二百話 叶県城防衛戦

叶県城南門の正面に向かって劉備軍の主力部隊である三万の歩兵が全力疾走していた

「急げ!もっと速く!叶県城へ入れ!」

開いてる城門と奮戦する李厳たちを見ると劉備は内心の喜びを抑えられずに声を上げた


全てが孔明の計算通りだった!

土埃が舞い上がり、劉備も舞い上がった。


劉備は思わず黒い七星袍に着替えていた諸葛亮を見るた

「諸葛孔明の神算妙計により典黙の不敗記録が破れた!」

天子陛下を救い出すための重要な戦い、いつも余裕を持っている諸葛亮でも後方にじっとして待っていられなかった。

山を降りた最初の戦いの結果を自らの目で確かめて見たかった。


「天子陛下を救い出せれば主公への恩返しになります!」

諸葛亮は漢室を思っているかどうかはともかく、今の彼は劉備に自分の力を見せたかった

"三顧の礼にはそれだけの価値はある"と証明したかった。


「先生の思った通りですね!今は劉備が城内に入るのを待つだけです!」

速く、もっと速く走れ!城門を潜ればもう逃げられない!

曹昂は必死に走って来る劉備を見て内心喜んだ


しかし城内に入った李厳は命令通り関羽の支援をしに向かったが、分断された騎兵が戻って来るのを見た。

「逃げろ!計られた!」

騎兵たちは皆口を揃えて叫んだ


「止まれ!」

騎兵の叫びが効を奏したか李厳は自部隊の足を止めた


しかし時は既に遅し、路地の入口で李厳たちは四方八方から飛び出した刀斧手に囲まれた。


「撤退だ!戻れ!」

李厳の叫びも虚しく、通常の歩兵が刀斧手と肉弾戦が始まれば簡単に背中を見せることはできない。

李厳の部隊に残された道は死ぬまで戦うか捕虜になるかの二択しかない。


そして叶県城の外で何も知らない劉備は依然と全力疾走していたが諸葛亮は城関を一目見て異変に気づいた。

「主公、何かが…何かがおかしい…」


「どうした孔明?」

面子を取り戻そうとした劉備は勝利する妄想に更けて何も気付かないでいる。


諸葛亮は城関を見渡して固唾を飲んだ

「この策の真髄は相手の虚を突くところにある、成功していれば今頃城関を奪えたはず!しかし…」


劉備も城関の方へ目をやるとそこに立っている旗は未だ典黙の物で、その下には典黙軍がびっしり並んでいた


「まさか典黙は私の策を見破ったのか…」

そうつぶやく諸葛亮は有り得ないと思った、この策は何回も推敲して隙は無かったはずだ…!


城門の前で劉備軍が迷っていると城内から分断された李厳の部隊が逃げ出して来た

「逃げろ!無理無理!計られた!」


路地の入口付近で戦う李厳も城門を通して劉備の姿を確認すると注意を促した

「劉備!中へ入るな!速く行け!」


李厳は劉備とは仲が良くない、と言うよりも劉備を嫌っていた

だからこそ今頃は劉備を呼び捨てた、しかし劉備の周りには三万の歩兵がいる、その歩兵は皆荊州男児。

劉備を城内に入れないのもその荊州兵の命を救うためだけのものだった


これらの叫びにより、城門と城関で奮戦していた劉備軍は城門の外へ走った。


叫び声は劉備と諸葛亮の耳に入ったように三万の歩兵も聞こえていた。

城外の大軍がゆっくりと後ろへ下がり、城関に居る曹昂は拳を城壁に叩きつけた

「クソ!あと少しなのに!もうこれ以上待てない、やれ!」


劉備を包囲網に入れる事ができないのは悔しいが、待っていても城内の劉備軍がどんどん逃げるだけだ


曹昂は仕方なく命令して、守備軍は命令通りに用意していた火油の壺を城門から落とした

曹昂は落とされた火油に松明を投げ込むと、人より高い火の壁が轟音と共に立ち上がった


火の壁に退路を阻まれた劉備軍の敗残兵はガラ空きの城門を目の前にしながらも逃げ出す事もできずにいた

火の壁の厚みを甘く見た兵が無理に突破しようとしても火達磨になって地面を転げ回った、しかし地面にも火油が滲み混み、いくら転げ回ったところで火は消えずに燃え上がった


火事による上昇気流により風が吹き初めた、その風の中に人の肉が焼けた匂いが充満していた


城外に居る三万の劉備軍はただ城内に居る同胞たちが典黙軍によって惨殺されるのを黙って見る他なかった。


自分たちが中へ入らなくて良かったと思うのか、典黙の知恵に畏怖の念を持つのか、それともこの作戦を実行した劉備への憎しみを持つのか、誰にも分からない


私の策を見破っただけでなく、それを逆手にとって誘い込むつもりか…それしかない!

目の前の火の壁が何よりの証拠だ、火油で退路を断つために城門の争奪戦で力を抜いた!


いつも余裕で冷静な諸葛亮もこの時背中に寒気がした


しかし典黙を警戒した諸葛亮も慎重に李厳を関羽と劉備の間に立たせた事で劉備を守る事ができた

この一手が無ければ今頃城内に取り残されるのは劉備だった


「雲長!雲長!二弟が未だ中に居る!早く中へ入れ!」

気が動転した劉備は陳到と李厳の存在を忘れても関羽の存在を忘れる事がなかった


劉備は周りの静止を振り払い城内へ入ろうとした

「皇叔!ダメです!今入れば無駄死になります!」

「皇叔!撤退しましょう!」


「離せ!二弟が…!雲長を助ける!」

劉備は双股剣を振り回し城門へ向かうが、より多くの兵士が彼を止めた


劉備の仁義と涙は嘘なのかは分からないが、関羽と張飛に対する情は本物だった


「兄者!兄者!ここだ!」

東から血まみれの関羽が片手で青龍偃月刀を引きずり、手を振っていた


「雲長!」

劉備は的盧馬から飛び降り、関羽へ走った


関羽が無事であることを確認して、二人は熱い抱擁を交わした

「愚兄はもう…会えないかと思ったよ!!」


感動的な再会は荊州兵の目には気持ち悪く映った、彼らは皆冷めた目で二人を見て何も言わなかった


お前らは兄弟の再会を果たしたが俺らの兄弟たちは今頃火の海の中だぞ…


「翼徳は?」

「安心して兄者!遣いの者を出した、もうすぐ合流できる!」


「あぁ!では戻ろう!」

関羽が無事なのを確認すれば劉備は安心して叶県城から離れた

彼の執念で北上し葬られた荊州兵以外に李厳と陳到も未だ城内に取り残されるのを知らなかった


大軍が撤退した後、諸葛亮は未だ典黙の旗を見ていた

「麒麟才子典子寂、ここまでできるのか…」

諸葛亮はとても落ち込んでいた、彼は劉備より良識があり、荊州兵への追悼の念を胸に抱いた

「亮、謝罪する!申し訳ない…」

深いため息の後、諸葛亮も叶県城から離れた

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