の歩兵を連れている黄忠はその部隊の百歩後ろに続いて、殿の役割を果たすつもりだった
本陣から出てすぐ、背後から馬蹄の轟音が聞こえて来て黄忠は目をお細めた
馬の向きを引き返した黄忠は赤血刀をより固く握った
その様子を見た二千名の荊州兵も覚悟を決め、悪戦苦闘をするつもりで身構えた
これから起きる凄惨な戦いを洗い流そうとしたか雨も降り始めた
鉛色の空が近付く馬蹄の音と共に圧迫感を黄忠たちに与えた
趙雲、張繍、張遼が五千の騎兵を率い現れた
三人とも目の前の光景に驚いた
猛将が殿を務めると予想したがそれが関羽か張飛か若しくは二人同時なのか。
誰もそれが黄忠であるとは予想できなかった。
黄忠は腕が立つ猛将である事を趙雲は知っていた
しかし張遼、張繍との三人掛りであれば五十手合いで片がつく
その背後に居る二千の歩兵に至っては五千の騎兵が二回の突撃で全滅できるだろう
「黄将軍、投降してください!既に絶境です、無駄死しになるつもりですか?」
大きな雨粒が趙雲の綺麗な顔を洗い流す、彼の声は軽かったが透き通っていた
齢五十の黄忠は赤血刀を泥に刺し高らかに笑った
「男であれば縦馬横刀の時から死を覚悟するものよ!小僧、ここから先へはこの老骨の屍を踏み越えて行け!」
「おお!」
二千の歩兵も声を揃えて叫んだ
黄忠の笑い声は悲愴感と豪宕さを漂わせた、趙雲は思わず感慨深く思った
「まさか玄徳はこのような境遇にもあなたのような義士が伴うとは…」
趙雲が話終わると張遼と張繍が武器を構えて、背後の五千騎兵も突撃の準備をした
しかし、本来背水の陣で熱く滾る黄忠は趙雲の話で激怒して、こめかみの血管がはち切れそうになりながら怒鳴った
「黙れ小僧!劉備匹夫!彼奴にそんな価値は無い!!!」
えっ?
趙雲は急いで右手の拳で皆に止まるように指示した
「将軍がここに居るのは玄徳のためではないと言うなら何のためです?」
「決まっていよう!荊州男児の為だ!」
黄忠の背後にいる二千名前後の歩兵を見て、趙雲は黄忠の真意に気づいた
生き残っている荊州兵はこれだけではない、ここに居る連中はその撤退のための時間稼ぎ
黄忠と劉備の間に何が起きたのか、趙雲は知らない、知りたくもない
ただ黄忠に敬意を持った趙雲は再び口を開いた
「将軍、僕たちが受けた命令は玄徳を逃がさないだけです、他の人が抵抗しなければ危害を加えるつもりはない!」
「フン、そんな戯言を信じるとでも思ったか?」
戦いは避けられないと見て、趙雲は張遼を見た
「文遠は祐維と回り込んで追撃を続けて、ここは僕に任せて」
張遼と張繍は顔を見合せ、手を振り自部隊を連れて黄忠の両側から通り抜けた
黄忠は追いかけるつもりで手網を引いたが趙雲は竜胆亮銀槍を振り
「黄将軍!」
黄忠が再び目線を趙雲に向けた時、後者は内心の衝動を抑えていたように見えた
「黄将軍、今僕があなたたちに危害を加えるつもりなら掌を返すように容易い事だ!本来に荊州男児の命を大事にするなら邪魔するな、でなければ…」
趙雲は最後まで話さなかったが黄忠はその後の内容を予想できた
黄忠は冷笑し、泥に刺した赤血刀を抜き出し
「河口関で関羽の首を取りかけた武勇、見せてもらおうか!お前ら、命令があるまで動くな!」
騎兵と歩兵が野戦で戦えばどんな結果になるか黄忠は知っていた。
なので彼は趙雲に一騎討ちを申し込んだ、ここで相手の主将を討ち取れば典黙軍の士気が瓦解できる
現状、これは唯一の方法だった
関羽との戦いを見ても黄忠は趙雲と渡り合えると思っている
「行くぞ小僧!」
走って来る黄忠に対して、趙雲も夜照玉獅子を走らせ、竜胆亮銀槍を水平に真っ直ぐ突き出した
天命を知る歳が過ぎても黄忠の速さは趙雲の予想を超えた
赤血刀は後出しジャンケンのように竜胆亮銀槍の攻撃を次々と払い除けた
互いに通り過ぎた頃に、趙雲は黄忠の武芸が関羽より劣らないと理解し、全力で戦う事を決めた
竜胆亮銀槍の攻勢が全力になり、赤血刀と竜胆亮銀槍が空中で火花を散らしながら金属同士がぶつかる音を大雨の中で響き続けた
未だ全力ではないというのか…全くおっかない若輩だ…
黄忠はやっと関羽がどんな目に遭ったのかを理解した
趙雲の槍法は時には刀法のように力強く、時には魍魎のように捉えられない、それらを自由自在に切り替える趙雲はいつも防ぎようのない攻撃を繰り出す
黄忠の赤血刀も速さを極めたが趙雲の竜胆亮銀槍に比べればいつも出遅れる、黄忠は防戦一方になった
五十手合いが過ぎても黄忠の気力は少しも減らないが戦局は趙雲の方に傾いた
それでも趙雲は内心で黄忠の事を褒めていた
これほど激しい戦いでも息が上がらないのか…僕と歳が離れていなければ勝つのは難しい事だ
雨が増々強くなり、典黙軍も荊州兵も目の前の一騎討ちに目を奪われ血が滾って、戦いたかった
しかし互いに主将の命令無しでは動けない
黄忠は次のすれ違いざまに赤血刀と鉄胎弓を入れ替えて趙雲にトドメを刺そうと企んだが遠くから声が聞こえて来た
「二人ともおやめください!」
声の方へ見ると厳がこちらに向かって馬を走らせていた来た
「正方!生きていたのか…」
黄忠は生きている李厳を見て少し安堵した
李厳は黄忠と話す前に趙雲へ拱手した
「子龍将軍、ここは私に任せて先をお急ぎください」
子寂が李厳を出したなら理由があるはずだ…
そう思うと趙雲は自部隊を率い黄忠の横を通り過ぎた
「漢昇将軍、典軍師は劉備以外に手を出さないと約束した。もう俺らの戦いは終わったんですよ…」
黄忠は李厳の話を聞いて趙雲を追うのをやめた
同じ話を趙雲から聞いても信じられなかったが李厳から聞けば黄忠はやっと信じた
しかし黄忠の李厳を見る目が変わった
「曹操軍へ加わったのか…?」
「仕方ありません、叶県城に居る六千の荊州兵の命を救うのにこれしかなかった…」
黄忠の冷たい目から視線を逸らした李厳は答えた
李厳は変わらなかった、彼は依然と荊州兵の命を大事にしている
黄忠はやっと李厳の苦労を理解した
「正方…苦労を掛けたな…」
李厳は黄忠の背後に居る二千の歩兵を見て首を横に振った
「漢昇将軍、共に叶県城に向かいましょう…今朝の戦いでまた捕虜の数が一万以上増えた、さすがに私一人では彼らの命全部を救う事はできない…」
「あぁ、案内してくれ!」
黄忠は毅然たる目で答えた
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