二百十話 露見した下策
本陣中央軍帳の外、篝火が夜の闇で揺らぎ二つの人影を伸ばした
劉備と諸葛亮は後ろで手を組み北の方を眺めていた
劉備は満面の笑みを浮かべ今まで受けた苦難が全て報われると確信したが諸葛亮は複雑な気持ちを胸に抱いた
「さすが麒麟の才言われるだけあって、あの三箇所ではなく横林の出口と本陣の間で待ち構えていたとはな…孔明の策がなければ本当に危なかった」
「そうですね、私も予想外でした。これなら漢昇の降伏が本当だろうと嘘だろうとどちらにせよその情報を極限まで利用出来ます。曹操がこのような大才を手にしたのは天に恵まれました」
「私が孔明の助力を得たのも天の哀れみです」
劉備は感慨深く満面の笑みで諸葛亮を見て話した後諸葛亮の手を両手に取った
「ありがとうございます…」
内心の悔しさを押し殺した諸葛亮は一刻も速くこの戦いを終わらせてから下野したいと思った
そうする事で今までの無礼は簡単に水に流すものではないと関羽と張飛に思い知らせたい
本陣の外から馬蹄の音が響き、張飛が真っ先に馬から飛び降りながら鞭を振り上げた
「翼徳!無礼だぞ!」
今度は劉備が諸葛亮の前に立ち彼を守った
「兄者、無礼なものか?この腐儒が軍令状を立てたぞ!曹軍は漠林にも十里坂にも回龍坳にも現れなかった!本陣の近くで輜重物資と兵糧諸共奪って行ったぞ!」
張飛は劉備を前にしても今度は引き下がらないつもりでいた
「兄者、軍令状を立てたなら執行せねば示しがつかない、我々の数万軍の軍心が揺らぎかねない」
関羽も軍令状を盾に食い下がる
何を勘違いしてる、この数万の兵はお前たちのものでは無く、我が主劉琦の物だぞ…
あとから来た黄忠は何も言わずに近づいてきたが快く思っていない
もちろん黄忠は考える事を口に出さなかった
「雲長、翼徳!速く軍師に謝罪を!」
劉備の話を聞いて関羽は顔を逸らした、恐らく諸葛亮を庇ったことに対して嫉妬した
「謝罪?なんで俺らが謝罪なんだよ、コイツが間違ったろうか?」
諸葛亮は心苦しく思った、劉備のために漢室のために卑劣とも言える下策を講じたのにその見返りは匹夫による罵りだった
彼は首を横に振りながら軍帳に入った
「コラっ!腐儒何処へ行く!軍杖を喰らえ!」
張飛は諸葛亮の後ろ姿を見て叫んだ
劉備は急いでその口を手で覆い、説明を始めた
「これも軍師の作戦だ、輜重物資も兵糧もわざと典黙に与えた。最小の代償を払って典黙軍を打ち勝って天子を救うのにこうする他ない!」
「一体どういう事だ兄者?」
劉備は振り向いて諸葛亮の立ち去った姿を見てから計画を全て話した
関羽と張飛は互いに顔を見合わせ驚きを隠せない
しかし二人は諸葛亮に謝罪するつもりはなく、張飛に至っては独り言をこぼした
「ふん!上手く行ったら土下座でも何でもするよ」
関羽も何も言わずに張飛と共に立ち去った
二人の弟が諸葛亮と相容れないのを見て劉備はため息をついて軍帳内へ入って諸葛亮を慰めに向かった
「叶県城には生き残りの兵たちが捕虜に取られているのだぞ!彼らはどうなる!?劉備!」
黄忠の問いは虚しく劉備の大きな耳に届かなかった、或いは届いたが劉備は聞こえないフリをしたか……
鎧や朴刀、盾などの物資を一杯載せた車列が叶県城に入り、同じように兵糧を満載した荷車も届いた。
城関に立つ典黙は少し恍惚した、自分が思ったより簡単に成功した事に対してにわかに信じられない
「状況から察するに、孔明は確かにあの三箇所で伏兵を仕掛けたが横林と本陣の間を疎かにした」
長い車列を見て徐庶も感慨深く言った
典黙は何も言わずに城関から降りて趙雲たちの所へ向かった
「子寂、予想通りだ。我々が輜重物資を奪った後横林の方から追っ手が来た。相手の兵力が少ないせいか、接戦してすぐ離脱した」
「うん、子龍兄も文遠も祐維もお疲れ様。中へ入って休んで」
三人は拱手して城内へ入った
路線に問題は無かった、待ち伏せも輜重も全てに問題が無いように見えた
典黙は諸葛亮が西川から北伐した時わざと司馬懿に兵糧を奪わせた事を思い出した
あの時は確か、木牛流馬で魏の兵糧を騙し取るためだったな…
典黙は思わず青釭剣で兵糧袋を突き刺し、黄金色の大麦が流れ出た
典黙はそれを手に取り匂いを嗅いだ
火油の臭いはしない、残りは一つ…
典黙は曹昂を一目見ると後者は彼の意を汲みその大麦袋を肩に乗せた
確かめるべき事はあと一つ、毒である
乱世では敵軍に毒を盛る事例は少ない。
その主な原因の一つは毒物の値段が高い、そして毒を盛ったとしても相手がそれを奪って食すのか燃やすのかが分からない
なので乱世では毒よりも疫を多く使う、最も簡単な方法は敵軍の水源に腐敗した死体を放り込む。
しかし毒を使う事例は少ないが、全くない事も無い
紀元前では晋国と秦国の交戦で一度あった
典黙の推測が正しければ諸葛亮が今の状況で逆転勝利を掴める唯一の手段は毒しかない。
仮にそうであれば諸葛亮の手段も巧妙なものだった
先ずは黄忠の情報で誘い出してから伏兵も仕掛け、奪われた輜重物資を追わせた
この一連の動きで兵糧自体に問題はないと錯覚させられる
普通なら敵の輜重物資を奪えば誰もがその後の総攻撃を考える事に気を取られる
あくまでついでに奪っただけの食料に誰も気にしないだろう
ただし、諸葛亮の唯一の失策がある言えば、それは典黙が誰よりも慎重である事
典黙は曹昂に再び鶏で試すよう言い残してから将軍府へと向かった
気持ちよく二度寝を決め込もうとした典黙が寝床について目を閉じる前に曹昂が二羽の鶏を手に急いで走って来た
「先生、毒です!」
地面に降ろされた鶏の死体を見て、典黙は少し信じられない気持ちになった
こんな下策を使うのはせいぜいタヌキ賈詡だと思っていたのに諸葛亮も使うのか…?
「毒ね…毒なら毒で、それも利用させてもらおう!せっかく建てた計画の出番が無くなるのは少し惜しいが、これはこれで良い…」
典黙の目に珍しく殺意が込められた
「今度こそ劉備の息の根を止めよう!」
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