二百十三話 絶望する劉備
朝日がゆっくり昇り、荊州軍が劉備三兄弟と黄忠に率いられ叶県城の南門へ向かった
劉備軍の気持ちは朝の風のように清々しい
叶県城に居る典黙軍が皆毒にやられまともに抵抗できないものだと誰もが思っていた
「この戦いが終われば俺は結婚するんだ!」
「ちょっ、そんな事言うなよ縁起でもない!」
「大丈夫だ!叶県城は今やガラ空きと同じだ、皆生きて帰れるさ!」
「そうだな…早く帰って畑仕事しないとな!」
行軍中、荊州兵たちは戦いが終わったあとのことに思いを馳せていた
叶県城の前に着くと予想通り城関の守備隊がいつもより大分減っている、残っている守備隊も皆元気なさげに城壁に寄りかかっていた
守備隊が劉備軍を見るとすぐ警鐘を鳴らしに走り去った
劉備はニヤリと笑って双股剣を抜き、前へ振り下ろした。
すると衝車が盾兵の護衛で城門前に運ばれ、二十名の兵士がそれを推し、全力で城門を叩いた
城関の警鐘がしばらく鳴り響いても誰も来ない
疎らの矢が放たれ、衝車を止めるのは到底できなかった
叶県城は落ちる!典黙はここで敗北する!
衝車が城門を叩く重い音が戦鼓のように響く、劉備たちもこの音を聞いて更に期待を胸に膨らませた
僅か十回目、閉ざされた城門が城内へ倒れた
衝車は急いで後ろへ下がり、周りの劉備軍が中へ流れ込んだ。
「勅令により、逆賊を討て!」
劉備は双股剣を高く掲げ、叫んだ
先に城内へ入ったのは前回生き残った騎兵二千、その後に続いたのは二万の歩兵。
歩兵たちも武勲を建てようと騎兵に負けずに全力で走った。
「ひぇ〜劉備軍だ!劉備軍が入って来た!」
「あわわわ、逃げろ!」
ちらほら居る典黙軍は劉備軍が入って来たのを見て、あっちこっちへ逃げ惑った
典黙軍の逃げる姿は劉備軍のやる気を励ますように、劉備は何も疑わずに前を走った
すぐ、後軍の歩兵部隊も全数城内へ入り皆朴刀を振り回しながら武勲を建てようと叫んでいた
どれくらい走ったのか、前回関羽が待ち伏せされた路地へ着くと見覚えのある一幕が再び上演された
三方向から典黙軍の騎兵が集まり、先頭に居るのは趙雲。
劉備はドキッとした、典黙軍の顔色はどう見ても体調が悪いようには見えない
どういう事だ…まさかまた誘い込まれたのか…
「クソ!あの腐儒また典黙にしてやられた!」
劉備が状況を理解できてないと思ったのか、張飛が説明した
趙雲は竜胆亮銀槍を前に構えた
「玄徳、あの兵糧は子寂が燃やした。大人しく捕縛されよう!」
冥土の土産のつもりか、趙雲は真実を伝えた。
これには劉備は最後の幻想も砕かれた、両側の民家に弓弩手が現れ、密集する矢が雨のように降り注ぐ
たった一回の斉射で劉備軍の陣形は崩された
驚いた馬が暴れ出し、騎兵がいくら手網を引いても落ち着きを取り戻せない
「撤退だ!」
悔しいがこの状況ではどうする事も出来ない、最早撤退以外の選択肢は劉備に残されていない
しかし前回の教訓を得た張遼と張繍は既に他の城門を塞ぎ、両側から突撃して来た
劉備軍は三方向から包囲され絶体絶命!
「慌てるな!陣形を組み直せ!」
そんな中黄忠の声が響き渡り、荊州兵たちの心を支えた
しかし軍心を保つ事も難しく、黄忠の一声でも最悪な状況が変わる事がなかった
「兄者!俺が翼徳と殿軍をする!速く後方へ!」
包囲される事に慣れたのか劉備は慌てなかった、関羽と張飛が前に立ちはだかればそれを突破するのも簡単では無い
狭い路地では兵力差よりも個人の武芸が物を言う
関羽と張飛の前ではいくら騎兵を連れた趙雲でもすぐには突破できなかった
趙雲は典黙の言い伝えを肝に銘じ、劉備の首を狙ったが丈八蛇矛と青龍偃月刀の前では呂布ですら分が悪い
切磋琢磨を経て槍法を極めた趙雲も防戦一方になった
後方へ下がった劉備は城門の方を見るとそこは既に自軍の歩兵で門が塞ぎ込まれた、無理に門から出るなら目の前の荊州兵諸共殺さなくてはならない
急いで脱出する方法を考えながら劉備は迷路のような路地を走り回った
辺りに響き渡る荊州兵の阿鼻叫喚が劉備の耳に入って、大粒の汗が額から滲み出た
すると誰かに呼ばれた気がした劉備は立ち止まって周りを見渡した
しかし周りは全部同じような青石と土壁で劉備は道に迷った
酷く脅えた劉備は助けを求め叫んだ
「雲長、翼徳!」
叫び声は虚しくも周りの阿鼻叫喚に掻き消された
この時今までにない絶望感が劉備を襲い、彼は死を覚悟して目を閉じた
「的盧、どうした的盧?」
不思議な事に的盧馬は自分から走り出した
この劉備と同じく主を妨げる馬はなんと入り組んだ路地を駆け抜け、主戦場の近くへ戻った
劉備は藁にもすがる思いで懸命に南門へ向かい、交戦地域を抜けた
あと少しで南門に辿り着きそうになった時、鋭い白刃が襲いかかって来た
劉備は無意識的に頭を下げたが鈍い音と共に自分の兜が飛ばされた
乱れた髪の隙間から白刃の方へ見るとそこには張繍が居た
「劉備!何処へ行く!軍師殿はお前に用があるぞ!」
張繍は憎しみの眼差しで劉備を見てすぐに追撃をした
虎頭鍛金槍が横薙すると劉備は双股剣で防いだ
しかし張繍の力強い攻撃を防げてもその衝撃を防ぐ事は出来ない
痺れた腕に気を取られていると虎頭鍛金槍は角度を変えて逆側から再び現れた
火事場の馬鹿力と言うべきか、劉備は潜在能力を全て引き出し、いつもギリギリだが確実に張繍の攻撃を凌げた
本来馬戦では剣のような短い武器は分が悪い、しかし劉備の長い腕がその短所を補った。
劣勢のまま二十手合いを過ぎると遂に劉備は体力が持たず、張繍の百鳥朝鳳槍を完全に凌げなくなった
張繍は隙を見て全力で下から上に槍を振り上げ。
劉備は肩から激痛を感じ、気が付くと剣を握っている見覚えのある長い腕が空高く舞い上がったのを目にした
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