二百十一話 笮融の洗脳
諸葛亮が使った毒兵糧の下策は誘い込みを仕掛けるのに最適
典黙も次の戦いで劉備を叶県城内で屠れると確信した
仮に叶県城から脱出できたとしても南陽への逃げ道には曹仁と夏侯淵を配置できる
しかしそれでも典黙は劉備の生還する可能性を警戒していた
何より劉備の脱兎の如く逃げ足が速い、歴史上でも劉備は絶体絶命の状況下で十三回逃げ切った
念には念を、伏兵だけでなく荊州の人心にも仕掛けが必要だと典黙は考えた
すっかり劉備に取り憑かれた劉琦に劉備を見離すように仕掛けるには、荊州の士族も民も劉備に対する不満を爆発させなければいけない
世論を操作すればいくら劉琦でも劉備を守り切れない
当然ながら世論操作に最適の、あの男の出番という訳だ
「誰か、大鴻臚を呼んできてくれ」
「先生、お呼びでしょうか!今先生には私が必要だと感じました!」
突如現れる笮融に驚きを隠せないが典黙は計画を笮融に話した
「はい、先生!きっと失望させません!」
翌日、叶県城の練兵広場には六千名の捕虜が集まって胡座をかいて前を注目した
点将台の上に赤金の袈裟を身に纏う笮融がゆっくりと中央に向かって歩いた
河口関の時から彼は注目されて演説する事に快感を覚えた
「ゴッホン」
荊州捕虜の前で笮融は咳払いをして注目を促した
「荊州の男児たちよ!捕虜になるのは初めてか?捕虜とはどういう存在か分かるか?」
捕虜たちは互いに顔を見合わせ、笮融が何を言いたいのか理解できなかった
笮融はその反応を見て冷笑し、話を続けた
「捕虜とは尊厳のない者だ、家畜以下だ!我が軍の一兵卒でも機嫌が悪ければお前たちで鬱憤を晴らしてもいい!不服か?捕虜が本来何を食わされるか知ってるか?木の葉っぱだ!木の皮だ!それらすらない時すらある!更に酷い場合はそのまま埋め殺しだぞ!白起がなんで趙軍四十万の捕虜を埋め殺した?項羽がなんで秦軍二十万の捕虜を埋め殺した?食料が足りないからだ!対してお前たちの処遇はどうだ?我々と全く同じものを食べている!あろう事かこの戦が終わればお前たちを無事南陽へ返すと軍師殿が約束した!これほどの仁義を劉備は持ってるか?麒麟軍師以外誰が持ってる?しかしここから南陽までは二百里離れている、携帯食料が無ければお前たちは皆道中で餓死するだろう!我々は本来貴重な食料をお前たちに分ける義務も余裕も無いぞ!」
ここまで聞けば捕虜たちは皆怯え始めた
二百里の道程、食料が無ければ本当に道中で餓死してしまう…
笮融は天を仰ぎ
「軍師殿はお前たちのために、我が軍の兵士に危険を冒させ兵糧を奪わせた!」
そこで一人の兵士が大麦を運んで来て、鶏に食べさせた
捕虜たちは食料があると聞いて誰も鶏を気にしなかったが、しばらく見ているとその鶏が倒れ足をバタバタさせて死んだ
捕虜たちが目の前で起きた事に驚く中で笮融は再び話し始めた
「見ての通り、この食料に毒がある!確かに毒は我々のために用意した物だろうが、前回の戦いでお前たちは一万以上の兵が城内に取り残され、多くの者が捕虜となった!中には我が軍に参加する者も居るだろう!劉備はそれを分かっていながら毒が入ってる食料を送り込んだ、何を意味するか最後まで言わなくても分かるだろう?」
捕虜たちは下で議論を始めた
「おいおい、俺らまで殺そうってのか?」
「クソッタレの劉備め!こっちが命掛けで戦ってるってのにこんな手段を使うのか!」
「良くもぬけぬけと仁義を口にできたな!」
「南陽に戻れたら公子にこの事を話そう!」
「もうこれ以上劉備を荊州に置けない!」
おのれ劉備!この疫病神!
捕虜たちの議論の中で、目に怒りの炎を宿した李厳は拳を固く握り締めた
先生、お喜びください!この笮融はやりました!これで又、先生の笑顔を拝める!
この光景を見た笮融はとても満足した
「打倒劉備!大耳を追っ払え!」
笮融は空高く拳を突き上げた
地面に座っていた捕虜たちもそんな笮融を見て、皆立ち上がって同じように鬨を上げた
「打倒劉備!大耳を追っ払え!打倒劉備!大耳を追っ払え!…」
この異様な光景につられ訓練をしていた典黙軍も皆武器を掲げ同じように鬨を上げた
「媚び売りしかできない卑劣な奴だと思っていたのにやるな…俺も叫びたくなったぞ」
木陰の下で胸の前に腕を組んでいた陳到は感慨深い呟きをした
典黙は広場に来ていなかった、彼は最初から大鴻臚の実力を疑わなかった
「もう既に四五日は経っている、そろそろ頃合だ」
議政庁内、典黙はそう呟いた
「子龍兄、今晩から外に居る見回り兵を全て城内に戻そう、城関の守備隊の数も減らしておいて」
「はい」
趙雲が返事した後典黙は彼を見た
「子龍兄、この戦いで劉備の命をもらうつもりです。嫌なら他の将にお願いするよ?」
関羽は忠義心厚く、華容道で曹操を逃がした。
それと同じように劉備が泣きながら趙雲に命乞いをしたら、彼も同じように劉備を見逃す可能性もなくはないと典黙は心配した
「戦場ではお互い主のために働く、僕は徐州から既に丞相の配下となり玄徳と一線を引いた!安心して!」
典黙は頷いた、趙雲がここまで言うならそれ以上何かを言えば彼を疑う事になる
「子脩、あと二三日もすれば劉備たちが動くはず。子孝たちにも連絡するように!二日後十里坂に待ち伏せを必ず仕掛けろ!今度は少しの失敗も許されない」
「はい!」
曹昂は命令を受けてすぐ外へ向かった
典黙は再び地図に注目した
人知を尽くした、残りは天命を待つ他ない…
理論上今度こそ劉備は逃げられない、叶県城の包囲網を突破したところで曹仁と夏侯淵が待ち構えている。
それらを全て突破できるのは万に一つもない!
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