二百八話 主戦場争奪

「黄忠からもらった情報が正しいならこことここ、そしてここも伏兵に適しています」

趙雲は一枚の地図を議政庁の中央に広げ、漠林、十里坂と回龍坳を指さしていた

「しかしこの三箇所での待ち伏せを読まれ、敵が既に何かの対策を立てているかもしれません。一箇所に兵を集めれば対策されたとしても勝てます」


「子龍将軍の意見に同意です」

張遼も同じ意見を述べた


張繍は何も言わずにひたすら頷いた


武将明らかに黄忠の誠意を信じたが、典黙の半信半疑な態度を見て一応潜在的な脅威を示し出した


「先生、黄忠が本当に帰順するつもりなのか偽装降伏なのか、陳到に聞けばわかると思います」

沈黙する典黙を見て、曹昂が自分の意見を話した


しかし陳到が帰順して以来、典黙はこの事を聞かなかった。

劉備軍の状況を陳到から聞き出せば彼を不義の立場にしてしまうからだ

そして典黙は聞かなくても真相に気付けると自負していた


「そんな事しなくても良い、黄忠は既に答えを教えてくれた」

典黙は首を横に振りながら言った


皆は理解できない顔で互いを見合わせてから視線を典黙に戻した


典黙は布の密書を掲げ話した

「黄忠は関羽とのいざこざで軍杖八十を受け、運搬係に落とされたはずでしょ?だからこそ我々は兵糧の運搬路を彼から聞き出せた。しかし兵糧の運搬係が何故輜重物資の搬送情報を知っている?」


兵糧の運搬係が輜重物資の運搬路を知るのは不思議な事ではない、しかしそれ以外の情報は機密情報のはず。

官渡の戦いでは河北四支柱である張郃ですらその情報を知り得なかった、兵糧運搬係に落とされた黄忠がその情報を知るのはどう見てもおかしな事だ


その事で黄忠の降伏は陰謀であると立証できた


「まさか諸葛亮の作戦はここまで周到なのか…南陽に居た頃から布石を打って情報を立て続けに送って来たのも作戦のためか!軍師殿が居なければ諸葛亮の罠に嵌るところでした…」

張繍が感慨深い独り言をこぼした


「子寂、それならこの三箇所全てに伏兵がいるかもしれない。いっその事…」

趙雲は地図にある劉備軍本陣を指さした


「前回諸葛亮は一度本陣を破られた、今度は本陣に何かしらの準備をしているかもしれない」

冷静に分析する張遼に典黙と徐庶は讚称の視線を向けた


「できるのかそんな事?」

張繍は少し信じられない顔をした

「本陣とこの三箇所全て同時に伏兵を仕掛けるほど劉備軍の兵力は残ってないはず」


「難しい事では無い、僕が諸葛亮なら三箇所に兵力を仕掛け、本陣には火油と硝石など仕掛ける。奇襲を受ければ火の海にしてしまえば良い」


「それじゃ軍師殿、我々は黙って輜重物資が敵本陣に届くのを黙って見ている事しかできないですか?敵本陣に輜重物資が届いたら戦は長引いて我々の優勢も無くなります」

典黙の分析を聞いた張繍は悔しそうに話した、彼の目からこぼれる戦意を見れば今すぐにでも総攻撃を仕掛けたい気持ちが感じ取れる


「黄忠からの情報は本物に間違いない、でなければ我々を誘い出す事ができない、ならば我々も必ず通る道に伏兵を仕掛ける必要がある」

典黙は淡々と話した


「三箇所のどこかに兵力を集中して叩きますか?しかしこの三箇所の位置はそれぞれ遠く離れていない、戦が始まれば他の二箇所から敵兵が集まり、総力戦になってしまいます」

張遼は再び冷静に潜在的な脅威を口にした


「文遠の言う通り、総力での野戦になっても我々の有利に変わりないが諸葛亮がこれらの場所で細工してないと保証できない。僕はこの三箇所以外のところで仕掛けるつもりだ」


諸葛亮は火攻めを得意とする、博望坂、新野城、赤壁、上方谷。これらの歴史を知る典黙は火攻めを警戒していた


「しかしこの三箇所以外に運搬部隊が必ず通る道となると…」

趙雲は再び地図に目を戻した


「あるじゃないか、ほらっ」

典黙は地図にある劉備軍本陣を指さした

「輜重物資は最終的にここへ運ばれるから」


「本陣の前!なるほど、待ち伏せを敵本陣の周辺に仕掛ければ本陣に入る必要もなく阻める!」


「そうと決まればすぐにでも取り掛かろう!」

北地槍王の張繍は戦場で戦うのも好んでいた


「そういう事です!具体的な作戦は子龍兄に任せる!」

典黙は言い終わると趙雲は拱手して張遼と張繍を連れて外へ向かった


「軍師殿と孔明の戦いは見てるだけだハラハラします」

全員が出て行ったあと徐庶は感想を述べた


「元直、話したい事があるならはっきり言えばいい」


諸葛亮は裏をかかれることを読めない訳が無い、この裏の裏に未だ何あがあると典黙は確信している。

そして徐庶も違和感を感じられない程のの凡人ではないと典黙は確信した


「はい、孔明なら軍師殿が黄忠を信用しないと予想できたはずです、それでも最終的に黄忠を使って来ました。どうしてもそこに違和感を感じます」


典黙は帥椅の背もたれにだらけて天井を見上げた

「だよね、黄忠を餌に僕を釣り上げようとしているようだが、黄忠に情報を持たせた事は隙でしかない。諸葛亮はこの明らかな隙を分かっていながら計画を続けたのはどう考えてもおかしい」


何故隙を見せながら計画を続けた?

僕が一勝したから気を弛めたとでも思ったか?

それとも僕が何かを見落としたか…?


「もしかしたら孔明は伏兵を本陣に仕掛けたのか?」


典黙は徐庶の質問に何も答えなかった、漠林も十里坂も回龍坳も諸葛亮の仕掛けがないと言いきれない

諸葛亮の予想した戦場なら予想外の事は起きかねない、万が一火攻めに遭えば数万の兵力は火の海では一瞬で溶ける


しかし本陣の周辺なら諸葛亮の意表を突く事が出来る

つまり二人は開戦前に主戦場の争奪をしている


典黙はこめかみを押さえ、ため息をついた

「どうであれ輜重物資を奪うか破壊しなければいけない、でなければ再び劉備軍を苦境に追いやるのは難しくなる」


徐庶も頷いた

「確かに千載一遇の好機ですね、輜重物資を失えば玄徳公は対峙にしても撤退にしても苦境から抜け出せない…」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る