二百十二話 諸葛亮の不安
劉備軍本陣、黄忠が急病と称して自ら引きこもった。
そして彼は劉備に南陽へ戻るつもりだと伝えた
この事態は劉備軍にとって大事だ、劉琦がここに居なければ荊州兵は皆黄忠の言うことしか聞かない。
黄忠が南陽へ戻れば荊州兵たちの軍心は揺れ動いてしまう
黄忠が本当に病に伏したなら未だ良かったが、患ったのは心の病だと劉備は知っている。
既に二回黄忠を訪ねたが二回とも相手にされなかった劉備はこの日再び彼を訪ねた
三回目も同じように黄忠は目を閉じたまま劉備を見ない
「漢昇、私を憎んでいるのはわかっています。この作戦が始まれば叶県城に居る捕虜たちも命を落とすでしょう。漢室のために戦った彼らを犠牲にするのは私の責任だ、日々仁義を口にしながらこのような策を使うと決めた私は確かに不義である…」
そう言いながら劉備は自然と涙を流し始めた
「孔明からこの策を聞いた時、私も心苦しく思い使いたくなかった!しかしこれしか方法は無いと言われ、私も渋々承諾した」
依然と反応を見せない黄忠を見て劉備は涙を拭きながら胸を叩いた
「これもやも得ない決断、高祖の血を受けた私は天子の置かれた状況を考える度に胸が張り裂けそうになる!曹賊から天子を救わねばなりません!仁義にも大義と小義がある、天子を救う大義のため漢昇の協力が必要だ!天子を救い出した後荊州へ戻って謝罪をすると約束する!漢昇がそのままで居れば天子を見殺しにするという事、天下の民を苦難から救う術があるのに何もしないのか?漢昇!漢昇ぉ…」
このまま何もしないなら全ての罪はお前にあると言わんばかりの屁理屈を並べる劉備
心底劉備を嫌った黄忠は深くため息をついて寝床から起き上がったが彼を見向きもしなかった、と言うか見たくもなかった
二回ぼろ負けしても尚北上しようとする劉備に対する不満をなんとか許せたが今回の件で完全に絶望して、南陽へ戻れば二度と劉備と同じ戦線に立たないと心に決めた。
「ここまで至れば悔やんでも仕方がない、兄弟たちの命を無駄に散らせる訳にも行かないから…陛下を救い出そう!その後俺は隠居しよう」
「漢昇!陛下の代わりに礼を言う!大漢百姓の代わりに礼を言う!」
涙を拭き取り、劉備は張良と黄石公の逸話を思い出したか、しゃがみ込んで黄忠に靴を履かせようとした
しかし好感度が負の値になった今、そのような鳥肌が立つ仕草は黄忠に拒否された
黄忠は身支度を整えた後劉備の後ろについて中央軍帳へ向かった、そこへ行くと関羽と張飛が期待に胸を膨らませていた
「兄者!今日叶県城まで一矢の距離まで近づいて見たらよ、城関にいる守備隊がいつもの半分も居ねぇぜ!居るやつも皆顔を真っ青にしてた!こりゃ軍師の作戦が成功したぜ!」
劉備が座る前に張飛はへへへっと笑いながら言った
「どうよ、軍師も何か言ったら?俺の丈八蛇矛がうずうずしてどうしょうもねぇぜ!」
張飛はそのまま諸葛亮に拱手した
本来であれば許昌まで攻めるまで張飛は諸葛亮を軍師として認めたくなかったが、毒兵糧を送り込んだ今では軍師と呼んでも良いと思った
関羽も同じように、叶県城の典黙軍が毒殺されれば許昌は空の城同然だと思った
「もう少し待っても良いと思う、毒計が本当に成功したら数日後には無血開城を果たす事が出来るはずだ」
諸葛亮は少し不安に思っていた
「軍師よ、あんたすごい才能を持ってるのにいつも慎重過ぎるんだよ!典黙軍は既に虫の息だぞ、俺に五千兵をくれれば叶県城を落として見せるよ」
「翼徳の言う通りだ軍師、万が一典黙が速馬で曹操に救援を求め、曹操が援軍を送って来たら厄介な事になる」
関羽も張飛の意見に賛成した
「孔明、我が軍の食料が底を尽きそうだ、確かにこれ以上待つのは厳しい」
劉備はそもそも速く雪辱を果たしたいがために当然彼も諸葛亮を急かした
「それなら…三日後に実行しよう」
少し悩んでから諸葛亮はついに答えを出した
劉備三兄弟にしてみれば三日も待ちきれなかったがこれ以上異論を唱えるのも良くないと思った
意見が統一した後作戦会議が開かれた
今回の戦いはガラ空きの城を攻めるようなものなので会議自体も適当に執り行われた
深夜、ずっと不安に思った諸葛亮は軍帳の外へ出ていつものように木の枝で色んな陣形を並べた。
一体何がおかしいというのだ…?
典黙が予想外の場所で輜重物資を奪ったから?私がこの計画で何かを見落としたか…?
ここ数日彼はいつも謎の不安感に襲われていた
諸葛亮は陣形を五六通り並べても落ち着きを取り戻せなかったのでため息をついて夜空を見上げた
「おやっ、雨が降りそうだ……って何だこれ!北の上空、主星が燦々と輝いてるのに客星が薄暗い!易経によれば我が軍に破滅の災いが訪れるぞ!」
決定権が諸葛亮にあればきっと彼は戦わない道を選んだ。
毒の効果が現れれば典黙軍が城門を開いて降伏するはず、逆に毒の効果時間を過ぎても降伏しなければ毒計が失敗したと分かる。
残念ながら諸葛亮の言う事を聞かないのが三兄弟で、彼らはどうしても攻城戦を仕掛けないと気が済まない
諸葛亮の占いは必ず当たるという訳では無いが、不安に駆られた彼は何かをしなければいけないと思った
簡雍の軍帳まで行くと諸葛亮は簡雍を呼び出した
「軍師殿、こんな夜更けにどうされました?」
簡雍は眠い目を擦りながら出て来た
「憲和、明日千名の兵を率い本陣西三十里離れた跳虎澗へ行きなさい」
「えっ?なんで?三日後叶県城を攻めるのではないですか?」
諸葛亮はため息をついて、やるべき事だけを伝えた
「軍師殿、そうする必要があるんですか?」
「ないと良いが…一応やれる事をやって置こう」
「はい」
諸葛亮が口を開いたなら言う通りにするしかない、簡雍は頷いて拱手した
手筈を整えてから諸葛亮はやっと少し安心した
全く、この三兄弟と来たら…
諸葛亮は隆中から出る前に自分への待遇をある程度予想したが、今置かれる状況を予想できなかった。
三人とも自分の意見を全く尊重せずに好き勝手に動く
これでは戦いがある度先ず退路を考えなくてはいけない
典黙は恐ろしい相手だと認めるが絶対勝てない訳では無い
しかしそれには皆の協力が必要で今の状態では決して勝てない
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます