二百二話 千里を超えた愛

この時代には未だ相棋(シャンチー)が無く、囲碁はあるが典黙はあまり好きじゃない。

彼は相棋を部下に作らせ、徐庶を対戦に誘った


徐庶は頭のいい人なので基本的な事をすぐに覚え、上手になった

「うん!この相棋という物は面白い!対局する上で戦場と同じよに策略を考えなくてはならない!」


徐庶はとても気に入ったのか、典黙と二時間やっても飽きない、時には典黙の返しに手を叩いて賛称した。


その間に曹昂が二つの竹簡を持って入って来た

「先生、手紙です。それぞれ父上と子孝将軍からです」


手紙か、急報ではないと言うなら大した事じゃない…

典黙は頭を上げ、曹昂を見た

「何と書いてある?丞相のから教えてよ、今手が離せない」


曹昂は口角を上げて曹操の手紙を読み、内容だけを伝えた

「先生、父上の手紙によると奉孝先生が策で袁譚の大軍を誘い出し鄴県城を手に入れた。魏郡を含め他の郡も降伏しました!袁譚は広平へ逃げ、袁煕と袁尚は陽平郡で父上を迎え入れたが二人を酒宴の後に捉えました」


魏郡は曹操にとっては大きな意味を持つ、魏王の"魏"はそこから貰った物だった


王となればその封地の中では朝廷とは別の三公九卿を設けられる、言い換えれば小さい朝廷を作る事ができる


そして鄴城は袁家の首府、そこを手に入れれば他の城や郡を手に入れるのも速くなる


「やはり鬼才ね!田豊と沮授でも勝てないのか…」

典黙は気になったので竹簡を曹昂に見せてもらったが策の内容までは書かれていなかった

自分の介入により鬼才が策を出す回数は明らかに減ったがそれでも毎回曹操を助けられた


「子脩、丞相がどういうつもりでこの手紙を出したのか、分かる?」

典黙は竹簡から目を離し、注意力を徐庶との対局に戻した


「僕らに良い報せを伝える事で士気を上げるためですか?」

曹昂は手紙の内容を思い浮かべてから答えた


「それだけではないね、もう少し考えてみて」

典黙は相変わらず相棋から目を離さずに聞いた


「分かりません…」

曹昂は少し考えたが、頭をかいて答えた


「丞相は僕らの情報が無く、気になっている。しかし直接僕に"増援は必要か?"と聞けば僕の面子を潰す事になる。だから敢えて自分の順調さを伝えて来た。ハッキリ言ってないが"いつでも増援に行けるぞ!"と言う意志の現れだ」


曹昂は納得した顔をして頷いた

「なるほど!父上は頭良いですね!それならこっちも数日前の戦いを報告しましょう!」


「だね!」

典黙は頷いた

全く、丞相のずっしりとした愛は千里も超えて伝わったよ…


「子孝は何と?」


曹昂は二つ目の竹簡を開いて目を通した

「子孝将軍いわく、ここ数日荊州軍の脱走兵をたくさん捉えています。ここで致命的な一撃をするかと聞いてますね」


「アイツ…」

典黙は駒を持ったまま笑い出した

「こっちの方が戦闘を始めたのを見て、うずうずしているのか…後で出番が来るから、じっとしろと伝えな」


「はい!」


典黙は隣の席をポンポンと叩いた

「座りな子脩、君は公子だ、これらの雑務は他の人にやらせれば良い」


「いえ、こうした方が先生から学べる事も増えますのでお構いなく!」

曹昂も隣の席に腰をかけた


曹昂はたまに身分に不相応な事をしたりする、典黙も気にしなかった。

身分に囚われない行動をする曹昂は気を使う必要もなく、曹操のように接しやすかった


少ししてから、典黙は砲を徐庶の馬にかけた

「王手!詰みだね!」


徐庶は軽くため息をして拱手した

「軍師殿の腕前、お見事です!」


「十敗だ、どっちか選んでもらうよ」


「李正方」


「いいよ、じゃ僕は陳到だ。期待してるよ、元直!」


対局の賭けは徐庶に捕虜の説得だった。

他の人に任せても良かったが、結局典黙も徐庶の才能を見込んだ。

徐庶に頼んだのも、少しずつ彼に仲間意識を植え込むためだった


徐庶も臥龍と麒麟の戦いを見てから、自分が策を出そうか出さまいかあまり意味が無いと理解した。

それに捕虜の説得はそもそも約束の内に入らない


三人が議政庁から離れ、調練広場へ向かった。

まともな牢獄は許昌にあるが叶県城にはなかった。

ここにいる捕虜は皆調練広場の横にある仮設の牢に閉じ込められた


牢へ近付くとそこには張遼が一壺の酒を腕に抱え、待っていた。


暗くジメジメした牢へ入ると典黙と徐庶は別行動になった。


鎧を剥がされ、両手に鎖を付けられた陳到は地べたに座り俯いた


「僕を知ってる?自己紹介した方がいい?」

典黙は近くにある枯れ草を臀の下に敷きながら聞いた


陳到は少し顔をあげ、乱れた髪から目の前にいる少年を見て、少し意外に思った


徐州で劉備三兄弟が笮融たちに袋叩きにされた時、彼は典黙を見た事がある、その後河口関でも見た事があったが、この距離で見るのは初めてだった。


典黙のような立場の人がどうして自ら直々に牢に入り自分に会うのか、陳到は不思議に思った


典黙は何も言わずに手招きすると張遼は酒を陳到の前に置いたが、陳到はそれを飲もうとしなかった。


「陳到、陳叔直。忠義無双、練兵の逸材…しかし目が悪かったようだね、人を見る目がなかった」

典黙は少し軽い口調で話した

「違うか?火の壁が上がった時点で劉備は城へ入ろうとしなかった、しかし関羽が未だ中に居ると聞いて中へ入ろうとした。その後関羽が東門から脱出したら何事も無かったかのように撤退した。君、陳叔直の居場所も聞かずにね」


当時陳到は城関で取り押さえられていた、彼もその一幕をその目で確かに見た。

ここ数日の間、その一幕は何度も脳内をよぎり、彼の心を痛めた。


典黙に痛い所を突かれた陳到は捨て駒にされた気持ちで目を赤くして、目の前の酒をガブガフ飲み出した


三兄弟の桃園の義はいくら固くてもそれ以外の人を見捨てて良い理由にはならない。

陳到は徐州から南陽まで何度も劉備のために命を張った、なのにこの仕打ちは酷いと彼も思った


前世で尋問突破の本を読んだ事がある典黙は相手の心の防衛を突破するのに共通の話題が必要だと知っていた


酒を飲む陳到を見れば先ず最初の関門を突破できたと典黙は理解した


しかしそれでも典黙はそこで勧誘を始めたのではなく、張遼の方を見て全く関係のない質問をした

「文遠、君は何故軍に入ったのだ?」

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